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リターンコード:ホーム  作者: 柑橘みかん


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13/19

■第一章「日常と違和感」 完全版

「だからさ、それワープじゃないって。リターンだって言ってんの」

 放課後の教室で、上原そらは机に頬杖をつきながら言った。窓の外はまだ明るく、グラウンドから部活の掛け声が聞こえてくる。いつも通りの時間、いつも通りの空気。

「はいはい最強能力者」

 前の席のなおが振り返って笑う。

「いやマジで。昨日な、ねーちゃんの前から後ろに――」

「はい厨二病」

「聞けって!」

 そらが少し身を乗り出す。言葉に熱が乗るほど、なおの反応は軽くなる。それでも話したくなるのは、半分は本気で、半分は信じてほしいからだった。

「じゃあさ」

 なおが紙を一枚差し出す。

「能力者なら紙飛行機くらい完璧に折れよ」

「だから俺、不器用なんだって」

 そらは紙を受け取る。折ろうとして、すぐにぐしゃっと形が崩れる。指先の感覚がうまく合わない。力加減が分からない。何度やっても、形にならない。

「下手すぎだろ」

「うるさい」

 笑い声が広がる。何も特別じゃないやり取り。そらもつられて笑う。

 ――その時だった。

 机の端に置いてあった鉛筆が、すっと滑り落ちる。

 カツン、と軽い音。

 次の瞬間、投げたばかりの紙飛行機の中心に、まっすぐ突き刺さった。

 空気が止まる。

「……え?」

 なおが固まる。

 そら自身も、一瞬だけ何が起きたのか分からなかった。ただ、胸の奥がわずかに熱くなる感覚だけが残る。

「だから言ったじゃん」

 少し遅れて、そらは笑った。

「リターンだって」

「いや今の偶然だろ」

 なおは笑いながらも、視線を逸らした。完全には流しきれない違和感が残っている。

 教室の隅で、ひとりの女子がその光景を見ていた。メガネ越しに目を細め、本のページをめくる手が止まる。

(……今、何?)

 声には出さない。ただ、心の中だけで言葉が大きくなる。

(おかしくない?)

 誰も気づいていない。笑い声はすぐに戻る。さっきの出来事は、ただの偶然として処理されていく。

 でも彼女だけは、視線を外せなかった。


 帰り道。夕焼けが街をオレンジ色に染めている。

「ねーちゃんさ」

 そらが歩きながら言う。

「んー?」

 前を歩く上原ひなが振り返る。ポニーテールが軽く揺れる。

「できてないのに、できてる風にするの上手いよな」

「はぁ?」

「仮想空間は完璧だけどさ、現実のガイドちょっと怪しくない?」

「怪しくないし。成功してるし」

「さっきズレてた」

「誤差!」

 言い合いになる。でもどこか軽い。いつものやり取り。

 ひなは前を向いたまま、少しだけ歩幅を広げる。

「……うちの家、変だよな」

 そらがぽつりと言った。

 その言葉で、空気が少しだけ変わる。

「ワープとか、調査とか。普通の家庭しないぜ」

 ひなの足が一瞬だけ止まる。

「……まぁ、普通ではないかもね」

 軽く答える。でも声は少しだけ静かだった。

「怖くね?」

 そらが言う。

「俺、ちょっと怖い」

 ひなは振り返らない。

 少しだけ間を置いてから、小さく言った。

「……私も前は怖かったよ」

「前はって何だよ」

「秘密」

「ずるっ」

 ひなが笑う。いつもの顔に戻る。でも、その笑いの奥にあるものを、そらはまだ知らない。

 その時、路地の奥で空気がわずかに歪んだ。

 ひなだけがそれに気づく。

 反射的にそらの手首を掴む。

「……こっち」

「え?」

 声が低い。

 さっきまでとは違う。

 数秒。

 歪みは消える。

 ひなは何事もなかったように手を離した。

「ほら帰るよ。ガイド様についてきなさい」

「急にドヤ顔戻した」

 そらが笑う。

 でもひなは一度だけ、後ろを振り返った。




夜。

 ベッドに寝転がりながら、そらは天井を見ていた。

「……帰るってなんだろ」

 小さな独り言。

 その瞬間、体の位置がほんのわずかにズレた。

 気づかないほどの変化。

 でも確かに、何かが動いた。

 窓の外では、夜の街が静かに広がっている。

 まだ誰も知らない。

 これは、帰ることを覚えていく物語。

 そして――

 帰らせる側になる、ひとりの少年の話。

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