第11話 7年間の拷問は、俺を最強にしていた
帝国軍が、王国へ攻め込んできた。
その数、10万。
国境の砦はすでに落とされ、帝国軍は王都へ向かって進んでいるらしい。俺たち『五つ星の旅団』は、王国軍と合流するため、国境近くの平原へやってきた。
「……すごい数だな」
丘の上から見下ろすと、黒い鎧を着た兵士たちが、遠くまで並んでいた。巨大な魔導兵器もある。空には、帝国の軍旗が何百本も立っていた。
「ローウェル。私の後ろにいろ」
そう言ったのは、黒髪の女騎士シモーヌだ。剣を抜き、俺の前に立っている。
「いや、俺が前に出るよ」
「駄目だ」
「でも、今の俺は最強だぞ?」
「それでも駄目だ」
シモーヌは振り返った。その顔は、とても真剣だった。
「お前を二度と失いたくない」
「……シモーヌ」
「頼む。私に守らせてくれ」
俺は少し考えた。そして、うなずいた。
「わかった。じゃあ、一緒に戦おうぜ」
シモーヌが小さく笑った。
隣では、金髪の回復術師リネットが杖を握っていた。
「ローウェルさん。少しでも痛みを感じたら、すぐに教えてくださいね」
「わかったよ」
「本当に、ですよ」
「大丈夫だって」
リネットは困ったように笑った。
紫色の髪をした魔法使いのタニアは、俺の右腕を調べていた。
「義手の防御魔法、全部正常だよ。義足も問題なし」
「ありがとな、タニア」
「……うん」
タニアが俺の右手を握った。
「ねえ、ローウェル」
「ん?」
「絶対に、無茶しないでね」
「ああ。すぐ終わらせるよ」
「……約束だからね」
最後に、大きな斧を背負ったロナンが近づいてきた。赤茶色の髪をした、無口な戦士だ。
「……おれも行く」
「おう。頼りにしてるぞ」
「……ああ」
ロナンは、俺の隣に立った。こうして5人で並ぶのは、ずいぶん久しぶりだった。俺は少し嬉しくなった。
「なんか、昔に戻ったみたいだな」
その言葉に、みんなが黙った。
「……そうだな」
シモーヌが小さく答えた。
「今度こそ、5人で帰ろう」
「ああ」
俺は笑った。
「じゃあ、行こうぜ」
帝国軍の中央に、大きな馬車があった。
その前に、見覚えのある男が立っていた。銀色の鎧。大きな剣。顔には、深い傷がある。帝国の将軍、ギデオンだ。俺を7年間、地下牢に閉じ込めていた男だった。
「おーい、ギデオン」
俺は手を振った。ギデオンがこちらを見た。そして、目を見開いた。
「……貴様」
「久しぶりだな。元気だったか?」
ギデオンは、しばらく俺を見つめていた。やがて、その顔が怒りで赤くなった。
「なぜ、貴様がここにいる」
「王国を攻めに来たって聞いたからさ」
「……貴様は、もう戦える体ではないはずだ」
ギデオンの目が、俺の右腕と右足に向いた。
「その手足は……」
「仲間が作ってくれたんだ」
俺は右手を開いたり閉じたりした。
「すごいだろ。本物と変わらないんだぞ」
ギデオンは歯を食いしばった。
「……ふざけるな」
「ん?」
「貴様は、私が7年間も拷問した。何度も骨を折り、肉を裂き、最後には手足まで奪った」
背後で、誰かが息をのんだ。
振り返ると、リネットが口元を押さえていた。タニアは、顔を真っ青にしている。シモーヌは剣を握りしめ、ロナンは斧を持つ手を震わせていた。
「……ローウェル」
シモーヌが俺を呼んだ。
「もう、あいつの話を聞くな」
「え?」
「私が倒す」
その声は震えていた。
「私が、あいつを……」
「待ってくれ、シモーヌ」
俺は彼女の肩に手を置いた。
「大丈夫だって。今の俺なら勝てるよ」
「……っ」
シモーヌが顔を伏せた。ギデオンが笑った。
「勝てるだと?」
剣を掲げる。
「貴様の体が、どれほど弱かったか。私はよく知っている」
「そうだな」
「泣き叫び、血を吐き、何度も死にかけた貴様が、私に勝てるとでも思っているのか」
「うん」
俺はうなずいた。
「今なら勝てると思うぞ」
ギデオンの笑顔が消えた。
「……殺せ! 殺せぇええええええっ!」
その一言で、帝国軍が動いた。
何千本もの矢が飛んできた。
空が真っ黒になった。同時に、魔法使いたちが火の玉を放った。巨大な魔導兵器も、こちらに砲口を向けている。
「ローウェル、下がれ」
シモーヌが俺の前に飛び出した。
「防御魔法、展開するよ」
タニアが杖を掲げた。
「……守る」
ロナンも斧を構えた。リネットは、俺の背中に手を当てた。
「ローウェルさん。私たちがいますから」
俺は、4人の顔を見た。みんな、必死だった。俺を守ろうとしてくれている。それが嬉しかった。
「ありがとな、みんな」
俺は一歩前に出た。
「でも、ここは任せてくれ」
右手を掲げる。魔導義手の指が、普通の手と同じように動いた。
《被虐成長》。
俺だけの固有スキルだ。受けた苦痛を、成長へ変える。7年間。俺は、ずっと地下牢にいた。何度も傷つけられた。何度も倒れた。それでも、生きて帰ってきた。その7年間が、全部俺の力になっていた。
「……よし」
俺は右手を軽く振った。
すると空にあった矢が、全部止まった。
火の玉も消えた。魔導兵器から放たれた光も、俺の前で消えてしまった。
「……え?」
俺は自分の右手を見た。
「今の、俺がやったのか?」
「……ローウェル」
タニアが口を開けていた。
「あたし、こんなの見たことない……」
「やっぱ、そんなにすごいのか?」
「すごいなんてもんじゃないよ……」
タニアは笑った。目には涙が浮かんでいた。
「……本当に、世界最強になっちゃったんだね」
「はは。そうみたいだな」
俺は笑った。
「じゃあ、もう誰も傷つけさせずに済みそうだ」
ギデオンが怒鳴った。
「全軍、突撃しろ」
帝国軍の兵士たちが、一斉に走ってきた。地面が揺れた。10万人もの兵士が、こちらへ向かってくる。
「……どうする、ローウェル」
ロナンが聞いた。
「うーん」
俺は少し考えた。できれば、誰も殺したくなかった。帝国の兵士たちにも、家族がいるだろう。俺たちと同じように、帰りを待っている人がいるはずだ。
「じゃあ、武器だけ壊そうか」
「……武器だけ?」
シモーヌが聞き返した。
「ああ。戦えなくなれば、帰るしかないだろ?」
俺は右手を前に出した。少しだけ魔力を込める。
「それっ」
白い光が、平原を走った。
次の瞬間、帝国軍の剣が砕けた。槍が折れた。弓が壊れた。魔法使いたちの杖も、次々に割れていった。巨大な魔導兵器は、音を立てて崩れた。
兵士たちは、その場に立ち尽くした。
「……武器が……」
「何が起きた……?」
「これじゃ、戦えないぞ……」
あちこちから声が上がった。俺はほっとした。
「よかった。うまくいったな」
「……ローウェル」
シモーヌが俺を見た。
「お前、本当に……」
「ん?」
「……いや」
シモーヌは笑った。
「すごいな、お前は」
「はは。ありがとな」
その隣で、リネットが泣いていた。
「……ローウェル……」
「どうした?」
「本当にあの頃に戻れて、いえあの頃以上に強くなられたんですね……」
「ああ。スキルのおかげだよ」
リネットは涙を拭いた。そして、笑った。
「……もう、誰にも負けませんね」
「おう」
俺はうなずいた。
「今度こそ、俺も含めてみんなを守れるぞ」
「……認めん」
ギデオンが剣を抜いた。まだ武器を持っていたらしい。
「私は帝国最強の将軍だ」
「そうだっけ」
「貴様ごときに負けるはずがない」
ギデオンが走ってきた。大きな剣を振り上げる。俺は、その剣を右手でつかんだ。
ガキン。剣が止まった。
「な……」
ギデオンが目を見開いた。
「義手で……私の剣を……?」
「タニアが作ってくれたんだ」
俺は笑った。
「すごいだろ?」
右手に少し力を入れる。
パキン。剣が折れた。
ギデオンは、折れた剣を見つめていた。
「……ありえん」
「なあ、ギデオン」
俺は、彼に話しかけた。
「もう終わりにしようぜ」
「……何?」
「俺、もう戦いたくないんだ」
ギデオンは俺をにらんだ。
「……貴様は、私が憎くないのか」
「うーん」
俺は少し考えた。
「7年間、痛い思いはしたけどさ」
ギデオンが黙った。
「今は、みんなと一緒にいられるから」
俺は笑った。
「それで十分だよ」
ギデオンは何も言わなかった。俺は、その肩に手を置いた。
「だから、もう誰かを苦しめるのはやめようぜ」
「……」
ギデオンは、ゆっくりと膝をついた。その顔から、戦う気持ちが消えていた。帝国軍の兵士たちも、武器を捨てた。
こうして、10万の帝国軍は降伏した。
戦いが終わったあと、俺たちは帝国の皇帝に会いに行った。皇帝は、俺たちの話を聞くと、すぐに降伏を受け入れた。帝国は侵略戦争をやめた。
捕まっていた人たちは解放された。国境の町も、王国に返された。
そして、王国と帝国の間に、平和の約束が結ばれた。長い戦争が終わった。
俺たちが王都に帰ると、たくさんの人が迎えてくれた。
「五つ星の旅団、万歳!」
「ローウェル様、万歳!」
花が降ってきた。子供たちが手を振っていた。俺も手を振り返した。
「すげえな。みんな喜んでるぞ」
「……ああ」
シモーヌが笑った。
「お前のおかげだ」
「いや、みんなのおかげだろ」
俺は4人を見た。
「俺一人じゃ、ここまで来られなかったからな」
リネットが微笑んだ。
タニアが俺の腕に抱きついた。
ロナンが小さくうなずいた。
シモーヌは、俺の肩に手を置いた。
「……そうだな」
その声は、とても優しかった。




