第7話「リターンコード」
第三層・未記録入口付近。
街は、音がなかった。
ひなのガイドはまだ不安定で、空中の線は細く揺れている。
「……今日は浅めで戻る」
ひなが言う。
「昨日みたいになったら困るし」
「了解、ガイド様」
「その呼び方やめて」
そらが笑う。
でも、ひなの横顔が少し固いのに気づいていた。
*
奥へ進む。
建物の輪郭が遅れて描画される。
影が少しだけ逆向きに伸びる。
「……また入口の方向じゃない?」
そらが小声で言う。
「見ないで」
ひなが即答する。
「見た瞬間、座標が引っ張られる感じするの」
「……怖」
その時。
空間が揺れた。
警告音が鳴る前に、景色が歪む。
「来た……!」
ひながパネルを操作する。
ガイド線が一本、二本、三本――
全部、切れた。
「……嘘でしょ」
ひなが息を呑む。
未記録入口が、目の前に“開いた”。
色のない穴。
光を吸い込むみたいな空洞。
足元が透明になる。
「そら、下がって!」
「ねーちゃんも!」
地面が崩れる。
ひなの体が少しだけ滑る。
ガイドが出ない。
空間がノイズみたいに震える。
「……戻れない」
小さな声。
そらの胸が締め付けられる。
「ねーちゃん!」
手を伸ばす。
でも距離が遠い。
未記録入口が広がる。
視界が暗くなる。
頭の奥で、何かが弾けた。
(……帰る)
言葉じゃない感覚。
強烈な衝動。
「……リターン!!」
声が響いた瞬間。
空間が“爆ぜた”。
光が逆流する。
崩れていた建物が一瞬で巻き戻る。
未記録入口が強制的に閉じる。
時間が止まったみたいな静寂。
そらの体から、白い線が広がっていた。
ひなが目を見開く。
「……え……?」
次の瞬間。
二人はリビングに立っていた。
強制帰還。
ガイドなしの帰還。
*
ソファの前。
そらは膝から崩れ落ちた。
「……なに、今」
手が震える。
心臓がうるさい。
ひながゆっくり近づく。
「……あんた」
言葉が出ない。
ゆいが静かに立っていた。
ログの光が目に映っている。
「……リターン、覚醒ね」
小さな声。
「え?」
「帰還座標を書き換えた」
「……俺が?」
ゆいが頷く。
「ガイドがなくても、帰れる力」
ひなが小さく笑う。
「……ずるい」
「え」
「私、あんなに頑張って線引いてるのに」
「いやねーちゃんの方がすごいし!」
そらが慌てる。
ひなが笑った。
少しだけ涙目だった。
*
夜。
ベランダ。
「……ねーちゃん、怖かった?」
そらが聞く。
「……うん」
素直な答え。
「でも」
ひなが空を見る。
「帰れるって思った」
「俺が?」
「うん」
少し間。
「……そら、もう“調査員の子供”じゃないね」
「え?」
「調査員だよ」
その言葉が、静かに落ちた。
空が一瞬だけ歪む。
未記録入口が、遠くで微かに揺れていた。




