第5話:神殿ツアー(原初宮〜アカシック・レコード〜魔力の源泉)
その後エンジュは快く、俺に神殿内部を案内してくれた。
少なくとも、俺にはそう見えた。
セラフィムよりも優しいのかもしれないし、セラフィムより外面が良いだけなのかもしれない。
前者だったら最高の協力者だが、後者だったら嫌だな……と俺は心の中でそっと思った。
そもそも外面の良い天使なんて、考えたくもない。
「まずは原初宮ですね。こちらは神の執務室です。既に中はご存知だと思いますが、食べかけの神酒や果物などで、いつもまあまあ散らかっています」
原初宮の前で立ち止まると、エンジュは迷いなくそう言った。
神様相手にも遠慮がない様子で、ほとんど毒を吐いている。
俺は「やっぱり外面の良い天使なんじゃないか?」と思い始めた。
優しい天使が、他者の生活の乱れを揶揄するだろうか。
「飲食って必要なんですか? 神様でも空腹になることや餓死することはあるんですか?」
俺がずっと気になっていたことを問うと、エンジュは「ありえません。神の飲食は趣味や娯楽の範疇です。人間の食べ物に興味を持ったから、食べているというだけでしょう」と答えた。
「なるほど……では、散らかしたままでいる意味は? その気になれば、奇跡で片付けられるんですよね?」
「薄々想像されていると思いますが、神は、散らかった部屋で過ごしたいために部屋を散らかしているのです」
「それも趣味や娯楽の範疇ですか?」
「趣味や娯楽の範疇です」
あっさりと断言すると、エンジュは「では、次へ参りましょう」と続け、渡り廊下を歩き出した。
他に聞きたいこともなかったので、俺は黙ってエンジュの後を追いかける。
上から見た正方形で考えれば、これは『時計回り』のルートだった。
ふと俺は、さっき起こした奇跡について考える。
奇跡が時間に対して影響を与えられるならば、過去や未来に移動することも可能なのではないか?
過去に移動できるのであれば、転生する前に戻れるのではないか?
俺はメモを取り出し、今後の検討課題として、一つ印をつけた。
「次のパビリオンは、アカシック・レコードです。世界の歴史や、ありとあらゆる事象に関する記録を残しています。中は時間と空間が溶解していて、無限の広さと奥行きを持っていますが、入ってみますか?」
俺がメモを終えるタイミングを待って、エンジュは説明を開始した。
やはり優しい天使なのかもしれない、と俺は考え直した。
ただ、直後に、「優しく見えるほど外面の良い人なんて、いくらでもいるよな」と、俺は現実的な思考に至った。
「書類の保管庫ですよね? 興味はありますが、いまはやめておきます。先に神殿全体の説明を伺いたいですし、中で私が迷子になる可能性も否定できませんから」
「わかりました。ただ、資料はいつでも容易に取り出せますし、アカシック・レコード自体に見どころはありませんから、今後も入る必要はないかもしれません」
「え? じゃあ、エンジュさんは何故……」
「どうしました?」
「いや、なんでもありません。次をお願いします」
じゃあ、エンジュさんは何故「入ってみますか?」なんて言ったんですか……と訊こうと思ったが、俺は質問を取り下げた。
特に理由はないのかもしれないし、こんな些事で突っかかっても仕方がないからだ。
一方、これまでの会話の中で、なんとなくこのエンジュという天使がわかってきた。
基本的にはクールで、落ち着いていて、丁寧な口調だが、たぶん言わなくても良いことまで言ってしまうタイプだ。
前職のときに、来客との面会に同行させると、必ず問題や軋轢を発生させてしまう部下がいたが、アイツに近いのかもしれない。
能力は低くなさそうだが、なかなかリスキーな協力者だな、と俺は思った。
俺たちはまた時計回りに進み、三つ目のパビリオン『魔力の源泉』に到着した。
屋根と柱で構成された建物で、壁はない。
他には、シンプルな造りの噴水が一つ設置されているだけだ。
装飾どころか多段構造もなく、中央で吹き出した黄緑色の液体を地味な底面の皿が回収している。
数少ない特徴として、黄緑色の液体が、光を反射して光以上に輝いていた。
エンジュは今度、俺に質問することなく中に入る。
拒否する理由もないので、俺はエンジュの後に続いた。
「神より聞いていると思いますが、魔法は空気中の魔力を使うことで発動します。まず、この点はよろしいですか?」
「はい。そして魔力を使うためには信仰心が必要で、だからこそ魔族は魔法を使えないということも教わりました」
「では、空気中の魔力がどこで生み出されているかはご存知ですか?」
「えっ? いいえ。知りません」
そこまで会話して、俺は答えに見当がついた。
「もしかして、ここですか? この小さな噴水で、空気中の魔力を生み出しているのですか?」
「正解です。世界中の魔力はここから供給されています」
「いや、それにしてもですよ。あまりに小さすぎませんか? 世界中の空気ですよ?」
「なにか問題でも? それが神の奇跡です」
強引に押し切られたが、奇跡と言われては反論することもできない。
文字通り、ここが『魔力の源泉』なのだろう。
俺はなんだか、微妙な気持ちになった。
神様を信仰する者のみが魔法を使え、その元となる魔力も神殿から提供されているのだ。
なんというか……神様を信仰する者に対するサポートが手厚すぎる!
「神殿としては重要ですし、外観も美しいのですが、特に複雑な機能が備わっているわけではありません。説明は以上ですが、なにか質問はありますか?」
「管理は誰がされているんですか? 清掃や目詰まりを気にする必要はありませんか?」
「そんな心配は不要です。あるはずがないでしょう。なぜなら……」
「『奇跡』ですね。わかりました。次のパビリオンの紹介をお願いします」
俺は悪い癖で、思わずエンジュの回答を打ち切ってしまった。
神様のご都合主義に苛立っていたからかもしれないし、このエンジュという天使に気を抜いてしまったのかもしれない。
しかし、たとえ苛立っていても、気を許す相手でも、説明が冗長だったとしても、役所が効率的な会話を求める職場だと言っても、他人が話している最中に口を挟むことに正義はない。
俺が顔色を観察すると、特に気にならなかったのか、エンジュは平然とした様子で「では、最後のパビリオンに参りましょう」と言った。




