第6話:神殿ツアー(展望床の間)
最後のパビリオンは『展望床の間』だ。
よくわからない名称だったが、中に入るとすぐに、俺はその名の意味するところを理解する。
同時に俺は、ここが神界であり、人間の常識の外側にあることを再認識した。
パビリオン全体に透明な床が敷き詰められ、その下に世界そのままの立体地図があった。
そのままと言っても、精巧という意味ではない。
文字通り、本当にもう一つの世界なのだ。
海があり、浜辺があり、山があり、川があり、村や町がある。
しかも床に近づき、目を凝らすと、地上を歩く人々や子供に乳をやる動物や葉を散らせる木々の姿までもが鮮明に見えた。
どこまでも拡大して見えることも、神様の奇跡の一環なのだろう。
俺の足元に小さな丘があり、一人の少年が寝転がった。
少年の周囲には羊の群れがおり、羊たちはリラックスした様子で草を食べている。
少し離れた位置に狼が身を隠し、獲物となるべき羊を物色していた。
更に離れた位置では狼の子供たちが身を寄せ合い、母親の帰りを静かに待った。
太陽の当たる位置は明るく照らされ、当たらない位置は暗く沈んだ。
風が吹けば草木が揺れ、高い位置では雲が移動した。
雲の一つは中央に神殿を乗せている。
説明されたわけではないが、俺はこの雲こそ神界だと理解した。
「世界と展望床は双子の関係です。神はこの展望床を作ることで、世界を作りました」
エンジュが説明を始めたので、俺は身体を起こした。
「世界に起こることは展望床にも起こり、逆に展望床で起こることは世界にも起こります。だから絶対に展望床に触れてはいけません。世界が壊れてしまいます」
「触れるといっても、展望床は床の下にあるじゃないですか……」
「床を壊せば良いでしょう。私はあなたに『床を壊すな』と注意しているのです」
「なるほど。気をつけます」
床を壊すなんて、普通に考えればありえないが、こちらの世界ではあり得るのだろうか?
そう思ったとき、俺はセラフィムの顔を思い出した。
彼女ならあり得るかもしれない。
なんなら、不慮の事故で壊してしまうかもしれない。
念のため気をつけようと思ったところで、俺は展望床の一部が輝いていることに気がついた。
輝きは世界の北西と南東で強く、中央では鈍くなっている。
凝視すると、輝きは人間の内部から発していた。
「あの……この細かい輝きはなんですか? 人間の身体の内側にあるようですが」
俺が聞くと、エンジュは「信仰心です」と即答した。
「この展望床において、その人間の信仰心が強くなれば輝きは増し、逆に信仰心が弱くなれば輝きが消えるようになっています。つまり、世界の現状を把握するための工夫です。その点だけは、世界と展望床で双子の関係にありません」
「つまり……人間の信仰心が可視化されているということですね?」
「そう申したつもりですが……なにか疑問はありますか?」
監視ネットワークだ!
気づくと同時に、俺は興奮した。
神界はこの異世界において、ディストピア国家も真っ青の完全監視体制を敷いているらしい。
姿や形や座標だけでなく心の中まで覗き見るなんて、プライバシーやマイナンバーどころの話じゃない。
メディアにばれたら大騒ぎになるぞ……と思ったところで、俺はそれがまったく意味のない仮定だと気づいた。
ここは異世界で、ここは神界だ。
俺は気を取り直し、「いえ。質問はありません。続けてください」と答えた。
「ここに来たついでに、世界の全容についてもお伝えします」
エンジュはそう言うと、展望床の端のほうへ移動した。
「世界は円形で、陸地は三つ。海水は陸地の間を満たしています。また、世界の端は滝となっていて、その先は奈落です。奇跡を使えば世界の広さも変えられますが、先ほどと同じ理由で、やはり、よほどなことがなければ避けてください」
俺が顔を床に近づけると、エンジュは説明を中断してくれた。
たしかにエンジュが説明するように、海の終わりは滝になっていた。
どうやら異世界では、世界平面説を採用しているらしい。
「よく見えないのですが、この世界の下に亀がいるんですか? あるいは象が支えているのでしょうか?」
「亀? 象? なんの話ですか?」
「いや、すみません。こっちの話です。こっちの世界の話」
くだらない冗談はやめて、俺はまた立ち上がった。
俺の態度を見て、エンジュは説明を再開する。
「ご覧のように、陸地としては中央大陸が最大の面積を持ち、北西と南東の島はそれぞれ中央大陸の六分の一ほどの面積を持っています。北に行くほど気温は低く、逆に南に行けば暑くなります。その結果、北西の島はいつも雪に覆われています」
「そうなると、なかなか厳しい環境ですね。北西の島では作物が育たない」
「仰る通りです。それゆえ、この島はよく魔族の拠点になります。ご覧ください」
エンジュが指差す位置を確認すると、城のような建築物があった。
建築物は黒く、大きく、豪雪地帯の中で確固たる存在感を示していた。
周囲を注視すると、魔族と思しき生命体が幾人かの人間と戦っている。
人間は炎の魔法を使ったが、その魔族には効かなかった。
じっくりと眺めていると、城のような建築物の中に、赤く光る点を見つけた。
「この赤い光点はなにを意味していますか? あ、こっちには青い光点がありますね? 人間の信仰心とは違う色をしていますが……」
「失礼しました。説明が抜けていましたね。赤は魔王、青は勇者を示しています」
エンジュに言われて気づいたが、青い光点は一人の人間の中にあった。
いまは魔族らしいなにかとリアルタイムで戦っている。
つまり、この人物が勇者なのだろう。
勇者の周囲の人たちは、勇者の仲間と言ったところか。
「魔王と勇者を他と明確に区別しているわけですね」
「当然です。魔王と勇者はこの世界の最重要因子です。常に追いかけられるよう、それぞれの居場所が容易にわかるようにしています」
「いまは魔王と勇者の距離が近いですが……もしかして、最終局面なのでしょうか?」
「そういう見方もできますが、私としては、まだなんとも言えません。今期の魔王は歴代最強の強さを持っていますから」
「歴代最強ですか……なるほど」
いつまでも興味は尽きないが、展望床に居続けても仕方がないと俺は思った。
だから俺は質問を切り上げ、エンジュと共に、一度展望床の間を出ることにした。




