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リターンコード:ホーム  作者: 藤苺めぇ


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第4話「ログ:赤」

夜のキッチンは静かだった。


 時計の針だけが小さく動く。


 上原ゆいは、シンクの前に立ったまま動かなかった。


 誰もいない空間を、じっと見ている。


 そこには何もない。


 ――普通の人には。


 ゆいの視界には、半透明の文字列が浮かんでいた。


 座標。帰還履歴。失敗ログ。


 赤い線が、ひとつ増える。


「……また、ここ」


 小さな独り言。


 第三層外縁。

 今日、ひなとそらがいた場所。


 そして――


 たいちが帰らなかった座標の、すぐ近く。


 ゆいは目を閉じる。


 ログは未来を教えない。


 ただ、起きたことだけを残す。


 だから怖い。



「母さん」


 リビングからひなの声。


 ゆいはすぐに振り返る。


「……なに」


「さっきのログ、やっぱり赤?」


「ええ」


 短い答え。


 ひながソファに腰掛ける。


 その横で、そらがゲーム機を触りながら耳だけ向けている。


「……赤ってさ、危険度ってこと?」


 そらが聞いた。


「危険というより……帰還率が低い座標よ」


「帰還率?」


「ログは、帰れた人の履歴しか残さないの」


 ゆいが静かに言う。


「でも、赤い場所は……帰れなかった人が多い」


 そらの手が止まる。


「……父さんも?」


 沈黙。


 ひなが目を伏せる。


 ゆいは少しだけ視線を逸らした。


「……ログに終わりがないの」


「終わりがない?」


「普通は、“帰還完了”って記録が残る」


 空中を指でなぞる。


 透明な文字が浮かび、すぐ消えた。


「でも、たいちは……途中で切れてる」


 それ以上は言わなかった。



 しばらくして。


「母さんってさ」


 そらがぼそっと言う。


「ログ、ずっと見えてんの?」


「……見ようと思えばね」


「疲れない?」


「……慣れたわ」


 ゆいは少し笑った。


 でも目は笑っていない。


 ひなが立ち上がる。


「そら、牛乳取って」


「なんで俺」


「背高いから」


「雑」


 二人が軽く言い合う。


 その光景を見ながら、ゆいの視界にまた赤い線が増えた。


 学校の座標。


「……現実側にもノイズが出てる」


「え?」


 ひなが振り返る。


「そら、学校で変なことなかった?」


 そらが少しだけ黙る。


「……紙飛行機が、ちょっと」


「ちょっと?」


「いや、なんでもない」


 ゆいはそれ以上追及しなかった。


 ただ、小さく息を吐く。


「……リターンは、強くなってるのね」


「え?」


「独り言」



 夜遅く。


 ひなが部屋の前で立ち止まる。


「母さん」


「なに」


「……私、ガイド見失った」


 小さな声。


 ゆいの手が止まる。


「初めて」


 ひなが笑おうとする。


 でも少しだけ震えていた。


「……大丈夫よ」


 ゆいは静かに言う。


「ガイドは、道を示す力。道が消えたんじゃない。まだ見つけてないだけ」


「……そらのリターン、危ないかな」


 ゆいは少し考えてから答えた。


「……危ないわ」


 正直な声。


「でも」


 少し間を置く。


「帰れる力でもある」


 ひなが目を閉じた。



 深夜。


 ゆいは一人、リビングに立っている。


 ログの文字列が静かに流れる。


 第三層。


 未記録域。


 たいち。


 終わりのない座標。


 ゆいは小さく呟いた。


「……お願いだから、同じ場所に行かないで」


 声は誰にも届かない。


 時計の針が、一瞬だけ止まった。


 ゆいだけが気づく。


「……現実側まで、来てるのね」

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