第1話 7年間の拷問から帰ってきたら、仲間たちが病んでた
俺は、ようやく思い出した。
ここは、前世で遊んだゲームの世界だ。
「……ああ、そういうことか」
俺は椅子に縛られたまま、目の前に立つ男を見上げた。黒い鎧を着た大柄な男。敵軍の将軍であり、捕虜を拷問することを楽しんでいる男。名前はギデオン。
知っている。
いや、正確には、この名前を知っている気がする。
俺が前世で遊んだのは、かなり有名なダークファンタジーゲームだった。戦争が起き、国が滅び、人が次々と死んでいく。主人公は過酷な戦いを乗り越えて成長していくが、その裏では名もない兵士や冒険者たちが悲惨な最期を迎えていた。
そして、俺たちは滅ぼされる側だった。
俺が転生したのは、原作の序盤。主人公が最初に大きな成果を上げる戦争。その戦場の片隅で起きている小さな戦いに参加していた、モブの冒険者パーティーの一人だったらしい。
もちろん、主人公の仲間でもなければ、物語の重要人物でもない。
ただの脇役だ。
しかも、俺はストーリーをあまり覚えていなかった。というか、タイトルの名前さえ思い出せん。
昔遊んだゲームの内容なんて、何年もたてば忘れてしまう。どんな敵が登場したのか、どの国が滅びたのか。覚えていることは少しだけだった。
だから、今になってようやく気づいたのだ。
そして、思い出してしまった。
このキャラクターは、敵に捕まって拷問を受ける。
それも、見るも無残な姿にされて死ぬ。
名前も覚えていなかったわけだけど、悲惨な死に方をするキャラクターだったことだけは、なんとなく覚えていた。
……つまり。
「俺、死ぬんじゃね?」
「そうだ。死にたくなければ、知ってることは全部吐いてもらう」
「いや、ほんと知らねえんだけどな」
ドゴッ!
殴られた。いってー。
ギデオンが不機嫌そうに尋ねた。
「ならば、遺言はあるか?」
「うーん……、特になし!」
俺は笑った。
いや、笑うしかないだろう。
原作どおりなら、俺はここで死ぬ。ゲームのストーリーを覚えていない以上、これからどうなるのかもわからない。生き延びる可能性は、限りなくゼロに近い。
でも、まあ、やれるところまでやってみるか。どうせ何もしなくても死ぬのなら、最後まで足掻いた方がいい。
幸い、俺には1つだけ特殊な能力があった。
傷つけば傷つくほど、強くなる。
痛いのは嫌だ。できれば拷問なんて受けたくない。でも、こうなってしまった以上、利用できるものは利用するしかないだろう。
「将軍! 俺を強くしてくれ!」
「……は?」
ギデオンが眉をひそめた。
俺は胸を張って言った。
「拷問するんだろ? だったら、せっかくだから強くなりたいんだ! よろしく頼む!」
「貴様……、正気か?」
「もちろん!」
その日から、7年間が始まった。
いやぁ、さすがに長かったわ。
何度も死にかけた。
何度も意識を失った。
もう駄目だと思ったことも、一度や二度ではない。
それでも、俺は生き延びた。
傷つくたびに強くなり、少しずつできることを増やしていった。ギデオンは俺が泣き叫ぶ姿を見たがっていたようだが、残念ながら、俺はそんな期待に応えられなかった。
痛いものは痛い。だが、強くなれるのなら耐える価値はある。
そして7年後。
俺は脱獄した。敵の牢獄から抜け出し、追手を振り切り、なんとか帰ってきた。
……よく帰れたな、俺。
右目は見えなくなった。右耳も失った。右腕は肩から先がなくなり、右足も太ももの途中から失われていた。体中に傷が残り、少し動くだけで激痛が走る。歩くこともまともにできず、最後は地面を這うようにして進んだ。
それでも、帰ってきた。
「ははっ……。俺、すげえ」
自分で自分を褒めてやりたい。
原作では拷問で死ぬはずだったモブが、7年間の拷問に耐え、生き延びて脱獄したのだ。しかも、ギデオンの拷問を受け続けたおかげで、俺は以前とは比べものにならないほど強くなっている。
って言っても、この状態じゃ説得力ないけど。
にしても、体のほぼ半分を失ったのはきちい。だが、俺は生きてる。原作の運命をぶっ壊してやったのだ。
「よっしゃあ! 俺、最高!」
国に領土に足を踏み入れた直後、俺は意識を失った。
次に目を覚ましたとき、俺はベッドの上にいた。体には包帯が巻かれ、消毒液の匂いがした。誰かが俺を教会まで運んでくれたらしい。
そして俺が目を覚ましてから、仲間たちの様子が変なんだよなあ。
例えば、黒髪を後ろで束ね、銀色の鎧を身につけた女騎士シモーヌ。
「ローウェル、寝返りを打つなら私を呼べ! 体を支えてやる。水も食事も、必要なものは私が用意するからな!」
「いや、そこまでしなくてもいいって。俺、左手は動くし!」
「――私では、不満か?」
「え?」
「そ、そうだな……。騎士のくせに仲間1人救えない私が、今さらそんなことを言っても説得力がないよな……」
「なんでそうなるんだ!?」
「だが、今度こそ守る! お前が私を必要としなくても、今度こそ何があってもお前のことを守りたいんだ。仲間だと認めてくれなくてもいいから、どうか頼む……!」
「認めてる! 最初から認めてるから泣くなって!」
例えば、金色の髪と青い瞳を持つ聖女リネット。
「ローウェル、食事を持ってきました。食べさせてあげますから、口を開けてくださいね」
「いや、自分で食べられるぞ?」
「私に世話をされるのは、嫌ですか?」
「いや、そういうわけじゃ」
「そうですよね……。あなたの体を元に戻すこともできない聖女なんて、そばにいても邪魔なだけですよね……。そんな私が食事を食べさせたいだなんて、どれほど図々しいんでしょう……」
「待て待て! 別に嫌だなんて言ってないだろ!」
「私はあなたの体を元に戻せませんでした……。あなたが7年間も苦しんでいたのに、私は何もできなかった。それなのに、あなたに必要とされたいだなんて……。私、自分が嫌になります……!」
「リネットは必要だって!」
「……本当ですか? あなたのそばにいていいんですか? お願いです……。私を役立たずだと思ってもいいので、見捨てないでください……!」
「見捨てるわけないだろ! ほら、泣いてないで早く食べさせてくれ!」
例えば、長い紫髪を揺らし、黒い杖を手にした魔法使いタニア。
「ローウェル! あなたの体を補助する魔法を作りました! これを使えば、日常生活が今より楽になるはずです!」
「おお! すげえな! さすがタニア!」
「……そんなふうに、褒めないでください」
「えっ?」
「まだ何も治せていないんです! 目も、耳も、腕も、足も……。私はあなたのために何ひとつ取り戻せていない! それなのに、こんな程度の魔法で褒められたら……、私に気を遣ってくれているみたいじゃないですか……」
「いや、普通にすごいと思ったんだけど!?」
「私、研究者失格です……! 知識を集めて、魔法を研究して、それで満足して……。あなたが苦しんでいるときには、何もできなかった。そんな私が、今さらあなたの役に立ちたいだなんて……!」
「タニアは役に立ってるって!」
「なら、もっと役に立たせてください! あなたに必要とされなくなったら、私は……。私は、何のために研究を続ければいいんですか……! お願いです、私をあなたのそばに置いてください……!」
「お、おう! いくらでも頼るから! だから泣くなって!」
例えば、赤茶色の髪をした大柄な戦士ロナン。
「ローウェル。今夜は俺がここにいる」
「おう、ありがとな! でも、ロナンもちゃんと寝ろよ?」
「俺はいい」
「いや、よくないだろ。ちゃんと休もうぜ!」
「……俺がいると、邪魔か?」
「は?」
「そうだよな。約束を守ったなんて言い訳して、お前を置いて逃げた。お前が捕まっている間、俺は助けに行けなかった。そんな俺が今さら隣にいたいなんて……、虫がよすぎるよな」
「おい、ロナン?」
「それでも、離れたくない。お前が目を覚ましたとき、またいなくなっていたらと思うと怖いんだ。俺はもう、同じ失敗を繰り返したくない」
「……どこにも行かねえよ。てか、行けねえよ」
「!? すまん。俺のせいで、こんなことに……」
「いや、そうじゃなくて」
「お前を守れない俺でも、もしまだ、仲間だと思ってくれるなら……。もう、俺を置いてどこかにいかないでくれ」
「俺がロナンを置いていくことなんてないって! 当たり前だろ」
「……そうか。……よかった」
「泣くなよ」
俺は大きく息を吐いた。
……なんだ、この状況。
みんなが心配してくれているのはわかる。7年間も囚われていたんだから、当然だろう。俺だって、仲間たちに会えて嬉しい。
でも、前みたいに普通に接してほしいんだが。
どうやら、7年間の留守は、俺が思っていた以上に大きかったらしい。




