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リターンコード:ホーム  作者: 藤苺めぇ


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第8話「ログ未記録域」

夜のリビング。


 誰もテレビを見ていないのに、画面だけが青白く光っている。


 上原ゆいは立ったまま、空中を見ていた。


 視界に流れる文字列。


 帰還履歴。


 座標。


 そして――未記録。


「……増えてる」


 小さな声。


 そらの覚醒以来、ログの空白が広がっていた。


 普通の層なら、すべて記録が残る。


 でも、未記録入口に触れた座標だけが、途中で切れている。


「母さん?」


 ひなが声をかける。


 ゆいは振り返らない。


「……そら、もう一度聞くわ」


「なに」


「帰還した瞬間、何を考えてた?」


 そらが少し考える。


「……ねーちゃん、落ちそうだったから」


「……そう」


 ゆいは目を閉じた。


 ログは感情を記録しない。


 でも、帰還座標が通常とは違う。


 ――強制上書き。


「リターンが、層の構造に干渉し始めてる」


 独り言みたいに呟く。



 翌日。


 第三層。


 空気が重い。


 そらが一歩踏み出すと、石畳の表示が一瞬消えた。


「……ねーちゃん、これ」


「見ないで」


 ひなが即答する。


 でも自分も見てしまう。


 未記録入口が、昨日より広がっていた。


 色のない穴。


 奥行きが分からない。


 その周囲だけ、ガイド線が表示されない。


「……母さん、なんて言ってたっけ」


「“落ちた場所”」


 ひなが小さく答える。


「層じゃないんだって」


「じゃあ何なの」


 沈黙。


 ひなは答えなかった。


 代わりに空中をなぞる。


 ガイドが出る。


 でも線が震える。


「……やっぱり重い」


 その時。


 入口の奥で、何かが光った。


 細い線。


 ひなの目が見開かれる。


「……これ……」


「なに」


「ガイドの残骸……?」


 途中で切れた光。


 人が引いたルートみたいな跡。


 古い。


 でも、見覚えがある。


「……父さんの?」


 そらの声が震える。


 ひなが答えられない。



 空気が変わる。


 音が消える。


 未記録入口が、ゆっくり“呼吸”するみたいに膨らんだ。


 ひなが一歩下がる。


「……近づかない」


「でもさ」


 そらが前を見る。


「父さん、あそこにいるかも」


 言葉が落ちる。


 ひなが目を閉じた。


「……だから怖いんだよ」


 小さな声。


 その時。


 地面が波打つ。


 未記録入口が一瞬だけ開き、

 奥に“街の断片”が見えた。


 現実とも仮想空間とも違う景色。


 色が薄い。


 音がない。


「……ねーちゃん」


「……見た」


 二人とも動けない。


 警告音が鳴る。


『帰還推奨』


 ひなが即座に言う。


「戻る」


「でも――」


「今は見るだけでいい」


 ガイドを引く。


 細い線。


 でも今回は、切れなかった。



 帰還後。


 ゆいがすぐに聞いた。


「入口、見えたのね」


「……うん」


 ひなが頷く。


「奥に……街みたいなのあった」


 ゆいの呼吸が止まる。


「……たいちの最後のログ、第三層外縁の“先”だった」


「先?」


「層じゃない場所」


 静かな声。


「ログはそこから先、何も残してない」


 そらが小さく言う。


「……未記録域ってさ」


「なに」


「帰れなかった人の、途中ってこと?」


 ゆいはすぐに答えなかった。


 少しだけ時間を置いてから言う。


「……帰還できなかった座標の、落下点よ」


 部屋が静かになる。



 夜。


 ひなが一人、仮想空間の記録を見ている。


 ガイドの線。


 途切れた跡。


「……私、追いつけるかな」


 小さな声。


 背後でそらが言う。


「ねーちゃん」


「ん?」


「俺、次行く時……前出てもいい?」


 ひなが少し笑う。


「……ダメ」


「即答」


「でも」


 少しだけ間。


「……一緒ならいい」


 その言葉が、静かに落ちた。


 空が一瞬だけ歪む。


 未記録入口が、遠くで揺れていた。

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