第4話 手術
「火星拠点で働いているものは、開始以降10年火星に定住している。なぜか」
第4地下都市首相である最年長のカール・リンザーが静かに言葉を発する。
「彼らは火星環境に適用できるように遺伝子手術をうけているからです」
リンザーの言葉に、第2地下都市首相 キアヌ・チャーチルが応える。
「そうだ。つまり、地球のすべての人間が同じ遺伝子手術をうければよいのだ」
「御大は、どうやら遺伝子手術の詳細を確認されていないようですな」
それまで他参加者の意見を黙って聞いていた第7地下都市プレジデント ミハイル・イワノフが左右に首を振りながら発言した。
「どういうことかな」
「かの手術の成功者は、受術者全体の10%に満たない」
「なんだと」
「やはり、ご存じなかったか」
サミット参加回数最多のイワノフは、同年輩のリンザーを一瞥した後、端末を操作し数字を読み上げる。
「貴都市では、89人が受術し、成功者は7人。我が都市では、97人が受術し、成功者は8人。奇しくもどちらも成功率8%前後」
端末から頭をあげたイワノフは、周囲を見渡し、続けた。
「この際だ。他地下都市の状況もお伝えする。
第1地下都市 105人受術、9人成功。
第2地下都市 95人受術、8人成功。
第3地下都市 90人受術、7人成功。
第5地下都市 83人受術、6人成功。
第6地下都市 88人受術、7人成功。
第8地下都市 111人受術、9人成功」
「成功しなかったものはどうなったのだ」
リンザーは、イワノフに向い尋ねる。
「成功しなかった90%強のもののうち、50%は受術前と変化なし。30%は精神障害を発症。残り10%強は……」
声のトーンを落とす。
「火星環境に適用出来る体は手に入ったが、異形の姿に変化した」
「異形の話は聞いている。確か、非公式に火星に任についているのだったな」
しばしの沈黙の後、リンザーは呟く。
「つまり、全人類に手術を受けさせても、今の火星に適用できるのは20%。しかもその半数は人間でなくなるという事か」
「そもそも、その事実を公表して手術を受ける人間がどれほどいるのか?」
第2地下都市の50代の首相 キアヌ・チャーチル の疑問に対して、第6地下都市の女性首相 ソフィア・ロッシが応える。
「公表せず強制的に受術させ適用出来た20%を火星に移住させればよいのでは」
「簡単に言いますね。現在の世界人口80億。精神障害を発症するものが30%であるなら24億。この者たちをどう処置するのか。
それと、適用者の半数の8億の異形。これは差別の種になる。人類を分断しますよ」
第8地下都市主席の最年少イーファン・リュウが即座に反論。
その意見の後、反論なく、暫くの沈黙が続く。
沈黙を議長キョーコ・ムラノが破る。
「第一、二議題については、現時点では議論は尽きたと思いますので、第三議題に移ります。
火星八拠点の今後について。
現在、火星衛星軌道に設置した全八基の軌道エレベーター。テラフォーミング設備完成後、微小な補給物の運搬以外ほぼ不稼働状態となっています。こちらの有効な活用方法について議論したいと思います」
「先刻の議論の続きになるが、テラフォーミングが完了して地上で人間が生活出来るようになるまでの避難先としてのシェルターを作れないか。そのシェルターを作るための資材を運ぶのはどうか」
チャーチルが発言する。
「80億人が暮らせるシェルターを作るのにどれだけの時間がかかるとお思いか。参考としていうと、地下都市を建造するのに半世紀。のべ30億人の人員を使って。
現在火星には150人程度の人間がいるが、そのものをフル稼働して果たして何世紀かかることか」
第1地下都市プレジデント ウォルト・ジョンソンの鋭い舌鋒が冴える。
暫しの沈黙の後、イワノフが呟く。
「軌道エレベーター自体をシェルターとして使えないか?」
「何を言っている?」
怪訝な表情で、リンザーがイワノフの方を見た。




