第2話「血に飢えし世界」
「また、近くに来たら寄ってね。」
「あぁ。そうする。またなミーニャ」
昼までゆっくりと過ごした後、熱い抱擁を交わし宿屋を、後にした。
武器屋や防具屋、雑貨屋などに立ち寄り必要なものを買いそろえる。
袋から小太刀を出し刃を見る
(……だいぶ刃こぼれしてるな)
業物とはいえ最近はメンテを怠っている。
(火を入れてメンテしたいが……)
今回は早く目的地へ行きたい気持ちがはやり、自分で暫定処置をする事に決める。
鍛冶屋では無いが、物理法則としてどうすれば良いかは分かる。
町の馬屋に行き一頭の馬を買い受ける。
「おおし!良い馬だ!宜しく頼むぜ!」
と優しく頬を撫でる。目を細めて喜ぶ。
可愛い馬だ。動物は良い。喋らないから。
「兄さん、1人で旅するのかい?」
「あぁ」
「……危ないよ?町の近くならまだ良いけど。若死にしないようにね」
馬屋の店主の恰幅の良い中年女性が不安そうな顔でみてくる
(……若死か。こっちにきてもう5、60年経つんだがな。完全に老化が止まってんなぁ……)
ソウスケは33歳の時に転移させられた。それから50数年、実際はもう90歳程の年齢である。
「まぁ人の旅路だからとやかくは言わないけどさ」
「有りがとう。まぁ慣れてるから平気だ」
代金をはらいながら礼をいう。
そして、港町トリスタをでる。
馬で行けば1週間ってとこか?
まぁ早くいきたいそんなに焦ることも無い。
馬の背で欠伸を描きながらこの大陸初の旅を始める
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
港町トリスタを出発してからの旅の序盤は、拍子抜けするほど順調だった。
この一帯は大きな港町を抱えているだけあって、町が雇った自警団や冒険者ギルドのパーティが頻繁に街道の見回りを行っている。時折すれ違う行商人の馬車も、重武装の傭兵を何人も雇い入れていた。
(……ガッチリ護衛かためてんなぁ)
ソウスケが馬上で欠伸を噛み殺しながらすれ違う一団を眺めていると、護衛の傭兵の一人が足を止め、忠告するように声をかけてきた。
「アンタ、そっちにいくなら気をつけな。最近よく盗賊が出て旅人がやられてる。出来れば迂回したほうが良いぜ」
「そうか。有りがとう」
ソウスケは面倒くさそうな顔のままヒラヒラと手を上げ、情報に感謝を示した。
だが、町を出て三日目。
自警団の巡回エリアを外れた辺りから、周囲の空気が変わっていった。
街道沿いの風景は荒野から鬱蒼とした森へと変わり、人や馬車の通った形跡も極端に減っている。
少し道を外れ、木陰で用を足していたソウスケの鼻腔を、ふいにツンと刺すような異臭が打った。血と腐肉、そして排泄物が入り混じった独特の匂い。
ズボンの紐を結び直しながら、ソウスケは匂いのする林の奥へと微かに足音を消して近づいた。
「……殺られて二、三日ってとこか」
木々の間に、四つの遺体が転がっていた。
五月の陽気に晒された死体はすでに腐敗が始まっており、夥しい数のハエが群がって羽音を立て、傷口からは白いウジが湧き出すという凄惨な有様だった。身なりや装備から推測するに、一人の中年男が行商人、残りの三人が護衛の傭兵だろう。護衛たちは皆、背後や死角から無数の矢を射掛けられた形跡がある。
ふと、ソウスケの視線が行商人の足元に落ちている小さな布の塊で止まった。泥と血で汚れた、熊のぬいぐるみだ。
ソウスケは無表情のまま歩み寄り、そのぬいぐるみを拾い上げた。
(……子供もいたのか? 攫われたか)
この弱肉強食の世界では、ありふれた話だ。
野盗や盗賊からすれば、襲った相手が男なら身ぐるみを剥いで殺し、女は慰み者にした後に売り飛ばし、子供は奴隷商に高く売るための「商品」である。
(……まぁ、やられる方が悪い)
こっちの世界では『弱い』という時点で罪なのだ。他人のいざこざに巻き込まれて死ぬような奴は、単なる雑魚に過ぎない。他人の不幸を嘆くほど、ソウスケの中に甘い感傷は残っていなかった。
「……てめぇも守れねぇのに、子供連れて旅すんなっての」
独り言のように吐き捨てると、ソウスケは手に取ったぬいぐるみをポイッと無造作に放り捨て、自分の馬へと戻っていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そこからさらに三時間ほど馬で進んだ頃。
街道の先で、ボロボロの革鎧を着た四人の男たちが横一列に並んで道を塞いでいた。手には粗末な槍や錆びた剣を握っている。
「……はぁ」
見るからに野盗だ。ソウスケは心底ウンザリしたように、深いため息をついた。
「おい! てめ――ガヒュッ!?」
「なっ! て……ベヘェ!!」
野盗の一人が下卑た笑いを浮かべて凄もうとした瞬間、ソウスケはすでに袋から銀色の連射ボウガンを取り出し、ハンドルを回していた。
問答無用。一切の躊躇いも警告もなく、放たれた鋼の矢が野盗たちの顔面や喉笛を正確に射抜き、四人まとめて蜂の巣に変える。
別にさっきの無残な死体を見たから義憤に駆られたわけではない。ソウスケはただ、こういう「自分の実力もわからずにイキる汚え奴ら」が気に入らないだけだ。
馬から降りたソウスケは、ピクピクと痙攣する死体から突き刺さった矢を無造作に引き抜き、「勿体ねえからな」と呟いてカセットに回収していく。
「あー、クソ。血が跳ねた」
と、服を払いながら野党の死体の頭を蹴り飛ばす。
それからも、道端に打ち捨てられた死体を何度か横目で見ながら、仕掛けてくる襲撃者を一切の容赦なく撃退して道を進んだ。
やがて空が茜色に染まり、日が落ちてきた頃。
そろそろ夜営の場所を探そうかと周囲を見回していたソウスケの視界に、道の脇にふらふらと立つ一つの人影が映った。
若い女だった。服は引き裂かれてボロボロで、下着も身につけていない。左の上腕部には深い刃物の傷があり、どくどくと血を流している。
女は馬上のソウスケを虚ろな目で見上げると、力なくその場に膝をついた。
「……たす……けて」
掠れた、蚊の鳴くような声。
「……」
ソウスケが馬の上から女の惨状を冷静に観察していると、林の奥からガサガサと乱暴な足音が聞こえてきた。
「おい! その女をこっちへよこせ! こらぁ!」
下品な怒声と共に姿を現したのは、八人の傭兵崩れのような男たちだった。手には血まみれの武器を持ち、目を血走らせている。先ほどの野盗たちよりは装備が良い。
男たちのリーダー格らしき大柄な男が、ソウスケを小馬鹿にするように鼻で笑った。
「おい、そこのヒョロガリ。ついでに、てめぇの持ちもん全部置いてけや! 大人しくすりゃ片腕落と、けつの穴で許してやるからよぉ!」
ゲハハハハ! ガハハハ!
下劣な嘲笑が響き渡る中、地面に倒れ伏した女が、ソウスケのブーツに血まみれの手を伸ばした。
「……お願い……します……。子供を……たすけて……」
「……はぁ」
ソウスケは心底面倒くさそうに息を吐くと、袋の中に手を突っ込み、拳大の鉄の球――手榴弾を取り出した。
親指でピンを弾き飛ばすと同時。ソウスケは手榴弾を男たちの中心に向かって放り投げ、そのまま馬の鞍から横に飛び降りた。
空中で女の腕を強引に引っ張り込み、マントを盾にするように女を包み込む。
トガンッッ!!
耳を劈く轟音と共に、爆発の閃光が辺りを白く染め上げた。
「ひぶっ!」「がぁぁっ!?」という短い悲鳴すら、爆音に掻き消される。
土煙が晴れた後には、傭兵崩れの五人が原形を留めない肉片と化し、周囲の木々に臓物を撒き散らしていた。残る一人は右手と右脚を根元から吹き飛ばされ、血だまりの中でのたうち回っている。
「ひぁぁぁぁぁぁ!!」
生き残った最後尾の二人は、目の前で起きた理解不能な惨状に尻もちをつき、恐怖で完全に固まっていた。
ソウスケはサッと音もなく立ち上がると、抜刀した小太刀を手に持ち、瞬きする間もなく二人に肉薄する。
ズプッ、ズプッ。
流れるような連続突きで二人の眉間を正確に貫き、一切の悲鳴を上げさせることなく脳髄を破壊した。
残るは、吹き飛んだ手足を失い、残った左腕と左脚だけでズリズリと這いずって逃げようとする男のみ。
ソウスケはその背中に歩み寄ると、無慈悲にブーで男の背中を踏みつけた。
「ガァッ!!」
「おい……アジトは何処だ?」
男の後頭部に血濡れた小太刀の切っ先を突きつけて低い声で尋ねた。
「た、たしゅけて……」
男が涙と鼻水に塗れた顔で、掠れた命乞いをする。ソウスケが少しだけ刃を食い込ませようとした時、背後から声がした。
「……私……案内……できます」
横たわったままの女が荒い息を吐きながら小さく呟いた。
「……あっそう」
躊躇うことなく、男の後頭部から額へ向けて小太刀を突き通した。ゴキリと嫌な音が鳴り、男はビクリと大きく痙攣した後、白目を剥いて完全に動かなくなった。
刃についた血を男の服で拭いながら、ソウスケは立ち上がる。
「丁度、夜営するつもりだったからな。行こうか」
ソウスケは自らの馬に跨がると、血と泥に塗れた女の腕を掴み、乱暴に鞍の後ろへと引きずり上げた。
(目的はあくまで…快適な寝床の確保)
だが、その馬首は確実に、凄惨な暴力が渦巻く野盗のアジトへと向けられていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
馬の鞍に女を前に座らせると、ソウスケは走りながら手早く女の左腕を布で縛り上げ、止血の処置を行った。
「……有りがとう……御座います」
「で? どっちだ?」
ソウスケがぶっきらぼうに尋ねると、女は震える手で、先ほどの傭兵崩れ達が出てきた森の西側を指差した。
「あちらに……古い砦跡が……そこに、奴らが」
「……」
ソウスケは無言で手綱を操り、馬を走らせた。
鬱蒼とした森を抜け、十分ほど進むと、月明かりの下に崩れかけた石造りの古い砦のシルエットが浮かび上がった。
「あれか?」
「……はい」
ソウスケは砦から少し離れた風下の木陰に馬を止めた。
音を立てずに馬を下りると、腰に二本の小太刀を装備し、手製の黒いクナイを数本、マントの内側に滑り込ませる。
「……何人いる?」
「……え?」
「……奴らの仲間だ」
「……あ、はい……多分、二十名くらいかと……」
「……そ」
短いやり取りの後、ソウスケは肩下げの革袋に手を突っ込み、小さな二つの小瓶を取り出した。そのうちの一つを、馬上の女へと無造作に放り投げる。
「飲んどけ。傷が膿まなくなる。そっから動くなよ」
そう言い残すと、ソウスケはもう一つの小瓶の栓を歯で抜き、中身の毒々しい緑色の液体を一息に煽った。
「……おぇ……不味ぇ……」
顔をしかめて舌を出したまま、ソウスケは音もなく夜の砦へと歩き出した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
冷たい夜風が吹き抜ける中、ソウスケは崩れかけた石壁の僅かな凹凸に手足を掛け、音一つ立てずに砦の最上部へと登りつめた。見通しの良い物見櫓の跡地に身を隠し、眼下の砦内部を観察する。
その時、ソウスケの両眼は元々の黒色から爛々とした黄金色へと変色し、瞳孔は猫のように縦長に鋭く収縮していた。
先程飲み下した薬は、一時的に視神経を強制変異させる『暗視』の劇薬である。星明かりすら届かない漆黒の闇の中であっても、真昼のように視界を確保できる優れものだ。
だが、元来は魔物の体液を抽出した猛毒であり、普通の人族が飲めば全身から血を噴き出して確実に死に至る。異常な毒耐性を持つ『不死身』のソウスケであっても、翌日には腸が捻れるような酷い下痢と高熱に襲われるため、本人はこの薬を酷く嫌っていた。
(……あー、明日が憂鬱だ)
内心で毒づきながら、黄金の眼光で焚き火の周りにたむろする傭兵崩れ達を数える。
「……十六……十七。十七か、多いな」
さらに視線を巡らせる。だが、女が言っていた「子供」の姿がどこにも見当たらない。
(……チッ! ガキの居場所が分からんな。これじゃあ、手榴弾で纏めて吹き飛ばせねえじゃねえか)
忌々しそうに石床へ唾を吐き捨てると、ソウスケはマントを翻し、フワッと砦の深い闇の中へと溶け込んだ。
ここから先は、「殺し」の時間だった。
ただ純粋に、効率よく命を刈り取るだけの作業。
焚き火から離れ、壁際で小便をしていた見張りの背後に、ソウスケは影のように降り立った。
男が気配に気づくより早く、左手で口を塞ぎ、右手で逆手に持った小太刀を腎臓へと深く突き立てる。声帯を鳴らす間も与えず、崩れ落ちる死体を音もなく地面へと横たえた。一人。
次は、酒瓶を回し飲みしながら談笑していた二人の男。
一人の喉笛を背後から掻き切り、その鮮血を浴びて驚愕に目を見開いたもう一人の眼球へ、間髪入れずに漆黒のクナイを深々と突き立てた。脳髄を破壊され、男たちは糸の切れた傀儡のように崩れ落ちる。これで三人。
暗闇の中、ソウスケは死神の如き足取りで砦を巡った。
彼は、人体の構造を熟知している。どこを斬れば悲鳴が上がらないか、どこを突けば即死するか。無駄な動きは一切なく、手慣れた残忍な手際で、次々と傭兵崩れの命を摘み取っていく。
気づけば、十二の死体が音もなく血の海を広げていた。
その異様なほどの静寂に、焚き火のそばで酒を煽っていた隊長らしき大柄な男が、ふと違和感に気づいた。
「おい……なんだか静かすぎねぇか? 見張りの奴らはどうし――」
隊長が立ち上がろうとした、その瞬間。
暗闇の奥から、激しい歯車の回転音が鳴り響いた。
ガリガリガリガリガリッ!!
飛来した鋼の矢が、焚き火の周りにいた部下たちを次々と串刺しにしていく。
「ひぃっ!?」
咄嗟に反応した隊長と、運良く無傷だった部下の一人が、すかさず崩れかけた石壁の裏へと転がり込み、難を逃れた。
「てめぇ!! なにもんだ!!」
隊長が壁に背を預けたまま、暗闇に向かって怒声を上げる。だが、返事はない。不気味なほどの静寂が再び砦を包む。
「とっとと顔を見せやがれ、腰抜けが!」
隊長が剣を握りしめ、顔を真っ赤にして叫んだ直後だった。
「か……ひゅぅ……」
隣に隠れていた部下の口から、奇妙な空気が漏れる音がした。
隊長が横を向くと、部下の喉のど真ん中に、漆黒のクナイが柄まで深々と突き刺さっていた。部下は血泡を吹きながら、ズルズルとその場に崩れ落ちる。
「ひっ!? ど、どこにいやがっ…………かっ……………」
驚いて立ち上がり、振り返った隊長の首筋に、冷たい刃がピタリと当てられた。
壁の上からロープを使い、音もなく逆さまの体勢でぶら下がって降りてきたソウスケが、隊長の真後ろにぶら下がっていた。
「……うるせぇよ」
冷酷な呟きと共に、小太刀が躊躇いなく真横に引かれ、隊長の太い喉笛を一息に掻き切った。気管と動脈を同時に切断された隊長は、絶望の表情を浮かべたまま暗い地面へと倒れ伏した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
砦の制圧を終えたソウスケは、奥の部屋で頑丈な鉄格子の檻を見つけた。
中には、恐怖で身を寄せ合う三人の子供と、一人の女が閉じ込められていた。ソウスケは野盗の死体から奪った鍵で檻を開けると、外の木陰で待たせていた女も砦へと呼び寄せた。
助け出された女も、案内の女も、服を剥ぎ取られてほぼ半裸のままである。しかし、ソウスケの視線は彼女たちの肌を滑ることもなく、全く興味を示さない。子供たちに目立った怪我がないことを確認すると、それ以上の安否を気遣う言葉すらかけなかった。
「お前ら、何処からきた?」
小太刀についた血を払いながら、ソウスケは淡々と尋ねた。
「……ここより徒歩で二時間程の村……です」
「……送ってやる。その代わり、村に着いたら謝礼は出せ」
それだけ言い放つと、ソウスケは檻のそばにあった比較的綺麗な干し草の束を蹴り寄せ、ゴロリとその場に横になった。
「……あ……の、あ、有りがとうございました」
「あ、ありがと……」
檻の中にいた女と子供たちが、涙ながらに震える声で礼を言う。
だがソウスケはそれらを一切無視し、背を向けたまま目を閉じて、静かに寝息を立て始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
砦の崩れた石壁から朝日が差し込む頃。
ソウスケは面倒くさそうに身を起こすと、酷い腹の痛みに顔をしかめた。
(……クソ。やっぱり腹にきやがったか)
昨晩飲んだ『暗視』の劇薬の副作用だ。腸を雑巾絞りにされているような鈍痛と不快感が襲ってくるが、致命傷にはならないため耐えるしかない。
ソウスケは無言で腹をさすりながら立ち上がると、転がっている傭兵崩れの死体から金貨の入った袋や使えそうな武器など、金目の物を手早く剥ぎ取っていった。
その作業のついでに、比較的血糊の少ない小綺麗な服を二着拾い上げると、砦の隅で縮こまっていた女たちの方へと無造作に投げ渡した。
「腰にでも巻いとけ」
半裸のままだった二人の女――案内役を務めた女と、檻に捕まっていた女は、ビクッと肩を震わせた後に服を受け取り、慌てて肌を隠した。
「行くぞ」
ソウスケはそれだけ言うと、馬の手綱を引き、女と三人の子供たちを引き連れて砦を後にした。
朝の冷涼な空気が漂う森の道を歩き始めてしばらくすると、恐怖から解放され安心したのか、子供たちがトコトコとソウスケの馬に近づいてきた。
「ねぇ、おじさん、騎士のひと?」
「すっごく強いよね!! 悪者やっつけちゃったもんね!」
目を輝かせて話しかけてくる子供たち。しかし、ソウスケは一切の反応を示さず、完全に無視を決め込んだ。
それでも子供たちが「ねぇねぇ」としつこく馬の脚に触れようとした瞬間、ソウスケはピタリと馬を止め、振り返った。
「おい」
冷ややかな声で、案内役だった女を呼ぶ。
「ガキどもを黙らせろ」
黄金の光を失い、元の黒に戻ったソウスケの瞳には、一切の感情が宿っていなかった。女はヒッっと短く息を呑み、慌てて子供たちを両腕で抱え込んだ。
「お願いだから、静かにして! おじさんの邪魔をしちゃ駄目よ!」
女が必死に子供たちに言い聞かせるのを横目に、ソウスケは「チッ」と舌打ちをして馬の足を早め、集団から少し距離を置いた。
子供の歩幅に合わせざるを得ないため、通常なら二時間ほどの道のりだが、結果的に三時間近くかかることになった。その間、ソウスケは一度として口を開くことはなかった。
ソウスケは子供が嫌いなのだ。
泣き喚き、我儘を言い、論理的な思考が通じない「小さい子供」という存在が、昔からどうにも苦手だった。
(……まだ犬の方が遥かにマシだ。言うことは聞くし、無駄に騒がねぇからな)
痛む腹を抱えながらそんなことを考えているうちに、木々の隙間から目的の村が見えてきた。
しかし、村の入り口に到着したソウスケは、馬上で呆れたように立ち尽くした。
「……寂れまくってんな」
思わず口に出たソウスケの呟きに、後ろを歩いていた案内役の女が申し訳なさそうに頭を下げる。
「……すいません」
目の前に広がるのは、荒れ果てた家屋と痩せ細った畑ばかりの村だった。活気など微塵もなく、歩いているのは腰の曲がった老人ばかり。まさに限界集落と呼ぶにふさわしい光景だ。
村の入り口に立つソウスケたちの一団を見かけた老人たちが、手にした農具を放り出し、よろけながら駆け寄ってきた。
「おお……リディア!! サーシャ!! 無事だったのか!! ああ、子供達まで!!」
村長らしき老人が涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、女たちと子供たちを抱きしめた。他の老人たちも集まってきて、わぁわぁと泣きながら奇跡の生還を喜んでいる。
(……全然無事じゃねぇだろ。ヤラれまくってんだし、トラウマもんだろ……)
ソウスケは心の中で冷静にツッコミを入れながら、感動の再会に水を差すように、馬の上から冷たい声を落とした。
「……おい。婆さん。送り届けた謝礼を渡せ」
ソウスケの言葉に、泣き崩れていた老婆の一人がビクッと肩をすくめて顔を上げた。
「しゃ、謝礼……でございますか……?」
「あたりまえだろ。何処の馬鹿が、タダで働くんだ。盗賊を片付けて、おまけに家まで送ってやったんだぞ」
ソウスケは無表情のまま右手を差し出した。老婆は困惑したように村長と顔を見合わせる。
「そ、そんな事言われましても……この村には、その、見ての通りお金になるようなものは何一つ……」
「……チッ!」
村中に響き渡るような、盛大な舌打ち。
老人たちが一斉にビクッと身をすくめ、後ずさる。
「……無い袖は振れねぇか。なら、情報でも良い」
ソウスケは馬からヒラリと飛び降りると、怯える村人たちを見回した。
「最近、この辺の国境近くで『村ごと消えた』って話を港町で聞いて来たんだ。俺はそれを調べてる。何か知らねぇか?」
その言葉に、老人たちはザワザワと顔を見合わせ、不安げに囁き合い始めた。
誰も口を開かない空気に、ソウスケが再び苛立ちを覚えかけたその時。
「あの……私……」
檻に捕まっていた女――サーシャと呼ばれた女が、おずおずと手を挙げた。
「私……その、消えた村の出身です」
ソウスケの目が、鋭く細められた。




