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第10話:信仰心の質と量

「エンジュさんは、私をおかしいと思いますか?」


 神の御使い《みつかい》であり、人間に対して慈悲があり、善を勧め、悪魔を退ける。

 俺が『天使』という言葉に抱くイメージはそんなところだ。

 しかしエンジュたちは、俺の知っている『天使』と違うらしい。

 言葉や態度の端々から、人間の味方じゃないとわかる。

 味方であれば絶対に、「人間のためにそこまでするのですか?」なんて言わない。


「おかしいですね。人間の不幸は信仰心の源泉です。人間は満たされているときに神を忘れますが、苦しんでいるときは強く、純粋に神を求めます。恐怖や暴力といった極限状況こそが、人間から質の良い信仰心を生み出してくれるのです。現にいま、嘆願の回廊には素晴らしい祈りが満ち溢れているでしょう?」


 いや、敵という表現すら正確ではないのかもしれない。

 この世界の天使にとって人間は、信仰心を発生させるための『家畜』や『鉱脈』なのだ。

 いずれにせよ、根本的な価値観が、俺とはまったく違う。


「だから私は問うのです。今後のためにも訊く必要があるのです。なぜあなたは、人間のためにそこまでするのですか?」

「先ほどエンジュさんが仰った通り、私は元々人間です。だから、人間の危機を目の当たりにすれば、人間たちを救いたいと思っても不思議はないでしょう? 仮に『信仰心が上がる』としても、私には人間の危機を見過ごすことができません。エンジュさんだって、もしも目の前で仲間が苦しんでいれば、救いたいとは思いませんか?」

「状況次第ですね。たとえばもしも、その苦しみが人間の信仰心に良い影響を与えるならば、仲間の危機でも私は放置します」

「合理的ですね」


 迷わず答えたエンジュを見て、俺は前職のときに出会った、ある民間企業の創業者を思い出した。

 彼は利益のみを追求し、必要であれば従業員の首を切ることも、部門を他社に売却することも厭わなかった。

 のちに彼は会社自体を売却し、多額の利益を得たと聞いた。

 ある意味では正解だったのだろう。

 しかし、彼は真の満足を得られただろうか?


「天使として正しく、当然の考え方だと思います。逆にあなたの考え方こそ歪です。少なくとも『自分が元々人間だったから』という理由のみで、人間に肩入れすることは間違っています」

「私は別に、出自だけを理由に、人間を擁護しているわけではありませんよ?」

「失礼しました。私の早とちりです……では、あなたが人間に肩入れする上で、『自分が元々人間だったから』以外の理由を聞かせていただけませんか?」


 勝負のときだと俺は思った。

 これから天使の――少なくともエンジュの理解を得るために、俺はエンジュを説得しなければいけない。

 説得できなければそれまでだ。

 勝手のわからぬこの世界で、俺は孤立することになる。

 

「注目すべきは、人間の信仰心の『総量』です」

「総量……それは、どういう意味ですか?」


 俺のはったりに対し、エンジュが面白いほど食いついた。

 俺の経験上、考え方や価値観の違う相手を説得するためには、その相手の言葉を利用することが一番だ。


「エンジュさんが言ったように、人間はたぶん、苦しんでいるときにこそ信仰心を高めるのでしょう。それは私も感覚としてわかります。元人間ですからね」

「ご理解くださり、ありがとうございます」

「ただ、一人の人間が強く神に祈ることと、百人の人間が食事の前に神に感謝することと、どちらが信仰心の総量として大きくなるのか、そこが私にはわからない。エンジュさんはどう思いますか? 神界は質と量のどちらを求めますか?」

「それは……わかりません。状況次第だと思います」

「だからですよ」


 相手の言葉を利用し、相手の意見に合意し、その上で新しい論点を見つける。

 自分ではその論点を解決できないと言い、相手に回答を求める。

 新しい論点なのだから、相手はだいたい答えられない。

 仮に回答されたとしても、そのときは更に新しい論点を見つければ良い。

 

「だから私には、オルディアの人々の死を見過ごせないのです。たしかにいま、魔族の奇襲によって、信仰心の質は高まっているのかもしれません。しかし、多くが殺され、総量として小さくなれば、本末転倒になりますよね?」

「なるほど。その観点は持ち合わせていませんでした」

「神界として、信仰心の質や量の判断基準を持たないのであれば、オルディアの放置は危険です。私は元の状態に戻すべきだと思います」


 説得の成功を確信しながら、俺は前職を思い出す。


 新規の省令や通知を作るとき、つまりは新しいルールを作るとき、省庁は原則としてパブリックコメントを募集しなければいけない。

 市民やステークホルダーの意見を聞くためだ。

 しかし、パブリックコメントで反対する声が多ければ、新しいルールは成立しない。

 成立させるためには、反対意見を減らすような運用変更と、追加で年単位の時間が求められる。

 だから担当者は、パブリックコメントの実施前に反対意見を潰しておく。

 主要なステークホルダーと相談し、『調整』しておくのだ。


 そして俺は、なにより調整業務が得意だった。


「あなたの考えがわかりました。少なくとも、信仰心の総量という意味で考えれば、人間は多いほうが良いですね」


 そう言うと、エンジュは小さく笑い、また壁に背中をつけた。

 俺は安心して「では、オルディアを救出しても良いですね?」と訊いた。


「もちろんです。そもそも私はあなたの行動を縛れません。私はただ、あなたの真意を確認しただけです」

「そうでしたか。そこは私の誤解ですね……では早速奇跡を使い、勇者を移動させてみます」

「その前に、一つだけ注文させてください」

「まだなにかあるんですか?」

「禁忌を犯さないことは絶対条件として、今回の奇跡を実行するにあたり、勇者側にもペナルティを与えていただきたいのです」

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