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第9話:善後策とエンジュの反論

「確認させてください。神様と天使は主従関係にあるんですよね?」


 奇妙な静けさがあった。

 展望床と世界は双子の関係にあり、展望床でも世界と同じように戦争が行われている。

 しかし、まったく音が発生しない。

 ゆえに展望床の間は、エンジュや俺の声をよく響かせた。


「もちろんです。私たちは神の御使い《みつかい》ですから」

「では、私の指示も受け入れてもらえますよね? なぜなら私は神様の代行者ですから」

「いいえ。私たちはあくまで神の御使い《みつかい》です」


 エンジュは疲れた目のままで、壁にもたれかかり、腕を組んだ。

 背中の羽根は閉じられ、エンジュと壁に挟まれている。

 窮屈そうに見えるが、エンジュは気にしていない様子だった。

 意外にクッションの役目を果たしているのかもしれない。


「あなたが神の代行者であることは聞いていますし、セラフィムからあなたをサポートするようにも命じられています。しかし、私たちにも出来ることと出来ないことがあります」

「それは道理が通らないでしょう? 私は代行者です。神様と同等の権限があるのでは?」

「そうは思いません。少なくとも私たちは、神から『中川稔に仕えよ』という指示を受けていないのです。そのため、あなたの指示に従う義務もありません」


 ……なんだそれ。

 心の声が、思わず口から出そうになった。

 長期休暇を取るにあたり、どうやら神様は十分な準備と引き継ぎをしなかったようだ。

 おかげで天使たちは、まったくコントロールが効かなくなっている。


「ひとまず、エンジュさんの言い分はわかりました」


 仕方がないので、俺は善後策を考えた。


 魔王軍の精鋭部隊がオルディアを襲っていること。

 オルディアの軍隊では、オルディアを襲う魔族に歯が立たないこと。

 隣国も教会も援軍を送るが、成功する見込みは低いこと。

 単体として高い戦力を持つであろう勇者は、世界の反対側にいること。

 そして天使たちは頼りにならないこと。


 すべてを解決する方法が一つあった。


「それでは私がオルディアに向かいます。『奇跡』を使えば、海を割るなり、魔族を消し飛ばすなりして、状況を改善できるでしょう。私がオルディアを救ってみせます」

「やめてください。禁忌事項を含め、いくつかの点で私は同意できません」

「禁忌事項?」

「つまり『天使以外の前で、自分を神だと名乗ること』です。人間の前で奇跡を使えば、間接的ですが、ほとんど名乗りと同じ意味を持つでしょう」


 そうだろうか?

 俺にはわからなかった。

 それは『名乗り』の定義次第だろうと俺は思った。

 ただ、定義がわからない以上、リスクがあることもまた事実。


「もしも私が禁忌を犯せば、私はどうなるのですか? 世界はどうなるのですか?」


 俺は、ずっと気になっていたことをエンジュに訊いた。

 本来であれば、神様に直接確認すべき質問だ。

 ただ、適切なタイミングで俺は神様に訊けなかった。

 説明を受けたとき、俺は転生直後で戸惑っていたからだ。


「存じません。禁忌は禁忌です。そもそも犯すものではありません」

「なにもわからないと?」

「そういうことです。あなたが死ぬかもしれませんし、世界の崩壊があるかもしれません」


 まったく……無責任な前任者だ。


 心の中で、俺はまた神様に愚痴った。

 禁忌のペナルティがわからない以上、下手にリスクを取ることはできない。

 仮にエンジュが挙げたように、『奇跡を見られること』が名乗りに相当すれば、それは禁忌の二つ目に抵触する可能性がある。

 その結果、世界が崩壊すれば元も子もない。

 変装もダメだ。

 名乗りの定義に疑問がある以上、変装ごと『名乗り』として、禁忌に抵触するかもしれない。


「問題は、禁忌だけではありません。あなたの下界での行動に制限はありませんが、神が便利屋のように振る舞い、問題を容易に解決すると、人間は奇跡を『当たり前のもの』として考えます。自然災害ですら注意が必要ですからね。人間にとって都合の良すぎる災害が起きれば、人間は必ず背後に神の恩寵を看取します。結果、彼らは自力で泳ぐことをやめ、神の救命艇を待つようになる。ひいては信仰心の致命的な低下に繋がります」

「なるほど。それは一理ありますね」

「逆に、信仰心という意味において、オルディアはいま理想的な状態です。誰しもが神の救済を願い、しかし叶うか否かはわからない。ゆえに、祈りの質が高まっています」


 エンジュの話を聞きながら、俺は前職の経験を思い出した。


 公的サービスが厚くなると、市民のあいだで「行政は市民をサポートして当然である」という権利意識が強化される。

 モラルの多寡ではない。

 一般的に、無意識的に、そういう傾向が発生するのだ。

 同時に、サービスを提供する側への感謝や、制度を維持するためのコストへの想像力も欠如していく。


 きっと、こちらの世界でも同じだろう。

 人間は『人間を創造したのは神様なのだから人間の危機を救うことも神様の責務』と思い始めるはずだ。

 一般的に、無意識的に。

 結果、信仰心が低下し、最終戦争アルマゲドンが勃発する。

 

「ではやはり、勇者に向かわせることにします」


 俺は、たったいま思いついたアイデアを口にした。

 エンジュは怪訝そうに、少し首を傾げる。


「物理的な距離をご想像ください。いま勇者たちは北西の果て、魔王領の最前線に釘付けになっています。仮にいますぐ彼らが踵を返し、オルディアに向かったとしても、到着には最低で二年ほどかかるでしょう。その頃にはもう手遅れです」

「『奇跡』を使います。一般人と違い、勇者相手の奇跡ならある程度の柔軟性が働くでしょう? その上、勇者がオルディアを救う場合は、神様の価値も維持されるはずです。つまり、信仰心の低下を防止しつつ、犠牲者を減らせると思います」

「なぜですか?」


 そう言うと、エンジュは展望床の間の壁から背中を離した。


「なぜあなたは、人間のためにそこまでするのですか?」

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