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リターンコード:ホーム  作者: 藤苺めぇ


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第3話「ガイド誤差」

仮想空間――第三層外縁。


 光の街は、昨日より静かだった。


 建物の輪郭が、ほんの少しだけ遅れて描画されている。

 足元の石畳に、見えない数字が流れているのを、そらはなんとなく感じていた。


「ねーちゃん、今日ラグくない?」


 そらが歩きながら言う。


 前を歩くひなは、空中に浮かぶ座標パネルを睨んでいた。


「……ラグっていうか、ガイドが重い」


「ガイドって重くなるもんなの?」


「普通はならない」


 小さな答え。


 それだけで空気が少し冷える。


 ひなの指先が光をなぞる。


 細い線が一本、道の奥へ伸びた。


 ガイド。


 空間の安全ルートを計算して可視化する能力。

 普通なら、迷うことはない。


「はい、帰還ライン確保。今日は短めで戻るよ」


「珍しく慎重じゃん」


「ログ赤いって母さん言ってたでしょ」


 ひなが振り返る。


「層が揺れてる時は、深追いしないの」


 調査員としての顔だった。


 そらは軽く肩をすくめる。


「了解、ガイド様」


「その言い方やめて」



 街の奥で、建物が一瞬だけ歪んだ。


 影が逆方向に伸びる。


「……ねーちゃん」


「見た」


 ひなが短く答える。


 空中の線が微妙に揺れていた。


 ガイドが、微かにズレている。


「……座標、ズレてる?」


「うん。でも補正できる範囲」


 ひなが新しい線を引く。


 光が分岐する。


 でもその一本が、途中で“切れていた”。


「……え?」


 ひなが小さく息を呑む。


「どうした」


「ルートが……途中で消える」


「バグ?」


「ログにない」


 静かな声。


 そらの背中が少し冷える。



『調査時間、残り三十秒』


 警告音。


 帰還時間が近い。


「戻るよ。手」


 ひなが言う。


 そらが手を差し出した、その瞬間。


 景色がぐにゃりと歪んだ。


 建物の輪郭が崩れ、石畳が浮き上がる。


「……なにこれ」


「層のズレ……?」


 ひなが焦ってパネルを操作する。


 ガイド線が乱れる。


 一本、完全に消えた。


「……嘘でしょ」


「ねーちゃん?」


「帰還ルートが……見えない」


 初めてだった。


 ひながガイドを見失うのは。


 そらの心臓が跳ねる。


「……ねーちゃん」


「大丈夫、再計算――」


 言い終わる前に、空間が崩れた。


 そらの足元が消える。


「っ!」


 体が少しだけ透明になる。


「そら!!」


 ひなが腕を掴む。


 ガイドの光が巻き付く。


 でも安定しない。


「座標ロスト……!?」


「……ねーちゃん」


 そらの声が、少しだけ遠い。


 その時。


 胸の奥が、強く引かれた。


(……帰りたい)


 思った瞬間。


「……リターン」


 小さく呟く。


 空間が巻き戻る。


 崩れていた街が、音もなく元に戻った。


 静寂。


 ひながそらの肩を掴んだまま、固まっている。


「……今、何したの」


「分かんない。なんか……戻れって思ったら」


 ひなが目を閉じる。


 深く息を吐いた。


「……あんた、ほんとにリターンかもしれない」


「今さら?」


「今までは偶然だったでしょ」


 少しだけ笑う。


 でも声は震えていた。



 帰還。


 光が弾ける。


 二人はリビングに立っていた。


 ゆいがすぐに振り返る。


「……遅かったわね」


「層が揺れてた」


 ひなが答える。


「ガイドが途中で切れた」


 ゆいの目が細くなる。


「……第三層?」


「うん」


「ログ、完全に赤だわ」


 静かな声。


 そらはソファに座り込みながら言う。


「ねーちゃん、今日ちょっと怖かったな」


「……私も」


 珍しく素直な声。


 ゆいが小さく呟く。


「……現実側にもノイズが出始めてる」


「え?」


「学校で、変なことなかった?」


 そらが少し黙る。


 紙飛行機。

 位置ズレ。


「……まぁ、ちょっとだけ」


 ゆいは何も言わなかった。


 でも、その沈黙だけが重かった。



 夜。


 そらがベッドに寝転がる。


 天井を見ながら呟く。


「……ねーちゃん、ガイド見えなくなることあるんだな」


 廊下の向こうで、ひなが小さく笑った。


「……あるよ。たまに」


 その声は、少しだけ寂しそうだった。


 その瞬間。


 部屋の空気が、わずかに歪む。


 時計の針が一瞬止まる。


 誰も気づかない。

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