第3話 騎士失格(騎士・シモーヌ②)
●騎士・シモーヌ視点
ローウェルが帰ってきた。
その知らせを聞いた瞬間、私は駆け出していた。七年間、ずっと待っていた。生きていると信じたかった。何度も捜索を願い出て、騎士団の上層部に奪還作戦を頼み込んだ。それでも、返ってきたのは「ローウェルは死んだものと思え」という冷たい言葉だった。挙げ句の果てには、あいつは国の事情をほとんど知らないから、拷問されても吐く情報がない。それだけが幸いだとまで言われた。
頭に血が上った私は、上司の顔面を殴り飛ばした。当然、ただでは済まなかった。騎士団からは解雇され、冒険者としてのランクもBからCに落とされた。パーティーラングごとである。みんなにも迷惑をかけてしまった。
私は冒険者パーティーと騎士団を掛け持ちしていたが、その両方を続けることはできなくなった。今の私は騎士ではない。ただの剣士だ。
それでも、後悔はしていなかった。あんな言葉を聞かされて黙っていられるほど、私は冷静ではなかったし、冷静でいたいとも思わなかった。ローウェルを見捨てる判断を下した連中に、騎士としての誇りを語られる筋合いなどなかった。
だからこそ、ローウェルが生きて帰ってきたと聞いたとき、私は真っ先に会いに行こうとした。
今度こそ、あいつを迎えに行く。
今度こそ、あいつを一人にしない。
そう決めて、大聖堂の特別治療室へ駆け込んだ。
だが、治療室の前で、私は衛兵に行く手を阻まれた。
「お待ちください! 現在、特別治療室では緊急処置を行っています。関係者以外の立ち入りは認められておりません!」
「どけ! 中にローウェルがいるんだろ!」
「ですが、今は――」
「どけと言っている!」
衛兵の制止を振り切って治療室に入った瞬間、慌ただしい声が聞こえてきた。
「魔力供給を維持しろ! 生命反応が不安定だ!」
「止血を優先してください! 再生術式はまだ使えません!」
私は息を呑んだ。そこまで切迫した状況になっているとは思っていなかった。
手術台の上に、ローウェルが横たわっていた。
「ローウェル……?」
痩せ細った身体には、幾重にも傷痕が刻まれている。頬はこけ、皮膚は血の気を失い、かつての面影を探すことさえ難しかった。右腕は肩から先が失われ、右脚も太腿から先がない。右目は失われ、右耳も残っていなかった。
私の知っているローウェルは、こんな姿ではなかった。
いつも馬鹿みたいに笑っていた。どんな危険な依頼でも仲間を優先し、誰かが傷つけば真っ先に駆け寄る。自分がどれだけ傷を負っても、私たちが無事ならそれでいいと笑う。そういう男だった。
そのローウェルが、今は手術台の上で、意識もなく横たわっている。
「……うそ」
声が漏れた。
足が震えた。目の前の光景を理解したくなかった。何かの間違いであってほしかった。けれど、どれだけ目を凝らしても、そこにいるのはローウェルだった。
「ローウェル……!」
私は手術台へ駆け寄ろうとした。
「患者から離れてください!」
魔導医の助手が私の前に立ちはだかった。
「今は緊急処置中です! 治療の妨げになります!」
「私はこいつの仲間だ!」
「仲間であっても、今は入れません!」
「ローウェル!」
私は助手の肩を押しのけようとした。だが、別の助手が腕を掴んで止める。
「落ち着いてください! 患者の命が懸かっているんです!」
「だったら早く治せ! 腕を戻せ! 脚も、目も耳も、全部だ! 使える魔法を全部使って、こいつを元に戻せ!」
「全力で処置しています!」
「全力なら、どうしてこんな姿なんだよ!」
叫んだ瞬間、喉が痛んだ。
目の前の魔導医たちが悪いわけではない。彼らは必死にローウェルを助けようとしている。それくらい、見ればわかった。それでも、私は叫ばずにはいられなかった。
七年間だ。
ローウェルは七年間も帰ってこなかった。
その間、私は何度も助けに行こうとした。実際、仲間たちと奪還作戦まで実行した。それでも敵兵に阻まれ、あいつのもとへたどり着けなかった。
そして今、ようやく帰ってきたローウェルは、身体の半分を失っていた。
「……ローウェル!」
拳を握りしめる。爪が掌に食い込んだ。痛みなど感じなかった。こんな程度の痛みで、ローウェルの七年間に近づけるはずがない。
「お願い……。お願いだから、治してくれ……。私の腕でも脚でも、何だって使っていい……! だから、ローウェルを助けてくれ……!」
「シモーヌ!」
鋭い声が響いた。
振り返ると、金色の髪を乱したリンネットが立っていた。白い聖衣をまとった彼女は、魔導医の助手として治療に加わっていたらしい。
「何をしているの! すぐに出て!」
「リネット! 頼む、ローウェルを治してくれ!」
私は彼女の肩を掴んだ。
「お前ならできるだろ! 聖女だろ! ローウェルを元に戻してくれ! 頼むから、元に戻してくれよ……!」
「シモーヌ、落ち着いて!」
「私はもう、あいつを一人にしたくないんだ! 七年前も……!」
涙が溢れた。
「だから今度こそ、私がそばにいる! 今度こそ、私が守る! あいつが目を覚ましたとき、私がいるんだ! だから……!」
「ここにいたら治療の邪魔になるの!」
リンネットが私を強引に引っ張った。治療室の外まで連れて行こうとする。
「嫌だ! ローウェル! ローウェル、聞こえるか! 私だ! シモーヌだ! お願いだから、目を覚ましてくれ……!」
返事はなかった。
「いいから出てって!」
「頼む……! 頼むから……! 私はここにいる! もう、どこにも行かないから……!」
「シモーヌ!」
パァンッ!
乾いた音がした。頬に強烈な衝撃が走り、顔が横を向いた。熱が広がる。私は呆然としたまま、ゆっくりとリネットを見た。彼女の手が震えていた。目には涙が浮かんでいる。それでも、私を見据える瞳には強い意志があった。
「あなたが騒いでも、ローウェルは治らない。今、あなたがすべきことは、治療の邪魔をしないことよ。それくらい分かるでしょ!」
「……」
「私たちを信じて」
リネットは、声を震わせながらはっきりと言った。
私は何も言えなかった。
彼女も苦しいのだ。ローウェルの変わり果てた姿を見て、平気でいられるはずがない。それでも、彼女は自分の感情を押し殺し、あいつを助けるためにできることをしようとしている。
私は治療室の外に出され、衛兵が扉を閉めた。
廊下に取り残された。
頬がじんじんと痛んでいた。けれど、それ以上に胸の奥が痛かった。私は壁に背中を預け、その場に座り込んだ。膝に力が入らない。両手で顔を覆うと、指の隙間から涙が溢れた。
「……ごめん」
声が震えた。
「ごめんな、ローウェル……」
七年前、私はあいつに何もしてやれなかった。
ローウェルはあんな姿で帰ってきた。私たちの知らないところで七年間も苦しみ続け、腕も脚も目も耳も失って、それでも生きて帰ってきた。
私は、何も知らなかった。何もできなかった。
「ローウェル……。私は、騎士失格だ」」
私は閉じた扉を見つめた。
「お願いだ……。生きていてくれ……」
もう、騎士としての誇りなどどうでもよかった。
ただ、あいつに生きていてほしかった。目を覚ましてほしかった。もう一度、あの馬鹿みたいに明るい笑顔を見せてほしかった。
もし許されるのなら、もう一度そばにいさせてほしかった。
私は扉の前で、祈り続けた。




