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リターンコード:ホーム  作者: 藤苺めぇ


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第9話「未帰還座標」

夜のリビング。


 カーテンの隙間から街灯が差し込む。


 上原ゆいは立ったまま、ログを見ていた。


 透明な文字列が静かに流れる。


 第三層外縁。


 未記録入口。


 そして――


 たいち。


 帰還完了の表示がない名前。


「……そろそろ、隠しても意味ないわね」


 小さな独り言。


 背後で足音がする。


「母さん」


 ひなだった。


 そらも少し遅れて入ってくる。


「……入口、広がってるでしょ」


 ひなが言う。


 ゆいは頷いた。


「未記録域は、“落ちた人”を引き寄せる」


「……どういうこと」


 そらが聞く。


「帰還できなかった座標は、完全に消えないの」


 ゆいの声は静かだった。


「ログは残さない。でも、空間には痕跡が残る」


 ひなの目が揺れる。


「……父さんも?」


「ええ」


 短い答え。


 沈黙。


 時計の音だけが響く。



 翌日。


 第三層外縁。


 未記録入口は、はっきりと見える形になっていた。


 街の中に、切り取られた空白。


 色のない穴。


 その周囲だけ、音が吸い込まれる。


「……昨日より近い」


 そらが呟く。


 ひなが空中をなぞる。


 ガイド線が出る。


 でも細い。


 今にも切れそうだった。


「……今日は入口まで」


「入らないんだ」


「入らない」


 ひなの声は強かった。


 でも視線は揺れている。



 入口の前。


 風が止まる。


 奥から、微かな光。


 ガイドの残骸。


 古い線。


 ひなが手を伸ばしかけて止める。


「……父さん」


 小さな声。


 その瞬間。


 空間が震えた。


 未記録入口が広がる。


 ひなの足元が滑る。


「っ!」


 ガイドが出ない。


 線が表示されない。


 視界が歪む。


 そらが叫ぶ。


「ねーちゃん!」


 ひなが振り返る。


 少しだけ笑った。


「……そら、ここから先はガイド届かない」


「知ってる」


「だから……」


 言葉が途切れる。


 そらが一歩前に出る。


 胸の奥が静かに熱い。


「俺、行く」


「……ダメ」


「ねーちゃん一人じゃ帰れないかもだろ」


 ひなが目を見開く。


 数秒の沈黙。


 風が止まる。


「……一歩だけ」


 ひなが言った。


 そらが頷く。


 二人同時に、入口の縁に触れる。



 音が消える。


 街の色が薄くなる。


 現実でも仮想空間でもない場所。


 奥に、かすかな人影。


 ぼやけている。


「……ねーちゃん」


「見てる」


 そらの呼吸が速くなる。


 その時。


 入口が急に閉じ始めた。


 空間が引き戻そうとする。


「戻る!」


 ひなが叫ぶ。


 ガイドは出ない。


 線がない。


 そらが目を閉じる。


(……帰る)


 胸の奥が爆ぜる。


「リターン!!」


 光が広がる。


 未記録入口が弾かれる。


 景色が一瞬で反転した。



 リビング。


 そらが膝をつく。


 呼吸が荒い。


 ひなが隣に座り込む。


「……見えたね」


「……うん」


 ゆいが静かに立っていた。


「……人影」


 ひなが言う。


「……たいちの可能性、高いわ」


 そらが顔を上げる。


「……じゃあ、助けられる?」


 ゆいは少しだけ黙った。


「……分からない」


 正直な答え。


「でも」


 ゆいの目が少し柔らかくなる。


「帰れる子が、いる」


 そらを見る。


 ひなもそらを見る。


 空気が静かに変わった。



 夜。


 ベランダ。


「……ねーちゃん」


「ん?」


「俺さ」


「なに」


「帰るの、怖くなくなってきた」


 ひなが少し笑う。


「……それ、調査員っぽいね」


 空を見上げる。


 未記録入口の方向だけ、星が少し揺れていた。

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