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第4話:神殿ツアー(審判の門)

 神界の広さは、十五万平方メートルらしい。

 ちょうど日比谷公園くらいの広さで、その土地の中央に『神殿』がある。

 渡り廊下から外を覗き見る限り、神界の地面は夏の雲の上のように真っ白で、他にはなにもなかった。


 少し先に神界の果てがあるけれど、神様の話では断崖絶壁になっているそうだ。

 つまり、ここは神殿のための土地。

 ただ、広さに関しては曖昧で、神様の命令次第で伸縮自在だそうだから、いまの広さも「たまたまそうなっている」という意味しか持たない。


 視線を更に先へ飛ばすと、神界の果てから上方に向けて空が広がった。

 空は深く、吸い込まれるような青色で、泣きたくなるような爽やかさを感じた。

 まさに俺の知っている天国と合致するイメージだった。

 そんなことを思いながら、俺は審判の門に至る渡り廊下を歩いた。


 この神殿は、審判の門を中心として、周囲に四つのパビリオンがあるそうだ。

 原初宮を含めた四つのパビリオンが渡り廊下で繋がれ、綺麗な正方形の姿になっている。

 また、各パビリオンから審判の門に向けても渡り廊下が伸びているので、上から見れば、正方形の中にバツ印を描いたような形だろう。

 原初宮と審判の門以外のパビリオンは、それぞれアカシック・レコード、魔力の源泉、展望床の間という名前だが、正確な場所も、各パビリオンの使い方も俺はまだ知らない。


 神様が説明を省略したからだ。


 どうやら神様といっても、あるいは神様だからか、礼儀や丁寧さと言ったものは持ち合わせていないようだ。

 ただ、「疑問があればセラフィムに聞け」と言われたので、俺は言いつけに従い、審判の門と呼ばれる中央の建物の扉を開いた。


 中は想像通りの広間だった。

 円形で広いが、それだけだ。

 広間の中央に荘厳な形の門があり、その門を取り囲むように大勢の戦士が待機している。

 これが天使の軍勢なのだろう。

 見目麗しい人型の存在が、全身を重そうな鎧で覆い、手は様々な武器を持っている。

 武器といっても重火器は無い。

 剣や槍や弓や盾といったレトロなものだ。

 ただ、だからといって弱いとも思えなかった。

 天使である……という理由がなくとも、それぞれの戦士が発する雰囲気は重く、どんな敵にも動じないことを明確に予感させたからだ。


 全員が怪訝そうにこちらへ顔を向けたので、俺は「あの……セラフィムさんは、いますか?」と、指示されていた名前を使った。


「セラフィムは私だ。おまえが、代行者か?」


 人間で言えば三十歳を少し超えたくらいだろうか。

 女性のような顔をした天使が俺の前にやってきた。

 ただ、思っていたよりも距離があったのか、接近されて初めてセラフィムの身体の大きさに気がついた。

 身長はたぶん、俺の倍。


「そうです。初めまして。中川稔と申します」

「ミノールだって?」


 セラフィムは質問のように語尾を上げた。

 冬の夜明けを想わせる水色の肌と、深海のような紺色の頭髪。

 黙っていれば圧倒的な美女だと思うが、口調は攻撃的で、鎧の隙間から露出している身体は筋肉質だった。

 その攻撃性と筋肉を贅沢に使って、セラフィムは自分の槍を地面に突き刺した。

 ドンと地響きがあり、パビリオン全体が微かに揺れた。


 どうやら俺の名前が気に入らなかったらしい。

 どうすることもできない問題だが、俺はひとまず「申し訳ありません」と謝ってみた。


「おまえ、ここがどういう場所か知っているのか?」


 セラフィムは腕を組み、顎を上げた。

 まるで俺を蔑むように。

 これまでにも酷いクレーマーやパワハラ上司と対面したことはあるが、このセラフィムの態度もなかなかのものだった。

 しかも、よく見れば目の縁が微かに光っている。

 身に纏うプレートアーマーと同調するような緋色。

 本気で睨まれれば、俺は燃えてしまうのかもしれない。


「伺っています。神界にある神殿で、天使の皆さんと神様の居住区ですよね?」

「わかっているなら帰れ。ここはおまえの来て良い場所じゃない」

「そうしたいのは山々ですが、私の力では、私の元の世界に帰ることができません」

「代行者だろ? 奇跡を使え」

「なるほど。言われてみれば、そうですね」


 セラフィムの指摘は妥当だった。

 俺の希望は元の世界に戻ることで、いまの俺は神様の代行として奇跡が使える。

 しかも天使たちは、俺が神殿にいることに不満を持っているようだ。

 奇跡による帰還は、ここにいる全員が幸せになる方法だった。


 俺は姿勢を正し、目を瞑り、元の世界に戻るよう願ってみた。


「なにをしている?」

「奇跡を起こそうとしています」

「起きていないぞ」

「そうですね」


 改めて目を開くと、セラフィムは眉間に皺を寄せ、組んだ腕を握りしめていた。

 明らかに機嫌が悪化している。

 俺がもう一度目を瞑ろうとすると、セラフィムは「待て」と命じた。


「まずは試しに剣を召喚してみろ。種類はなんでも良い。自分の身の丈にあった剣を召喚するんだ」

「わかりました。やってみます」


 よく考えれば、メモ関係以外の奇跡の起こし方を教わっていないんだよなぁ……と不安に思いながら、俺はポーカーフェイスで感情を隠し、再び念じた。

 姿勢を正し、目を閉じ、「俺の身の丈に合った格好良い剣が手の中に呼び出せますように」と。

 まもなく俺の右手に、長い日本刀が出現した。


「できるじゃないか」

「そうみたいですね。良かったです」

「次は瞬間移動をしてみろ。右に一メートルほど自分の座標を移動させるんだ」

「わかりました」


 俺は同じように、自分の瞬間移動をイメージした。

 今度は姿勢を正さず、目も開いたままで。

 まもなく、俺は右に一メートル移動した。

 どうやら奇跡のコツを掴めてきたようだ。


「うまくいきました」

「みたいだな」

「では、次になにをしましょうか?」

「今度こそ、おまえの元の世界へ帰れ」


 セラフィムは笑顔で言った。

 口角が上がると、放出する威圧感が幾分和らぎ、セラフィムの美しさが滲み出てくる。

 俺は再び目を閉じ、集中して、霞ヶ関へ帰還するイメージを作った。

 夏は暑く、冬は寒く、誰もがどんよりと疲れているあのクソみたいな職場のイメージ。


 しかし、奇跡は起こらなかった。


「ふざけてるのかぁ!」


 セラフィムは大声でそう言うと、自分の槍で俺の剣を叩いた。

 両腕を解き、地面の槍を引き抜き、斜めに振りかぶって、俺の剣を叩く……という一連の行為が一瞬だった。

 早すぎて、俺には最初、なにが起こったのかわからなかった。

 弾かれた剣は、この広間の壁に刺さって動きを止めたが、剣を弾く音と壁に突き刺さる音がほぼ同時に聞こえた。


「私はふざけていません。真剣です」

「では、どうして奇跡は起こらない?」

「私にもわかりません。もしかすると、元の世界に戻る奇跡は、神様に禁じられているのかも」

「だから、ふざけんなよ!」


 今度セラフィムは、自身の槍を壁に投げつけた。

 振りかぶって投げる、というさっきよりも短い手順だが、今度はしっかりと視認できた。

 奇跡により、その瞬間の時間の流れを遅くしたのだ。

 試しにやってみた行為だが、まさか本当に、時間にまで干渉できるとは思わなかった。


 俺は興奮する気持ちを抑え、セラフィムに向き直った。


「神様は私に、『わしが戻るときまですべてを順調にこなしていれば、元の世界に戻してやる』と言いました。それはつまり、『私が単独で元の世界へ戻ることはできない』という意味ではないでしょうか?」

「だからって、神殿に滞在することを当たり前だと思うな」

「特殊な状況だという事は理解しています」

「では、いますぐここから出て行け。そして原初宮に引き篭もっていろ。我々は、行方不明となった神の捜索に忙しい」

「そうはいきません、セラフィムさん。私は神様の代行を命じられています。原初宮に閉じ籠っていては遂行できないでしょう」

「黙れ」

「ついでに言うと、私はあなたの協力を必要としています。この世界のことをほとんどなにも知らないのですよ? 今のままでは、神様の代行なんてできません」

「調子に乗るなよ、ナカガワミノル。我々は神にのみ仕えている。神ではないおまえの命令に従う義務なんて、どこにもないんだよ」

「しかし、私が順調に業務を遂行することは、私を元の世界に戻すことにも繋がります。お互いの利害が一致するのでは?」

「おい、エンジュ!」


 セラフィムが爆発するように叫ぶと、小柄な女性の見た目をした天使がやってきた。

 鎧の代わりに白いワンピースを着ており、背中に羽が生え、手には小さな弓を持っている。

 人間の年齢で言えば二十歳くらいだろうか?

 威圧感は皆無で、なんなら俺よりも弱そうだった。

 

 この物騒な戦士たちの中で、エンジュと呼ばれた天使は、明らかに異質な存在だ。


「お呼びでしょうか?」

「そうだ。なぜ私がおまえを呼んだのか、その理由はわかるな?」

「はい。そこの男のサポートですね」

「任せた。期待している」

「ありがとうございます」


 話はあっという間についてしまった。

 前の職場でもなかなか見ない、意思疎通の早さだった。


 俺が感心していると、エンジュは愛らしい笑顔を見せ、「私の名前はエンジュです。これより私があなたのサポートをいたします」と挨拶した。

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