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リターンコード:ホーム  作者: 藤苺めぇ


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第5話「未記録入口」

第三層外縁。


 光の街は、昨日より静かだった。


 音が少ないというより、

 音が“遅れて届く”感じがする。


「……ねーちゃん、今日やばくない?」


 そらが周囲を見回す。


 建物の影が、ほんの少しだけ反転している。


「ログ赤い時は、こういう揺れ方するの」


 ひなが短く答える。


 空中に浮かぶパネルの数値が、微妙にずれていた。


「帰還ラインだけ先に引くね」


 ひなの指が光をなぞる。


 細いガイド線が伸びる。


 でも――


 途中で、途切れた。


「……え?」


 ひなの声が小さくなる。


「またガイド切れた?」


「違う。消されたみたい」


「消されたって何」


 その時。


 遠くの建物の壁が、ゆっくりと“剥がれた”。


 中身が空洞になっている。


 色がない。


 黒でも白でもない、何も表示されない領域。


「……未記録域」


 ひなが呟く。


 そらの背中が冷える。


「ログにない場所?」


「……うん」


 普通の層なら、すべて座標が表示される。


 でもそこだけ、何もない。



 風が止まる。


 警告音が鳴らない。


 システムが認識していない場所。


「……ねーちゃん」


「近づかないで」


 ひなの声が低い。


 完全に“姉”の声だった。


 そらは一歩止まる。


 でも目が離せない。


 空洞の奥に、何かが見えた気がした。


 光の残骸。


 まるで、誰かがガイドを途中で失った跡みたいな線。


「……父さんの……?」


 ひなが小さく息を呑む。


 その瞬間。


 地面がズレた。


 そらの足元が、透明になる。


「っ!」


「そら!!」


 ひなが腕を掴む。


 でもガイドが安定しない。


「座標が……固定できない!」


 空間がノイズみたいに震える。


 建物の輪郭が何度も描き直される。


 耳鳴り。


 遠くで、誰かの足音がした気がした。


 ――誰もいないはずなのに。


「……帰る」


 そらが小さく呟く。


「……帰りたい」


 胸の奥が熱くなる。


「リターン」


 空気が巻き戻る。


 崩れた街が一瞬で元に戻った。


 空洞も、見えなくなる。


 静寂。


「……今、見たよね」


 そらが言う。


 ひなは答えない。


 ただ、小さく頷いた。



 帰還。


 リビング。


 ゆいがすぐに振り返る。


「……そこ、行ったのね」


「入口だけ」


 ひなが言う。


「未記録域。父さんの座標に近い」


 ゆいの表情が変わる。


 怒っているわけじゃない。


 ただ、少しだけ疲れて見えた。


「……入口は、層じゃないの」


「え?」


「“落ちた場所”よ」


 静かな声。


 そらがソファに座り込む。


「落ちたって……」


「ガイドが届かなくて、ログにも残らない領域」


 ゆいは小さく息を吐く。


「だから……近づかないで」


 初めて、はっきり言った。



 夜。


 ひながベランダで空を見ている。


「……ねーちゃん」


「ん?」


「怖かった?」


「……ちょっと」


 素直な声。


「でもさ」


 そらが笑う。


「ねーちゃんが前にいると、帰れる気する」


 ひなが小さく笑った。


「……それ、逆だから」


「え?」


「帰らせるの、あんたでしょ」


 その言葉だけが、静かに残った。


 空が一瞬、ノイズみたいに歪む。


 誰も気づかない。

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