第18話:これ以上ないチャンス
俺はスラムに戻り、すぐにアルフェルディナントを探し出した。
今回の奇跡を披露する相手として、ちょうど良いと思ったからだ。
行商人という背景が最低限の知識を担保してくれるし、大袈裟な態度はスピーカーの役割を果たしてくれる。
なにより、聖職者についての議論をしたばかりなので、話が早いと考えた。
アルフェルディナントは、スラムの中でも比較的北西の位置で煮込まれているサージ鍋の傍にいた。
左手に小振りの器を持ち、右手に長い針のようなものを握り、険しい顔のまま口をもごもごと動かしている。
ちょうどサージを食べているのだろう。
俺はアルフェルディナントの前で立ち止まり、「ちょっとお時間をいただいてもよろしいですか?」と声をかけた。
「もちろんですよ、ミノールさん。いまの私には売るほど時間が余っていますからね。今回はどれくらいをご所望ですか?」
「十五分で結構です」
「なんと! そんなに少なくて良いのですか? なんなら私は二日でも三日でも付き合えますよ?」
アルフェルディナントは滑舌良く軽口を続けた。
やはり一人だけ雰囲気が違った。
苦しみと悲しみと怒りに満ちたスラムの中で、アルフェルディナントの陽気さは際立っていた。
「サージの鍋はどうですか? お口に合いますか?」
「人生経験の浅い私には、まだまだ難しい味ですね。ただ、あと五年くらい食べ続ければ、本当の旨みが理解できると思います」
「なるほど。前向きですね」
「まあ、こんなものを二週間も食べ続ければ、たぶん私は栄養失調で死んでしまうでしょうけれど」
そこでアルフェルディナントは、一度ガハハと笑った。
「ちなみに私は、これまで世界各地で様々な食べ物を食べてきたんですよ。ルシエラの山奥では虫を食べましたし、極北の氷海では敢えてカビを生やした芋を食べました。そんな私でも、サージは難しい。一言で言えば、食えたもんじゃありません。たぶん神様は人間を『枝を食べる生命』として作っていないのでしょう」
「さすがに声を抑えたほうが良いですよ。この辺りには、我慢してサージを食べている人もいるでしょうし」
「構いませんよ。口に出さないだけで、みんなそう思っていますから。ただね」
中途半端なところで話を区切ると、アルフェルディナントはサージの枝に齧り付いた。
右の奥歯で引きちぎり、大きな動作で咀嚼する。
まるで俺とエンジュに見せつけるようだった。
いつのまにか、アルフェルディナントの目から、先ほどまでの陽気な雰囲気はなくなっていた。
「それでも我々はサージを食べなければいけない。あなたと違って、いま我々が食べられる食事はサージだけなのですから」
「『あなたと違って』……とはどういう意味ですか?」
「言葉通りの意味ですよ。王族や貴族や聖職者は、肉やパンを食べ、これまでと同じように酒を飲んでいるのでしょう?」
「いいえ。まだ日は浅いですが、私はオルディアに来て以来、肉もパンも酒も口にしてはいませんよ。そんな贅沢はできません」
「では、サージを食べているのですか? あなたたちが? この癖の強い枝を?」
俺は全身に鳥肌が立った。
これ以上ないチャンスだと思ったからだ。
どうやって話を切り出そうか、どうすれば自然に説明できるだろうかと考えていたが、問題はアルフェルディナント自身が解決してくれたのだ。
あとは落ち着いて説明するだけだった。
「サージももちろん食べましたが、私とエンジュはもっぱら別のものを食べています」
「別のものとは?」
「ネルバの根ですよ」
「は?」
うまく聞き取れなかったのか、あるいは信じられないのか、饒舌なアルフェルディナントが絶句した。
一方で、俺とアルフェルディナントの会話に興味を持ったのだろう。
スラムの人たちが俺たちの周囲にゾロゾロと集まってきた。
環境までが俺に味方しているみたいだ。
「ご存知ありませんか? ネルバというオルディア全体に生息している雑草です。乾燥に強く、硬い岩盤にも根を張り、高い栄養価と旨味を含んでいます」
「なにか別のものと誤解しているのではないですか? ネルバですよ? 強烈な毒草ですよ?」
「間違いではありません。私が申しているのは、その毒草のネルバです。ただ、皆さんはご存知ないみたいですが、昔からネルバの毒を浄化する方法があるのです」
この方法を考えたときに、注意したことが三つある。
そのうちの一つ目と二つ目は、禁忌事項だ。
一つ目の禁忌事項は『洗脳などによって、誰かの意思を奪ったり、無理やり崇拝させたりすること』だった。
しかし今回、俺は誰も洗脳していない。
アルフェルディナントの質問に答えるだけだ。
二つ目の禁忌事項『天使以外の前で、自分を神だと名乗ること』にしても問題ない。
俺は今回、ミノールと自己紹介した。
エンジュと共に、『修行のために旅をする聖職者』で通している。
「嘘でしょう? 煮ても焼いても干物にしても、ネルバの毒は抜けないと聞いています」
「その方法では無理ですね。ネルバは毒を手放しません」
「では、どうやって毒抜きをしているのですか?」
「私は聖職者だと申したでしょう? 私に出来ることなんて、神様に祈ることくらいですよ」
三つ目の問題はエンジュから受けた注意事項だ。
エンジュは「人間にとって都合の良すぎる災害が起きれば、人間は必ず背後に神の恩寵を看取します」と言った。
俺も概ね賛成だ。
都合の良い奇跡が起こると、人間は神様に対する感謝を忘れ、信仰心を低下させるだろう。
だからこそ、都合の良い奇跡ではなく、昔からそうであったかのように振る舞う必要があった。
「いまからそれをお見せします。偶然にも、そこにネルバが生えていますので、どなたか持ってきてくれませんか?」
そう俺が依頼すると、聴衆のうちの何人かが、走ってネルバを採ってきてくれた。




