第6話 火星
大地と天をつなぐ巨大な柱がそびえている。
柱の麓には、いくつかの建造物が見える。
そこは、第三地下都市から派遣された火星テラフォーミング拠点であった。
柱に見えた巨大な建造物は、惑星静止軌道から地表に伸ばされた軌道エレベーターで、静止軌道のステーションから物資を運搬する役割を果たす。
軌道エレベーターを中心に惑星環境を改変するための施設群が広がっている。大気調整、人工森林育成、水循環・水質管理、土壌再生・生態系構築、環境観測・生物安全管理。それらすべてを統合管理しているのが、マザーと呼ばれるAIであった。
そして、施設群に隣接した小さな居住区。
透明な屋根に覆われた農場。地中から水をくみ上げる設備。工作ドローンの整備を行う作業場。
そして、円筒形の居住棟では、十八人の人員が生活していた。そのうち七名は、火星の環境に適応するための遺伝子手術に成功した者。そして残る十一名は、手術によって肉体に変化が生じた者たち――異形と呼ばれる者たちだった。彼らは、全員が第三地下都市統合軍の軍人だった。
居住棟内の食堂では、数名の若い軍人が昼食をとっていた。
そこに、彼らより一回り年長に見える長身・筋肉質の軍人が現れ、辺りを見回し食事中の若者たちに尋ねた。
「タチバナ中尉がどこにいるか分かるか?」
「中尉なら、作業場でドローントラブルと格闘中ですよ。少佐」
少佐と呼ばれた軍人は頷き、作業場に向かった。
作業場では、千台分のドローンを収容できるメンテナンスブースが設けられていた。稼働中の一万四千台と交代するように、整備を終えた機体が次々と送り出されていく。
メンテナンスブースから少し高い位置に、制御端末が十台ほど設置され、そこで何人かの人間が作業しているが、そのうちの一台で脂汗を流しながら端末に向っている若者がいた。その後ろから若者の肩越しに端末を覗き込み、指示をだしている長身の男がいた。
少佐と同年代に見えるその男は、長身の少佐より少しだけ背が高いようだが体重は同じくらいだった。
少佐は、長身の男が頷き、安堵の溜息をついた若者の肩を叩いて労い、端末から離れるのを待ってから声をかけた。
「タチバナ中尉、少しいいか。話がある、ついてきてくれ」
「どうしたんですか、ムラサメ少佐。怖い顔をして。また、上から無茶な指示が来ました?」
ムラサメと呼ばれた少佐はタチバナ中尉の軽口に応えず、踵を返し速足で歩き出す。タチバナ中尉は、肩をすくめ、少佐の後を追った。
ムラサメ少佐は居住区の外れにある旧資材保管庫へ向かった。
現在は使用されていない小さな区画で、壁面の一部は補修待ちのままになっている。外部との接続口も封鎖されており、通常の巡回経路から外れていた。
ムラサメ少佐は入口を閉めると、念のため室内を一周した。
「そのとおりだ! お前のいう通りだ! あいつら、ふざけやがって!」
「落ち着いてください、少佐。何を言われたんですか?」
「少佐はやめろ、トウジ! ここには誰もいない。カメラもない。だから頼む」
ムラサメ少佐の剣幕におされたタチバナ中尉は肩をすくめ、
「分かったよ、ジン。で、何があったんだ?」
同期であり、長年の友人同士であるジン・ムラサメ少佐とトウジ・タチバナ中尉は、軍務中は階級を守る。
だが、双方独りでは解決できない問題が起きたとき、建前でなく本音で話をしたいとき、二人は階級抜きの友人に戻って話をすることがあった。
この時もそうであった。ジンは腰のミリタリーポーチから端末を取り出し、トウジに手渡した。
ジンに渡された端末を見たトウジは目を見開く。
「これはこれは……。お前が血相を変えるのも無理ならぬことだな。
この状況で追加タスクか。しかも、今のタスクの終了予定は変えずに。
テラフォーミングの進捗は伝えているはずなのに、なんで、こんな無茶を」
「やつらはこちらの報告を都合よく解釈しているんだ。
まだ残作業が大幅に残っていることは伝えているが、中核システムは完成し、すでに稼働していることに着目し、残作業は、ほかの作業と並行して進められると思ってやがるんだ」
「なるほど。連中の考えそうなことだな。中央プラントが動いていても、末端の水路はつながってない。植林地の土壌もまだ安定してないってのにな。
しかし、地球からの移住者を収容するための軌道エレベーターの居住区域化か。残作業をこなしながら、出来る作業とは到底思えない」
「そうだ。単に人が住める空間を作ればいいという話じゃあない。
外装の補強、複数階層の居住空間の創出、空調設備の設置、給排水設備の構築、食料生産区画の確保。
考えなきゃならないことは、それこそ無数にある」
ジンは、天井を睨みつけるようにして吐き捨てた




