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リターンコード:ホーム  作者: 藤苺めぇ


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最終話「リターンコード:ホーム」

第三層外縁。


 未記録入口は、もう隠れていなかった。


 街の中に開いた、色のない空白。


 光を吸い込むみたいに揺れている。


「……今日が最後」


 ひなが言う。


 声は静かだった。


「入口の先、父さんの座標まで行く」


 そらが頷く。


「帰らせる」


 その言葉は、もう迷っていなかった。



 入口の前。


 ゆいが二人を見ている。


「……ガイドは、途中で切れると思う」


「分かってる」


 ひなが答える。


「でも道はある」


 ゆいは少しだけ笑った。


「……あなた、本当に調査員になったのね」


 ひなが照れた顔をする。


「今さら?」


 そらが横で笑う。


 でもゆいの目は、少しだけ揺れていた。


「……帰ってきなさい」


 小さな声。


 二人は頷いた。



 未記録入口。


 一歩踏み込む。


 音が消える。


 街の色が薄くなる。


 ガイド線は、途中で消えた。


「……ここから先、見えない」


 ひなが言う。


 でも足は止まらない。


 そらが前を見る。


 胸の奥が静かに熱い。


 遠くに、人影。


 ぼやけた輪郭。


「……父さん」


 ひなが小さく呟く。


 影がゆっくり振り返った。


 顔は見えない。


 ただ、光だけが揺れている。


 その瞬間。


 空間が崩れた。


 未記録域が閉じようとする。


 足元が透明になる。


「……ガイド届かない」


 ひなの声が震える。


 初めて、自分から一歩下がった。


 そらが前に出る。


「ねーちゃん、後ろ」


「……え」


「俺、帰らせる方だから」


 静かな声。


 手を伸ばす。


 父の影に触れる。


 冷たい。


 でも確かに“誰か”だった。


 空間が強く引き戻そうとする。


 視界が白くなる。


(……帰る)


 胸の奥が爆ぜる。


「……リターン」


 叫ばない。


 でも力は、今までで一番強かった。


 光が広がる。


 未記録域の色が戻る。


 ガイドの残骸が、一瞬だけ繋がる。


 ひなが目を見開く。


「……そら……!」


 影が、形を取り戻す。


 父・たいちの姿が、一瞬だけはっきりした。


 笑っている。


 でも声は届かない。


 次の瞬間。


 世界が反転した。



 夕焼けのリビング。


 光が弾ける。


 三つの影が、床に落ちた。


 ゆいの呼吸が止まる。


「……たいち」


 小さな声。


 でも父の姿は、すぐに光に溶けた。


 完全な帰還じゃない。


 座標だけが、戻った。


 静寂。


 そらがその場に座り込む。


「……今の……」


 ひながそっと肩に手を置く。


「……帰れたよ」


 ゆいが目を閉じる。


 涙は落ちない。


 ただ、少しだけ息が軽くなった。



 夜。


 ベランダ。


「……完全には戻れなかったね」


 そらが言う。


 ひなが空を見る。


「……でも、座標は帰ってきた」


「座標?」


「ログに“終わり”ができたってこと」


 少しだけ笑う。


 そらが小さく息を吐く。


「ねーちゃん」


「ん?」


「俺さ、帰るの好きかも」


「……変なやつ」


「だってさ」


 少し間。


「帰れる場所、あるじゃん」


 ひなが黙る。


 空を見上げる。


 未記録入口の方向は、もう揺れていなかった。



 リビング。


 ゆいが静かにログを閉じる。


 赤い線が、ひとつ消えた。


「……おかえり」


 誰に向けたのか分からない言葉。


 でも部屋の空気が、少しだけ柔らかくなった。


 そらがソファに寝転ぶ。


「……次の調査、いつ?」


「もう?」


 ひなが笑う。


「休ませてよガイド様」


「その呼び方やめて!」


 いつもの言い合い。


 でも、少しだけ違う。


 前に立つのは、もう一人だけじゃない。


 帰らせる力が、そこにあった。

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