プロローグ
「ローウェル! いやああああっ!」
「離せ! ローウェルを連れていくな!」
「お願いです! ローウェルを返してください!」
3人の叫び声が、戦場に響いた。
俺は敵の兵士に両腕をつかまれ、引きずられていた。服は破れ、体中が血で汚れている。足には力が入らず、歩くことも難しかった。何度も転んだせいで、地面には俺の血が点々と残っていた。
それでも、俺は笑っていた。
「おいおい、みんな! そんなに叫ぶなよ! ちゃんと聞こえてるぞ!」
「ローウェル! どうして笑っていられるんですか!」
リネットが泣きながら叫んだ。金色の髪と青い目を持つ聖女で、傷を治す力がある。普段は損得を冷静に考え、必要なら冷たい判断もできる女だ。けれど、今は俺の傷を治すことさえできず、ただ泣いていた。
「俺は大丈夫だ! これからもっと強くなれるからな!」
「大丈夫なわけがないでしょう!」
リネットの声が震えた。俺には、その理由がよく分からなかった。確かに痛い。立っているだけでもつらい。でも、俺は傷つけば傷つくほど強くなる体質なんだ。だったら、これも悪いことばかりじゃない。
「ローウェル! 私を置いていくな!」
シモーヌが敵の兵士に向かって剣を振ろうとした。黒色の髪を後ろで結び、銀色の鎧を着た女騎士だ。負けず嫌いで、誰にも負けたくない。仲間を守る力にも自信がある。そんな彼女が、今は敵に剣を向けることすらできずにいた。
「シモーヌ、無茶をするな! お前まで捕まったら、誰がみんなを守るんだ?」
「お前に言われたくない! いつも勝手に傷ついて、私の前からいなくなろうとするな!」
「いなくならないぞ! ちゃんと帰る!」
「その体で、どうやって帰るつもりなのだ!」
シモーヌは歯を食いしばった。目から涙がこぼれている。俺は彼女を安心させようと、できるだけ大きく笑った。
「帰ったらまたタイマン勝負しようぜ!」
「……馬鹿!」
シモーヌは泣きながら叫んだ。俺は首をかしげた。勝負の約束をしたのに、どうして怒るんだろう。
「ローウェル! 私が、私がもっと早く魔法を止めていれば……!」
タニアも叫んだ。紫色の長い髪をした魔法使いで、珍しい魔法を見ると目を輝かせる研究狂だ。新しい力を調べるためなら危険も気にしない。けれど、自分の魔法が暴走し、俺を傷つけた時だけは違ったなあ。
「私のせいで、あなたがそんな姿に……!」
「気にするな! あの魔法、すごかったぞ! もう一度見たいくらいだ!」
「そんなことを言わないでください!」
タニアは頭を抱えた。俺は本当にすごいと思ったのだ。あの魔法を使いこなせるようになれば、敵を一気に倒せる。次に戦う時は、きっと役に立つ。
俺はみんなを守れた。それだけで十分だった。
「お前たち、もういい」
低い声が響いた。黒い鎧を着た男が、兵士たちの後ろから歩いてきた。ギデオン。帝国軍の将軍で、人が苦しむ姿を見ることを何よりも楽しむ男だ。相手が泣き叫ぶほど、彼の顔には笑みが広がる。
ギデオンは俺の血で汚れた服を見て、楽しそうに笑った。
「ずいぶんひどい姿になったな。仲間をかばって、そこまで傷ついたか」
「おう! みんな無事だぞ!」
「自分の体を見てみろ。立つことすらできないではないか」
「まあ、ちょっと疲れたな!」
俺が笑うと、ギデオンは目を細めた。俺の反応が気に入らないらしい。もっと泣いたり、命乞いをしたりしてほしいのだろうか。残念だが、俺にはそんなつもりはなかった。
「ロナン!」
俺は残った力を振りしぼり、大声で呼んだ。
赤茶色の髪をした大男が振り返った。大きな斧を持つ戦士で、口数が少なく、不器用な男だ。気の利いた言葉を言うのは苦手だが、仲間が危ない時には必ず助けに来てくれる。俺が一番信頼している仲間の1人だった。
「……何だ」
「みんなを頼む!」
ロナンは答えなかった。ただ、俺を見つめていた。
「俺はこいつらと一緒に行く。だから、お前はみんなを連れて逃げてくれ!」
「……断る」
「頼むよ!」
「お前を置いていけない」
ロナンは短く言った。いつも無口な男だが、今はその声が少し震えていた。
「ロナン、お前なら3人を守れる。シモーヌは強いけど、今は頭に血が上ってる。リネットは俺を助けようとして無茶をするし、タニアは俺を助ける方法を探して、危ない魔法を使うかもしれない。だから、お前がそばにいてやってくれ!」
「……お前は、どうする」
「俺は大丈夫だ! こいつらに鍛えてもらうからな!」
俺は笑った。ロナンは何も言わなかった。
「ローウェル! そんな命令、聞かなくていい!」
シモーヌが叫んだ。
「私たちも戦う! ローウェルを助けて、全員で帰る!」
「バーカ、無理すんな! 今は逃げるんだ!」
「嫌です! あなたを置いて逃げるなんて、できません!」
リネットが泣き叫んだ。タニアも杖を握りしめ、必死に何かの魔法を考えているようだった。
「お願いだ、ロナン!」
俺はもう一度、仲間を見た。
「みんなを家に帰してくれ。俺との約束だ!」
長い沈黙のあと、ロナンはうつむいた。
「……分かった」
ロナンは3人のもとへ走った。シモーヌは剣を握りしめ、リネットは首を横に振り、タニアはロナンの腕を振りほどこうとした。
「離せ! 私はローウェルを助ける!」
「……駄目だ」
「嫌です! ローウェルを置いていけません!」
「……すまない」
ロナンは泣きながら、3人を無理やり連れていった。3人は何度も振り返り、俺に手を伸ばしていた。
俺は笑って手を振った。
「またな! 帰ったら、みんなで飯食おうぜ!」
「ローウェル!」
3人の声が遠ざかっていく。
俺は少し寂しかったが、後悔はなかった。みんなが逃げられたのだから、それでいい。俺が傷ついたことなんて、たいした問題じゃない。
ギデオンが俺のあごをつかみ、顔を上げさせた。
「ずいぶん楽しそうだな。これから何をされるのか、分かっているのか?」
「拷問だろ?」
「そうだ。お前が泣き叫んでもやめない。たっぷり苦しめてやる」
俺は目を輝かせた。
「おお! ありがたいな!」
ギデオンの手が止まった。
「……何だと?」
「俺は傷つけば傷つくだけ強くなるんだ! 拷問してくれるなら、もっと強くなれる! よろしく頼むぞ!」
俺は本気でそう思っていた。1年でも2年でも、強くなれるなら頑張れる。帰った時には、今よりずっと強い俺になっているはずだ。
ギデオンは俺の顔を見つめたあと、ゆっくりと笑った。
「いいだろう。その笑顔がいつまで続くか、確かめてやる」
兵士たちが俺を引きずっていく。俺は最後まで、仲間が逃げた方を見ていた。
みんな、元気でな。
そして、俺は暗い部屋へ連れていかれた。
鉄の扉が開く。中には、太い鎖と、血のついた道具が並んでいた。
ギデオンは俺を椅子に縛りつけ、楽しそうに道具を手に取った。
「さあ、始めようか」
俺は笑った。
「おう! よろしくな!」
こうして、俺への拷問が始まった。




