第19話:知られていない解毒法
俺は今回「自然な形で情報を与えること」と「昔からそうであったかのように振る舞うこと」に気をつけた。
作為のない、ただの知識共有だと認識させるためだ。
万が一にも「俺が二十分ほど前に奇跡を起こし、ネルバが解毒できるように例外条件を追加した」なんて気づかれるはずもないだろうが、下手を打てば、都合の良い奇跡だと思われる可能性は否定できない。
「ご協力ありがとうございます。では、そのネルバをいただけますか?」
「はい」
俺が指示すると、ヒョロリと背の高い二十歳くらいの男が、摘んだばかりのネルバを提供してくれた。
仰々しく受け取ったあと、俺は懐から取り出した小鉢に移し、器ごと大きな石の上に置いた。
その石はなにか特徴があるというわけでもないが、地面に寝かせたときに平らな面が上を向くため、スラム中では台の代わりに使われていた。
「それでは祈ります。皆さんは、一言一句聞き漏らさないようにしてください」
注意したあとに、俺は両手を組み、目を瞑った。
ごっこ遊びのようで馬鹿馬鹿しいが、重要なプロセスなので省略できない。
続けて俺は、事前に設定した詠唱の言葉を口にする。
「慈悲深き神よ。飢えに苦しむ我らを哀れみ、このネルバを糧とする恩寵の交付を願い奉る」
利便性を高めるため、単純で記憶しやすい文言にした。
こちらの世界に相応しくない『交付』という単語を混ぜたのは、過去の詠唱者と類似するリスクを避けるためだ。
オルディアの長い歴史の中で、今回の俺のように、「ネルバの毒を消してくれ」と祈った者くらいはいるだろう。
過去の祈りの文言と俺の祈りの文言が近ければ、やはり都合の良い奇跡だと思われるかもしれない。
俺はそのリスクを避けたのだ。
詠唱が終わると、ネルバ全体が微かに光った。
毒が消えたことを示すサインだ。
周囲の人々からは「ああ」とか「おお」といった感嘆の声が上がった。
「どなたか、火をつけてくれませんか? このネルバの根を食べたいと思います」
俺が聴衆に問いかけると、サージの鍋を作っていた老婆が「こっちの竈を使っておくれ。鍋はもう煮立っていて、火にかける必要もないからね」と言った。
俺は丁寧に礼を述べ、まな板代わりの鉄の板とナイフを準備した。
ネルバを掴み上げ、根だけを切り分け、皮を剥く。
剥いたネルバの白い根は、鉄の板の上で一口大にカットした。
準備が終わったので、俺はその鉄の板を竈の上に乗せた。
ネルバの根の素焼きを作るためだ。
「すみません。どなたかフォークか、フォークの代わりになるものを貸してくれませんか?」
焦げ目がチラチラと見えてきたところで問いかけると、アルフェルディナントが「串でよければ使ってください」と言ってくれた。
「ありがとうございます。助かります」
「本当にネルバを食べるつもりですか?」
「もちろんです。甘みがあって食べやすいですよ」
俺は鉄串を受け取り、輪切りのカブのようなネルバの根に突き刺した。
持ち上げ、少し冷ましてから、一口で食べた。
前の世界でいう甘栗と同じ味がした。
俺が奇跡で味付けしたのだ。
「本当に大丈夫そうですね?」
「だから、そう言ったでしょう」
「疑っていたわけではありませんが、すぐには信じられなかったのです」
「では、アルフェルディナントさんもどうですか? 一つ食べてみませんか?」
「いただいてもよろしいのですか?」
「もちろんですよ。どうぞ、どうぞ」
俺が別の一切れを差し出すと、アルフェルディナントは串を受け取り、前歯の先で少し齧った。
「うお! なんて甘さだ!」
「そうでしょう。ネルバの根は本当に美味なのです。その上で栄養価も高く……」
「もう一ついただきますね!」
アルフェルディナントは残りを一口で食べると、次のネルバに串を刺した。
聴衆はアルフェルディナントが夢中になる様子を見て安心したのだろう。
竈に近づき、「私もいただいて良いですか?」「僕も僕も」と言い始めた。
「どうぞ食べてください。美味しいですよ」
俺が許可すると、人々は我先にと、火の通ったネルバを食べ始めた。
最初に食べた女は「美味しい! こんなに美味しいものは初めて」と驚き、次に食べた少年は「甘いよ! これ本当に甘い!」と喜んだ。
鉄の板の上のネルバを手に入れられなかった者たちは、竈から離れ、地面を観察しながら走り出した。
誰かが「あそこにもネルバがあるぞ!」と言い、別の誰かが「東のほうに群生地があったはずだ!」と叫んだ。
俺は念の為に「詠唱の言葉は覚えましたか? ネルバを食べる前には、必ず神様に感謝をしてくださいね」と注意した。
「少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか? 人間のいない場所でお話を」
「いやはや! 本当に凄いですね! ミノールさん!」
エンジュが質問してきたタイミングで、アルフェルディナントも話しかけてきた。
声の大きさに違いがありすぎて、エンジュの発言の後半部分は聞こえなかった。
俺は視線で合図を送る。
理解したとばかりに、エンジュは無言で頷いた。
「いったい、どこであんな方法を見つけられたのでしょうか?」
「質問の意図が見えません。『どこで』と訊かれても『教会で』としか答えられませんが」
「いいえ。私が問うているのは国名です。地域の名前で答えていただいても結構です。どこの国の教会ですか?」
「やはりよくわかりません。解毒法を知り得た場所を訊くことになんの意味があるのでしょうか」
「単純に、興味があるんですよ。世界各地を旅してきた私がただの一度も聞いたことのない方法ですよ? そりゃ気になりますって」
マズイな、と俺は思った。
完全に想定外の質問だった。
真実は『俺が作った』なので、適切な回答は存在しない。
加えて、国名を挙げれば、今度は「その国のどこの教会ですか?」とさらなる追及が待っている。
仕方がないので、俺は誤魔化すことにした。
「申し訳ありませんが、答えられません。私も世界各国を旅していますが、私はアルフェルディナントさんと違って記憶力が弱く、逐一覚えていられないのです」
「そうですか。それは残念……国名がわからなくとも、場所の雰囲気や気候だけでも結構ですが、それも覚えていませんか」
「申し訳ありません」
「なるほど。しかし、不思議ですねぇ」
そこでアルフェルディナントは、キッと鋭い視線を俺に向けた。
顔全体は笑っているが、目だけが笑っていない。
まるで、俺の失言を待っているような感じだった。
「ネルバの解毒法ですよ。そんなものが発見されれば、一瞬で世界中を駆け巡ると思うのですが」
「そうでしょうか?」
俺は一度言葉を区切り、奇跡で時間の流れを遅くした。
アドリブで適当な説明を考え、続けてその説明の妥当性を検証した。
咄嗟の理論構築だが、悪くないと俺は思った。
少なくとも再反論は難しいだろうし、仮に再反論されたとしても「わからない」と言い切ればいい。
俺は時間の流れを元に戻した。
「ここしばらくのあいだ、世界は食料が足りていました。食料が足りていれば、人々は敢えてネルバを食べようなどとは思わないでしょう。だから仮に解毒法を発見したとしても、大きな噂にはならないと思います」
「私が思うほど、大した発見ではないと言いたいのですか?」
「大した発見か、そうでないかはわかりません。ただ、現実問題として、ネルバの解毒法が知られていない。それだけの話ですよ」
「ああ、そうかもしれませんね」
そう相槌を打つと、アルフェルディナントは「あなたは面白い人だ。そして、今回のことは本当に感謝します。ありがとうございました」と続けて、頭を下げた。




