第6話「ガイドロスト」
仮想空間・第三層。
街はいつもより明るかった。
明るすぎて、逆に影が濃い。
「……今日、軽いね」
そらが言う。
地面が少しだけ浮いている感覚。
ひなは返事をしなかった。
空中のパネルを何度も操作している。
「ねーちゃん?」
「……ガイド、再計算してる」
「また?」
「昨日、入口に近づいたでしょ」
短い声。
ひなの視界には、通常より多い座標線が流れていた。
普段なら一瞬で決まるルートが、
何度計算しても揺れている。
(……なんで)
心の中でだけ呟く。
ガイドが不安定になるなんて、初めてだった。
*
「はい、帰還ライン」
光の線が伸びる。
でも少しだけ歪んでいる。
そらが首をかしげる。
「……細くない?」
「気のせい」
「絶対細い」
「気のせいだって!」
ひなが強めに言う。
その声に、そらは黙った。
風が吹く。
建物の壁が一瞬、遅れて描画された。
「……ねーちゃん」
「大丈夫。ガイドあるから」
言葉はいつも通り。
でも、手が少し震えていた。
*
奥へ進む。
未記録入口のあった方向。
今日は何もない。
ただ、空気が重い。
警告音が鳴る。
『座標安定率、低下』
「……来た」
ひなが息を吸う。
空中の線が揺れる。
一本、消える。
「……え」
もう一本。
また一本。
ガイドが、崩れていく。
「ねーちゃん?」
「……待って、再構築する」
ひなが必死にパネルをなぞる。
でも線が出ない。
何も見えない。
ガイドが、完全に消えた。
静寂。
「……見えない」
小さな声。
そらの胸がざわつく。
「ねーちゃん、帰ろ」
「……ルートがない」
「え」
「ガイド……ロスト」
ひなの肩が震える。
初めてだった。
ひなが“道”を見失ったのは。
*
周囲の建物が歪み始める。
足元が透明になる。
空気が重い。
遠くで、足音みたいなノイズ。
そらが一歩前に出る。
「ねーちゃん」
「……大丈夫、私が……」
言葉が止まる。
何も見えない。
空間が、ただの迷路になる。
そらがひなの手を握る。
「ねーちゃん、後ろ下がって」
「……え?」
「今は俺、前行く」
ひなが目を見開く。
いつも逆だった。
自分が前で、そらを守る側だったのに。
「……そら」
「ガイドなくても、帰れる気する」
胸の奥が、静かに熱い。
でもまだ言葉にはならない。
その時。
空間が一瞬、歪む。
遠くに“入口”の影が見えた気がした。
ひなの呼吸が止まる。
「……見ちゃダメ」
小さな声。
そらは何も言わなかった。
ただ手を握ったまま立っている。
*
帰還。
ゆいが静かに立っていた。
「……ガイド、消えたのね」
ひなが小さく頷く。
「……初めて」
ゆいは怒らなかった。
ただ、そっと言う。
「ガイドはね、万能じゃないの」
「……分かってる」
「道が見えない日もある」
ひなが目を閉じる。
少しだけ涙が滲む。
「……私、調査員向いてないのかな」
小さな声。
そらが横から言った。
「向いてるって」
「……根拠は」
「ねーちゃんが前にいると、怖くないから」
ひなが少し笑った。
ゆいは何も言わない。
ただ、二人を見ていた。
その目が少しだけ優しかった。




