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■プロローグ 完全版
その街は、どこにでもある沖縄の住宅街だった。海から少し離れた坂道、夕方になると家々の窓から明かりが漏れ、台所の匂いが風に乗って流れてくる。制服のままコンビニに寄り道する高校生、バス停でだらだらと喋る学生たち、何も特別じゃない日常がそこにあった。
ただ、ごく一部の人間だけが知っている。
この世界には、もうひとつ“重なっている場所”があることを。
現実とよく似ているのに、どこかが決定的に違う街。石畳の感触は同じはずなのに、影の角度がわずかに狂っている。風は吹いているのに、音が遅れて届く。建物の輪郭が一瞬だけ歪み、次の瞬間には何事もなかったように戻る。
まるで世界そのものに継ぎ目があるみたいな、静かな違和感。
そこでは、ひとつだけ大切なことがある。
帰ること。
誰が入り、誰が帰れなかったのか。その記録は、ほとんど残らない。ただ、長い時間をかけて共有されてきた事実だけがある。
帰れる人と、帰れない人がいる。
それだけが、この世界のルールだった。




