第5話 軌道エレベーター
「なるほど。軌道エレベーターは長さ30,000kmある。そこを居住空間として使えば、かなりの人数が収容できそうではある」
ミハイル・イワノフの案にウォルト・ジョンソンが賛意を述べる。
「待ってください。軌道エレベーターの用途は物資・人員の移動に特化しています。大量の人間を居住させることなど出来るのでしょうか。用途もそうですが、強度が耐えられるとも思えない」
イーファン・リュウが全員を見回しながら述べる。
「もっともな意見だ。マザーよ。この案の実現性を教えてくれ」
会議の経緯を見守ってきたマザーと呼ばれたAIが、ジョンソンの問いかけに応える。
「リュウ主席の懸念通りです。現状の軌道エレベーターを居住空間として使うことは用途的にも強度的にも不可能です。
ただし、改造することで問題解決は可能です」
「具体的には?」
「まず、軌道付近は気圧、空気、放射線の影響のため住居には適しません。
そのため、地上から10,000m付近までを居住空間として使用します。
第一段階 強度補強:現状のエレベーター外装を高度10,000mまで特殊素材”オニキス”でコーティング
施工に要する人員:1エレベーター担当あたり5人+工作ドローン10,000台
施工に要する期間:1エレベーターあたり1年
第二段階 居住空間確保:現状のエレベーター内部を高度10,000mまで複数階層で区分け
施工に要する人員:1エレベーター担当あたり5人+工作ドローン10,000台
施工に要する期間:1エレベーターあたり1年」
「1年か。それであれば何とかなるかもしれん。1エレベーターあたり何人居住可能だ?」
ジョンソンの問いかけにマザーが応える。
「20万人です」
「8拠点で160万人か。80億人の0.02%だけが居住可能というわけか」
イワノフが眉間に皺を寄せた。
「施行に要する人員を増やせばどうですか。人員を増やせば工作ドローンを増やすことも出来、期間も短縮できる。
それに、マザーが10,000mまでと言ったのは、安全性もあるかもしれませんが、期間のことも考慮してのことでは?」
「仰る通りです。ロッシ首相。安全面を考慮しての上限は地上から100,000mまで可能です。その場合、200万人の居住が可能です。
そして、1拠点あたり人員を500人まで増やせば、工作ドローンも1,000,000台まで増産出来、結果同じ期間での施工が可能です。
8拠点トータル4,000人、8,000,000台となります」
「どうやって4,000人まで増やすのだ。現在200人もいないのだぞ」
キアヌ・チャーチルの懸念にカール・リンザーが応える。
「遺伝子手術しかないだろう」
「しかし」
尚も、懸念を続けようとするチャーチルに対して、ジョンソンが端末を操作しながら全体に話しかけた。
「4,000人まで増やすのであれば20,000人に受術させればよいのだ。先刻の懸念の精神障害は4,000人。異形は1,000人。その数であれば何とかなる」
「そこがクリアできたとして、それでも移住可能は1,600万人といったところ。大幅に足りぬ」
イワノフが引き続き人数に対する懸念をあげる。
「火星での作業員を増やせるのであれば、テラフォーミングのペースも上げられるはず。地球での居住可能期間の間にテラフォーミングが完了出来る可能性もあがるのでは?」
ロッシが発言。
「たしかに」
「では、この案で進めることに異存のある方はいらっしゃいますか?」
議長の問いかけに4人が挙手した。
「反対だ。遺伝子手術の実態を告げずに騙し討ちのようなことを市民に強いるなど人道に反する」
第2地下都市チャーチル首相が述べる。
「私は、そもそも地球を離れるという発想が気に入らん」
第5地下都市セザンヌプレジデントが述べる。
「異形が問題です。姿異なるものの数が増えれば、人心に不安が拡がります」
第8地下都市リュウ主席が述べる。
「わしも、火星テラフォーミングに回す労力を地球環境の改善に向けるべきと思う」
第7地下都市イワノフプレジデントが述べる。
しばらくの空白の後、マザーが発言をした。
「サミットの原則により、全会一致で無ければ進めることは出来ません。
一方、我々に停滞は許されないことも事実です。
そこで、以下暫定案を提言いたします。
・追加での遺伝子手術は実行せず、火星での人員は現状のままとする
・火星での軌道エレベーター住居化は現状人員で進め、1年後160万人移住を目標とする
・移住を希望しない者に対する無理強いはしない
・地球環境の改善を並行で進める」
「マザーの案に異存のある方はいらっしゃいますか?」
1分待ち、議長が宣言。
「では、本案を進めることを決定といたします。詳細については次回詰めていきたいと思います。以上をもってサミットを閉幕いたします」
8人はそれぞれ複雑な思いを胸に見つめ合い頷きあった。




