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第11話:勇者の盲信と仲間の理性

 俺は三種類の奇跡を使うことにした。


 一つ目は映像の転送だ。

 オルディアの現状を伝えるために、魔族が人間を襲っている様子を勇者の脳内に転送した。

 本当は言葉で説明したかったが、ここでも二つ目の禁忌『天使以外の前で、自分を神だと名乗ること』が気になった。

 神の言葉としてオルディアの惨状を伝えた場合、やはり名乗りに相当するのではないか? ……そう不安に思った俺は、言葉の代わりに映像を使った。

 映像であれば、『お告げ』として都合よく処理されることを期待したのだ。


 映像は言葉と同等の、あるいはそれ以上の情報量を持つため、伝える内容に不満はない。

 唯一、説得力に不満があった。

 一般的に人間は、理由や目的もなく、脳内に浮かぶ映像を信じられるだろうか?

 俺なら無理だ。

 たぶん信じられない。

 まず夢や妄想の類だと思うだろう。


 しかし勇者アレンは、脳内の映像を認識すると「えぇぇぇええええぇぇええ!!」と声を裏返らせた。


「どうしたの! アレン!」


 勇者の仲間と思しき女の声が、展望床の間に響いた。

 二つ目の奇跡は音声だ。

 勇者の周囲三十メートルの音声を、俺は展望床の間に反映させた。


「たくさんの人間が魔族に襲われているんだ!」

「え? ……なんの話?」

「エリザには見えないのか! 街道や民家が燃やされてるじゃないか! あぁああぁあ!」

「落ち着いてアレン。それはたぶん幻覚だから。周囲どころか、統一魔領グラドに街道や民家なんて一つもないから」


 俺は展望床に顔を近づけ、勇者たちの様子を観察した。

 混乱する勇者と、それを心配する仲間たち。

 エリザと呼ばれた女の反応が、仲間全体の思いを代弁していた。

 勇者は魔族に変な魔法をかけられ、幻覚を見せられているのではないか……と。


「違うんだよ!」

「なにが違うの?」

「きっと……これは……オルディアだ!」

「オルディアだと? ここからオルディアまでどれだけ離れていると思っているんだ」


 口論に割って入るように、男が言った。

 ぶ厚い鎧を全身に纏い、ガッチャガッチャと動く戦士だ。

 男のその言葉に、エリザは深く頷いた。

 ローブのような衣服を纏い、杖を持っていることから、エリザはたぶん魔法使いなのだろう。


 それにしても……と俺は思う。

 音声を反映させると、展望床はヤバい。

 本当にヤバい。

 なに一つ隠せず、なにもかもがわかってしまう。

 家まで間に合わずに草原で排便することも、好きな女の子の名前を木の根に叫ぶことも、憧れのヒーローの必殺技を一人で練習することも、すべて神様には筒抜けなのだ。


 俺は心の底から、前の世界の神が展望床を持っていないことを願った。


「距離なんか関係ない。僕にはわかるんだ。ここは間違いなくオルディアで、全土を魔王軍が跋扈している」

「どう思う?」


 勇者アレンの説明を受けて、戦士らしき男がエリザに訊いた。


「わからない。アレンがこんな嘘をつくとは思えないけど、幻覚の可能性を否定できないし……」

「しかし、幻覚だとして、それはいつだ? さっきの戦闘でもアレンは無傷だった。幻覚をかけられたタイミングなんて、なかったと思うが」

「そうねえ……そう言われると変だね」

「だから本当なんだって! 僕には見えるんだって! オルディアが危ないんだって! エリザもギャリックも信じてくれよ!」


 少しは疑えよ!


 自分で仕掛けておいてなんだが、俺はこの勇者が不安になった。


 どうして、脳内の映像を事実だと言い切れる?

 仲間が言うように、魔族の幻覚だとは考えないのか?

 もしかして、思考能力が足りていない?

 本当に魔王に勝てるのか?

 世界を任せて大丈夫なのだろうか?


 もちろん、信じてくれることは嬉しいし、素直で純朴な性格は好感が持てるが、それにしても……だ。

 いくつもの疑問符がついてしまう。


「アレンが嘘をつくはずないし、幻覚だとも思えない。しかし、オルディアは遠すぎる」


 ギャリックと呼ばれた男が、現状をまとめるように言った。


「そうね。なにが起こっているのか、よくわからない」

「そこでエリザに頼みがある」

「なに? ギャリック。改まって」

「いま千里眼の魔法を使ってくれないか? そしてオルディアを確認して欲しい。ひとまず裏をとっておきたいんだ。まあ、仮にオルディアの危機が事実だったとしても、出来ることはあまり無いだろうが……」


 堂々たる口調も、提案の内容も、低い声色も、ギャリックは明らかにリーダータイプだった。

 実際、エリザはアレンよりもギャリックの言葉に耳を傾けていた。

 ギャリックこそ勇者に選ぶべきだったんじゃないのか? と、俺は神様の判断に疑問を抱く。


 エリザは「そうだね。じゃあやってみる」と答え、早速千里眼の魔法とやらを使った。

 長いローブから滲み出るように、黒色と茶色の霧が発生した。

 霧はエリザの前で集まり、エクレアのような横長の形状となり、目の周辺に移動した。

 黒の霧が上に集まり、茶の霧が下に集まったことから、エリザはいよいよエクレアを覗いているようだ。

 まもなくエリザは「嘘……なんで……信じられない……」と真剣な口調で漏らした。


「やはりそうか」


 エリザの説明を受けたギャリックは、アレンの肩に手を置いた。

 アレンは不意を突かれたのか、一度身体をビクリと震わせた。

 しかし、ギャリックの目を見返すと、アレンは「一旦、魔王討伐は中止だ。戻ってオルディアを救出する」と当たり前のように言った。

 二人から離れた位置にいるエリザは、「無理だよ。ここからオルディアまで、どれほど離れてると思っているの?」と反論した。


「距離は関係ないよ。一瞬で移動できるから」

「どういう意味?」

「瞬間移動の魔法があるんだよ……たしかこの辺に入っているはず。僕にはわかるんだ」


 アレンがゴソゴソと荷袋の中身を漁った。

 三つ目の奇跡だった。

 俺は三つ目の奇跡として、瞬間移動のための魔法書を創造し、アレンの荷袋の中で誕生させたのだ。

 その後は映像転送の奇跡で、瞬間移動のための魔法書のありかをアレンに教えた。


「ほらね! やっぱりあった。これを使えば、みんなでオルディアに行くことができるよ!」


 アレンは誇らし気に、瞬間移動のための魔法書を取り上げた。

 対照的に、エリザとギャリックの視線が一気に厳しくなった。

 当たり前だ。

 そんな都合の良いことが起こるだろうか?


「ちょっと貸して!」


 エリザがアレンから、瞬間移動のための魔法書を取り出した。

 迷わず開き、中の文章を確認する。

 一方のギャリックは「さすがに出来過ぎだろ? 単純な罠だよ。使えば命を落とすくらいの覚悟はしておいたほうが良いな」と呆れた顔だ。

 アレン一人が「違うって! これは神様からの贈り物なんだって!」と疑わない。


 信じてくれることは嬉しいし、素直で純朴な性格は好感が持てるが、それにしても……だ。

 俺は先ほどとまったく同じことを思ってしまう。


「これは本当に……瞬間移動できるかもしれない」


 読み終えたエリザがボソリと呟いた。

 ギャリックは反射的に「え? 本当に?」と言った。


「詠唱の言葉を見る限り、瞬間移動自体はできると思う……ただ、罠かと言われたら、罠かもしれない」

「どういう意味だ?」

「使用に伴うペナルティがあるの。使用した者は使用した三日後から長い眠りに入り、その後三年間は目覚めない」


 俺は横目でエンジュを見た。

 エンジュは静かに頷いた。

 三年の休眠状態こそ、エンジュが提案したペナルティだ。

 問題を容易に解決すると、人間は奇跡を『当たり前のもの』として考え、神の有り難みを忘れてしまうから……とエンジュは頑なに信じていた。


「それはちょっと、看過できない問題だな。俺たちはもう、魔王の足元まで来ている」


 ギャリックが言うと、エリザも気まずそうに同意した。

 しかし、アレンは「戻ろう!」と叫んだ。


「オルディアの人たちが危険なんだ。戻って助ける以外の選択肢はないよ。魔王なんて、目覚めたあとに討伐すれば良いじゃないか!」

「いや、しかし、魔王を三年も放置すれば、その分だけ世界全体で被害が大きくなるだろ?」

「オルディアの危機は目の前の問題だ! 逆に魔王による三年間の被害は、ギャリックの仮説だし、可能性でしかないだろ! 意外と無事かもしれないじゃないか!」

「ここまで魔王を追い詰めたという利点はどうする? 次は魔王も準備するし、ここまで前線を上げられないかもしれない」

「いま行動を共にしてるガレナ王国軍は精強だ。ここの前線だって、ガレナ王国軍がきっと守ってくれる」

「いや、でもさ」

「良いんだよ! 行くんだよ!」


 アレンは聞く耳を持たなかった。

 エリザとギャリックは顔を見合わせ、肩をすくめた。

 しかし、エリザが「アレンが一度決めたら、もう曲げないからね」と諦めたように言うと、ギャリックも「最低限の処理として、戦線を維持しているガレナ王国軍に一報を入れて欲しい」と続けた。


 最終的に二人が同意すると、「じゃあ事情を説明するために、まずは前線に引き返すぞ!」とアレンは力強く号令をかけた。

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