第5話「騎士と冒険者」
冒険者ギルドファフニール支部ギルドマスター
トーマス・トールマン(51歳)
元A級冒険者。実力はS級と言われていたが現場主義のトーマスはS級の道を蹴り若手の教育のためにギルドマスターの道を選ぶ。身長200cm超体重130kg。現役の頃は長さ3メートルを超える六角棒に雷属性の魔術を付与し暴れていたため「雷神トト」という異名で呼ばれていた。所謂、怪物と呼ばれる人間である。
コンコンッ。
マスタールームのドアがノックされる。
「クラリスです」
「入れ」
ダークブラウンの髪を頭の上で団子に結び、メガネを掛けた神経質そうな美女。マリーベル・クラリス、ギルドマスター秘書である。
「どうした?」
「王都西部の町トリベラより馬で3日程のニアニス渓谷でワイバーンが確認されました。数は3体です」
「なに!? 3体だと! あそこは温泉観光地だぞ!! 無事なのか!? とにかく至急王室へ連絡を! ギルドから……」
「待ってください!!」
「待てって……お前、そんな悠長な!」
「死体です!!」
「……死体? 3体全てか?」
「……はい」
ドカッと椅子に座るトーマス。
「どういう事だ?」
「観光客に数名の目撃者がありまして……」
「ワイバーンの死体のか?」
「いえ……あの……『ワイバーンに爆発する石を投げつけて殺して逃げた人が居た』と……」
「なに? 爆発する……石?」
トーマスが腕を組む。
そうしてクラリスが1枚の依頼証をデスクに置く。
「その日、丁度近くの山中で薬草採取の依頼を受けていた方がいまして」
トーマスは依頼証を手にとる。
「……ソウスケか」
トーマスの額にピキリと血管が浮く。
「……恐らくは……そうとしか考えられません」
「……大型魔獣討伐時は報告義務が有った筈だな?」
「はい。……今の所……報告は有りません」
バンッ!!
トーマスがテーブルを叩く。
「呼べ!! 直ぐに!!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……いえ、全く知らないです」
マスタールームに連行されたソウスケは、能面のような無表情で完全にシラを切っていた。
「……爆発する石!! お前がいつも使ってるあの『手榴弾』って代物しかないだろ!!」
バン!!とトーマスが再びテーブルを叩いて怒鳴る。
「……いえ、僕では有りません」
「嘘つけこの野郎!!」
激怒するトーマスの背後で、第一秘書のマリーベルが青ざめた顔でソウスケに向かってブンブンと首を横に振っていた。
(無理よ! 今回は絶対に誤魔化せないから!!)
ソウスケはチラリとマリーベルに視線を送り、目で強烈に訴えかけた。
(何とかしろよ! いつもみたいに揉み消せ!)
――実は、ソウスケとこの第一秘書マリーベル、さらには第二秘書ベラの三人には、男女の一線こそ越えていないものの、極めてグレーでズブズブな『共犯関係』が存在していた。
ソウスケは日頃、薬草採取のついでに中型魔獣(ジャイアントボアやスネイブルスパイダーなど)を素材目的で討伐することがある。
当然、不自然な死体が残るためギルドにバレそうになるのだが、その度にソウスケは彼女たちを高級レストランでの美味な食事で餌付けし、流行りのドレスや高価なアクセサリーをポンポンと買い与え、さらには休日の遊び(事実上の豪遊デート)の費用に至るまで全てをソウスケが奢り倒すことで、秘書権限による書類の改ざんと『揉み消し』を行わせていたのだ。
言うなれば、ギルドの心臓部を財布の力で完全に掌握する極悪な『贈収賄』である。
マリーベルもベラも、最初は「虚偽報告なんて!」と抵抗していた真面目な性格だったはずなのだが、「手柄を立てたのに死ぬほど隠したがる」というソウスケに困惑しつつも、圧倒的なパトロン力(財力)の前にあっさりと陥落。今ではすっかりズルズルと揉み消しに加担する悪徳秘書と化していた。
だが、流石に今回は獲物が「ワイバーン三体」とデカすぎた。一介の秘書が権限を乱用して隠蔽できる範疇を完全に超えている。
(だから無理だって言ってるでしょ!! いくらバッグや宝石買ってもらっても、ワイバーンは揉み消せないわよ!!)
涙目で訴えてくるマリーベルを見て、ソウスケは舌打ちを堪えて小さく息を吐いた。
「……はぁ、まぁいいじゃないですか。死んでるんだし。ラッキーって事で」
「良いわきゃないだろ!! もし他に生き残りがいたら大惨事なんだぞ!」
「大丈夫。居ないから。周囲の山も全部確認したし」
「やっぱお前じゃないか!!」
見事な自白を引き出したトーマスが勝利の咆哮を上げた、その絶妙なタイミングで。
コンコンッ。
控えめにマスタールームの扉がノックされた。
「なんだ!」
トーマスが怒鳴ると、第二秘書のベラ・オークスが扉の隙間からチラリと顔を出した。
彼女もまた、ソウスケの財布に胃袋と物欲を完全に掴まれている共犯者の一人である。
「マスター……あの、騎士団の方がいらっしゃってますが……」
ベラはそう言いながら、トーマスではなく、マリーベルとソウスケの方をスッと見た。その目は(ごめんなさいソウスケさん、入り口で引き留めようとしたけど無理でした!)と悲痛に訴えかけている。
その視線を受け、マリーベルも絶望したように、ゆっくりと顔を横に振った。
買収された秘書ネットワークの崩壊である。
トーマスはドカッと再び椅子に座り直し、大きく息を吐いた。
「チッ、騎士団のお出ましだ。お前の処遇は後回しだ」
その言葉を聞いた瞬間。
ソウスケは「よっこいしょ」とばかりに素早く立ち上がった。
「客だろ? それじゃ」
「また、直ぐ呼ぶからギルド内にいろ!!」
「チッ……」
ソウスケの舌打ちに、トーマスの額にピキリと血管が浮き上がった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
コンコンッ。
「――第三騎士団副団長、アリエル・フォン・クルセールです」
扉越しに響いた凛とした声に、トーマスは先ほどの怒号を綺麗に消し去り、ギルドマスターとしての威厳ある態度で立ち上がった。
「どうぞ」
重い扉が開き、入室してきたのは白銀の軽鎧に身を包んだ金髪碧眼の女騎士、アリエルだった。彼女はトーマスの顔を見ると、騎士の厳しい表情を少しだけ緩め、静かに微笑んで一礼した。
「お久しぶりです。トーマス殿」
「アリエル殿も、見違えるほど立派になられて」
先ほどの激怒はどこへやら、トーマスは穏やかな笑みを浮かべて部屋の中央にある応接用のテーブルへと近づき、アリエルに着席を促した。
アリエルが再び少し頭を下げ、椅子に座ろうと歩みを進んだ時――扉の横にまるで影のように立っている男、ソウスケが目に入った。
ソウスケは真っ直ぐ前を見たまま、呼吸の起伏すら感じさせないほど微動だにしない。
「紅茶をお入れしますね」
この異様な空気に耐えきれなくなったマリーベルが、逃げるように一礼して退室していった。
静まり返る室内。
アリエルは座る動きを止め、射抜くような青い瞳でソウスケをじっと見つめた。
(黒い髪に……あの、深く冷たい黒い目……)
アリエルの視線がソウスケに釘付けになっていることに気づいたトーマスが、わざとらしく大きな咳払いをした。
「んんっ! ……ソウスケ!」
トーマスは目をカッと見開き、ソウスケに向かって強烈な視線(挨拶せんか!! 馬鹿!!)を飛ばした。
促されたソウスケは、スッと自然な動作で一礼した。
「初めまして。ソウスケ・ババと申します」
平坦で礼儀正しい声。
「貴殿は……」
至近距離でソウスケの黒い瞳を見つめ込んだ瞬間、アリエルの脳裏に、ふと一年半前の教会での出来事が過った。煙幕の中をすり抜け、自らの斬撃を受け流したあのフードの男。(まさか……あの時の?)
アリエルが微かな疑念を抱き、言葉を継ごうとしたその瞬間。
「それでは。私はこれで失礼致します」
ソウスケはアリエルの追求を完全に遮断するように、扉の前で再度深く一礼し、一切の躊躇いなくマスタールームから退室していった。
あまりにも流れるような退出劇に、アリエルもトーマスも一瞬ぽかんと取り残されてしまった。
退室したソウスケは、重い扉が閉まったのを確認すると、鬱陶しそうに頭を掻き回した。
「……バレたかな。……まぁいっか」
そのまま振り返ることもなく、ソウスケはギルドの喧騒の中へと足早に去っていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マスタールームでは、トーマスからアリエルへワイバーンについての報告が行われていた。
現在、ギルドの方でも急ぎ調査中とのこと。
ただし、本来高地にしかいないワイバーンが何故あの渓谷に居たのか、そして何故三体揃って死んでいたのかはまだ不明であり、ギルドとしては『発情期による雄同士の共食い』も視野に入れているということであった。
周辺の山狩りもすでに完了しており、群れの生き残りがいないことだけは確実だという。
トーマスの報告を、アリエルは静かに聞いていた。
しかし、彼女の意識は完全に上の空であった。
(……あの目。間違いない、あの時の……)
「……殿、アリエル殿?」
トーマスの訝しむような声に、アリエルの意識が現実へと引き戻された。
「如何されましたかな?」
「……いえ、申し訳有りません。ワイバーンの件はわかりました。ギルドで調査中と上に報告しておきます。ただ、念のため騎士団の方からも再度周辺の調査を行いたいと思います」
「ええ、宜しくお願いします」
トーマスが深く頭を下げる。
アリエルは少し間を置いた後、僅かに躊躇いがちに口を開いた。
「……トーマス殿、つかぬことをお伺いしますが……」
「はい、何でしょうか?」
「差し支えなければで良いのですが、先程のソウスケ・ババ殿は……剣士でしょうか?」
「ソウスケですか? ええ確か……」
その時、タイミング良くマリーベルが淹れたての紅茶をトレイに乗せて入ってきた。
「おお、丁度いい。マリーベル、ソウスケって剣士だったよな? お前ら、よくつるんでて仲良いだろ?」
トーマスの何気ない振りに、マリーベルは(まさか賄賂の件がバレた!?)と心臓を跳ね上がらせ、ビクッと肩を震わせた。
「……え、ええ。まぁ……」
マリーベルは冷や汗をかきながら、震える手でアリエルとトーマスの前に紅茶を置き、必死に平静を装って答えた。
「確か……『小太刀二刀流』という、小振りの短い片刃の剣を二本使ってますね」
「……二刀流」
その言葉を聞いた瞬間。
アリエルの青い瞳が、驚愕に大きく見開かれた。
(間違いない。私の長剣を難なく逸らした、あの奇妙な二本の短い剣……!)
アリエルの明らかな動揺に、トーマスが首を傾げる。
「それが? 何か?」
「あ、いえ……」
アリエルはハッとして表情を引き締め、慌てて誤魔化すように言った。
「独得な足捌きだったので、気になっただけです」
「脚? ですか?」
剣の話をしていたのに、突然「足捌き」という視点が出てきたことに、トーマスとマリーベルはキョトンと顔を見合わせ、不思議そうに首を傾げていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マスタールームを足早に退室したアリエルは、ギルドの喧騒が響く一階のメインホールへと戻り、鋭い視線でソウスケの姿を探した。
手掛かりを求めて受付カウンターへ赴き、声を掛ける。
「失礼。少しお聞きしたいことがあるのだが」
「うわっ!? ア、アリエル様!!」
その声と白銀の鎧姿に気づいた瞬間、ギルド内の空気が爆発したようにざわめき立った。
そう、アリエル・フォン・クルセールは国内でも非常に人気が高かった。
『剣神』の血を引く若き天才騎士という肩書き、白銀の鎧に映える金髪碧眼の圧倒的な美貌、そして何よりその高潔で凛々しい振る舞い。王都の若者たち、特に女性たちからの熱狂的な人気は凄まじいものがあった。
「きゃぁぁぁっ! アリエル様よ! 本物よ!」
「い、いつも応援してます! 私、アリエル様に憧れて剣を始めました!」
「あ、あのっ、握手して頂いても良いですか!?」
あっという間に、目をハートにした女性冒険者やギルド職員たちに取り囲まれてしまう。
「あぁ……いや……その……すまない、今は急ぎで……」
普段の戦場では見せないタジタジとした対応で群衆に揉みくちゃにされている時、アリエルの視界の端が、建物の端の掲示板前でショートカットの女性(第二秘書のベラ)と話し込んでいるソウスケの姿を捉えた。
「――ですから無理に決まってるでしょう! 大型なんて何十年かに一回の……アリエル様?」
「ん?」
ソウスケにワイバーンの揉み消しを無茶振りされてベラが抗議しているところに、群衆を強引にかき分けてきたアリエルがズカズカと歩み寄る。
「す、すまない! 通してくれ!」
息を切らせてソウスケの目の前に立ったアリエルは、有無を言わさずソウスケの腕をガシッと掴み、グイッと強引に引っ張った。
「少し良いか?」
「おい、ちょっと待て」
アリエルはソウスケの抗議を無視し、そのままギルドの裏庭の方へと彼を引きずって連れて行った。
その光景を見た、ギルド内のアリエル親衛隊(女性ファンたち)が悲鳴のような怒号を上げた。
「きゃぁぁぁぁぁ!! ア、アリエル様が薄汚いオッサンに汚されるわ!!」
「やめてええええ!! 私のアリエル様に気安く触らないでぇぇ!!」
「あのBランクぶっ殺す!!」
(……俺から触ったんじゃねぇだろうが)
ソウスケに向けられる理不尽かつ極めて酷い言われよう。しかし、完全にロックオン状態のアリエルには、そんな周囲の声などもう全く耳に入っていなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ギルドの建物を抜け、他者に声が届かない裏庭のさらに奥の木陰まで歩を進める。
「……なぁ、何処までいくんだよ」
引っ張られながら、ソウスケが心底面倒臭そうにぼやいた。
「良いのか? ギルドの中じゃ、今頃お前がオッサンに手を出したって変な噂が立ってるぞ?」
ピタリ、と。
アリエルが足を止め、振り返った。
「あの時、教会に居た男だな」
「あぁ」
「そこで、何をしていた?」
「別に。珍しい作りの建物だなと思って、見物してただけだ」
息を吐くように嘘をつくソウスケを、アリエルの鋭い碧眼が貫く。
だが、あの教会には元々謎が多い。証拠もない以上、それ以上の追求は不可能だと悟ったアリエルは、ふっと息を吐いた。
「……分かった。教会の件はそれで良い」
「そうか」
その時、ギルド内の異常な騒ぎに気がついたトーマスが、中庭の入り口に集まっていた野次馬のギルド員たちを蹴散らしながらやってきた。
「お前ら何やってんだ!! 仕事に戻れ!!」
怒鳴り散らしながら中庭の奥へ進んできたトーマスは、向かい合うアリエルとソウスケを見つけ、怪訝な顔で近づいてくる。
だが、アリエルはトーマスの接近を意に介さず、ソウスケに向かって凛と言い放った。
「だが、貴殿に『立ち合い』を所望したい」
アリエルからの、突然の決闘の申し出。
(な、なに!? なんだ!? 急にどういう展開だ!?)
駆け寄ってきたトーマスが驚愕に目を見張る。
「いやだ」
即答であった。
一切のタメも、迷いもない、コンマ一秒の拒絶。
あまりにも素っ気ないソウスケの態度に、トーマスは顎を外しかけたように唖然と見ている。
「な、なぜだ!」
「アンタみたいな面倒な奴と戦う意味がない」
「意味……騎士たる私からの、決闘の申し出だぞ」
「俺が騎士なら受けるかもな。だが俺はただの冒険者だ」
ソウスケは呆れたように首を振り、横にいたトーマスへ視線を向けた。
「それに騎士団の副団長と、一介のギルド員が決闘とか、普通せんだろ。問題になるんじゃないか? なぁマスター」
「えっ? ……あ、あぁ。まぁ、聞いた事はないな……」
突然話を振られたトーマスが、目を白黒させながら曖昧に頷く。
「じゃ、そゆことで」
正論を盾に、ソウスケは踵を返して早々に立ち去ろうとした。
「待ってくれ! ならば、一つだけ聞きたい」
「…………なんだ?」
「あの時……教会で刃を交えた時、貴殿は『手を抜いていた』のか?」
ピタリとソウスケの足が止まった。
彼はゆっくりと振り返ると、顎の無精髭をポリポリと掻きながら、黒い瞳でアリエルを見据えた。
「……なぁ。お前ら騎士にとって、『戦い』とは何だ?」
「なに?」
「なんだ、と聞いてる」
「……己の誇りと、名誉を掛けるものだ」
アリエルが騎士としての揺るぎない信念を口にする。
それを聞いたソウスケは、フッと冷酷に唇の端を歪めた。
「俺らは、『生』と『死』を掛けるんだ。……それ以外のものは、戦場に持ち込まねぇ」
直後。ソウスケはマントの下の肩掛け袋に、右手を深く突っ込んだ。
ビクリ、と。
まるで袋自体が脈打つ生き物であるかのように不気味に蠢き――中から、異様な殺気を放つ二本の漆黒の小太刀が、ヌラリと姿を現した。
ソウスケが小太刀を構えた瞬間、裏庭の空気が氷点下まで凍りついたように錯覚するほどの、濃密な死の気配が立ち込めた。
「……やるからには、命のやり取りだ。もし俺が勝ったら、お前の『全部』をもらうぞ?」
ソウスケは、こういう戦いは本来好まないが
(この類の奴は、こうなると一度やっとかねぇと纏わりつかれる。ヤバくなったらオッサン(ギルドマスター)が何とかすんだろ)
と間合いを取る。
「……望む所だ」
彼女は迷うことなく腰の長剣の柄に手を掛け、白銀の刃を抜き放った。
「トーマス殿。この立ち合いの、見届け人をお願いする」
「いや! 待てお前ら! こんなトコで決闘など……」
トーマスの焦燥に満ちた制止の声は、すでに戦闘態勢に入った二人の耳には届かず。
昼下がりのギルドの裏庭で、二つの剥き出しの刃が交差しようとしていた。




