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王子と侯爵令嬢の関係

 この国の王子は、薔薇を愛している。

 王宮の庭園には温室があり、管理を王子がしていた。



「美しい、なんて美しいんだ」



 特にお気に入りは自身で作り上げた品種の薔薇。

 苦労して、何度も挫折しながらも成功させた品種だ。



「失礼いたします、王子」

「アレク」



 幼馴染である侯爵令嬢のアレクサンドラが乗馬服で現れる。濃紺の長い髪は無数に結ばれ、頭に巻かれていた。



「埃は落としたのか」

「もちろん。泥も落としました」

「……ならいいが、あまり入ってくるなよ」

「分かっております」



 入り口から一歩入っただけで、侯爵令嬢はそのまま動かずに腕を組む。



「確認に参りました」

「何もしていない」

「それは重畳です」



 侯爵令嬢は冷めた目で王子を見つめる。



「私も……彼女を気に入ってしまいました」

「……俺の妖精だぞ」

「その言動。婚姻まで隠し通してくださいませ」



 嫌悪を隠さない声音だけれど、王子は気にもしない。



「ふふふ、情熱的じゃないか。私の為だけに存在する薔薇の妖精が、身分を越えて愛を捧げた……ああ、何度も思い出せるよ……素晴らしい」

「……本当に貴方へ捧げた白薔薇だったのかしら」

「彼女は頷いた、それでいい」



 白金の髪に白皙の肌をした王子の瞳は、アイスブルーで笑っていない場合、冷たく凍って見える。だがかの男爵令嬢の話になると頬が微かに色づく。それを気持ち悪く感じながらも、侯爵令嬢は静かに息を吐いて心を落ち着かせる。



 入学式の翌日。王子に婚約申し込みをした男爵令嬢がいた。

 通常ならば、王子は無視したであろう。だが、彼の目を引いたのは色だった。申し込んできた相手が、最近品種改良で作り上げた薔薇の花びらと同じ淡い色の髪を持つ令嬢だったのだ。

 それゆえに彼は立ち止まり、花を受け取った。

 人前で、しっかりと会話を交わして。



「可哀想に」

「……何か言ったか?」

「何か聞こえましたか?」

「それでいい」



 ぼそりと本心を呟いた侯爵令嬢は、男爵令嬢を思って同情した。

 王子は王子たる責務を果たしている。それ故に趣味は誰も注意しない。気分転換に好きにさせている。他人へ酷く迷惑をかけない限り。

 変質的な程に薔薇を愛している王子を、かの男爵令嬢はどう思うだろうかと不憫に思い心を痛めている。



「暫定婚約者として、願います。卒業式までは静かに」

「……ああ。だが、近づく虫や病には気をつけよ」

「分かっております」



 つまり、何かあれば出る。そう、王子は彼女へ伝えたのだ。

 それだけは避けなければならないし、彼女の采配を案じている声でもあるので、部下として応えなければならない。

 完璧に男爵令嬢を導くと。



「お前に詰られても、文句一つ言わないのは可愛いな」

「ええ。階段で何度も彼女に背を向けましたが、何も起きませんでした」

「わざと彼女の通る道に置いたお前の宝石も、近くの職員へ報告のみしたらしいな」

「触らず報告は、注意深く、思慮深いとみな申しております」

「やはり、彼女は妖精なのだ……俗世の汚れを忌み嫌い、美徳に生きようと努力している」

「その発言もお控えください」



 何度も聞かされる言葉に、彼女は早々と引き上げたくなる。



「この温室で薔薇を散りばめたベッドを用意し、彼女を横たわらせたい」

「……王子」

「あの豊かな髪と花びらだけに包まれた彼女は……ああ、この温室は理想郷と変貌するだろう」

「……」

「ふむ。絵に残したいが絵師に見せたくない……。絵も勉強するか」



 うっとりと薔薇を眺め、身の毛もよだつ発言をする王子に心の中で嘔吐しつつ、侯爵令嬢は見事な退出の礼をした。



「では、学び舎の寮へ戻ります」

「ああ」



 王子は侯爵令嬢に振り返らず、なにやら呟きながら薔薇の手入れを続ける。彼女は温室を出て、思いっきり何度も深呼吸を繰り返す。

 あの空間で染み付いたかもしれない薔薇の空気を掻き消す様に。

 


「さてと……私も手を回さなくてはね」



 彼女の頬が赤くなる。彼女もまた、男爵令嬢に入れ込んでいた。

 悔しがる姿を見せず、静かに耐えて努力するオリーヴィアに、一種の興奮を覚えていた。

 今までの自分の努力は、彼女の為にあったのだと確信して。自身が鍛え上げ、彼女を完璧な淑女と教育し国母へと導く。それを思うだけで心地が良く、彼女を恍惚とさせた。



 王子との暫定婚約。



 王子と侯爵令嬢はの婚約は、王家と侯爵家の間で軽い約束程度で決められた。最近上位貴族との婚姻が数代続いたので、そろそろ有能な下位貴族の血を取り入れる予定もあったのだ。ただし、有能と思われる人物がいない場合は、そのまま侯爵令嬢が決定となっていた。

 だが、学び舎へ入学する前に王子と侯爵令嬢はこのバラ園で確認しあった。……相手を異性として認識し、義務で子供を成し得るかどうかを。



『俺は薔薇の妖精がいい』

『全てを、命をも奪い合うような相手が良い』



 公然の秘密だが、お互いの相手に対する精神的嫌悪の一致で無理と判断し、密約が交わされた。

 王子は学び舎で必ず相手を探す事。そして相手が下位貴族の場合、侯爵令嬢が後見人となり相手の成長を手助けし、確固たる立場を作り上げる事を。

 国も平民ではなく下位貴族ならばと思案しているのだ、より選択の幅が広がったと喜んでいたが、向こうから飛び込んでくるとは。



「王とは運をも引き寄せる者……ならばこの国の未来も」



 侯爵令嬢の足は軽やかに前へ進んだ。




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