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第15話:人のいない土地

 足元の土は赤錆色で、亀の甲羅のようにひび割れている。

 亀裂の縁は白く小さい結晶がこびりつき、その脇を一匹のトカゲが通過した。

 乾燥が強く、強風はざらりとした砂埃を運ぶ。

 俺は顔を上げ、波打つように広がる丘の景色に目をやった。


 展望床で知ってはいたが、オルディアは国の中央に砂漠に似た荒野を抱えている。

 雨が降りにくく、水捌けの良い大地は、植物の成長を阻害しているようだ。

 俺の周囲もほとんど緑は存在しない。

 たまに雑草が生えているが、それらは決まって針金のように硬く鋭い葉を生やす。


「オルディアって、人の暮らしにくそうな土地ですね」


 思ったままを口にした。

 気温は四十度くらいだろうか?

 湿度が低いために、日本のような息苦しさはないが、快適とは言いにくい。

 世界の南端にあり、暑い土地だと聞いていたが、その話に誇張はないようだった。


「そうでしょうか? 私はそうは思いません」


 エンジュは事務的な言い方で否定した。

 俺と共に地上へ移動するにあたり、背中の羽を小さく折り畳んでもらっている。

 服装はこの国の人々に合わせたドレープだが、布地が大きく、背中の羽が見えることはない。

 そんなエンジュを眺めていると、古代ローマとか、古代ギリシャとか、学生の頃に観た古典映画を思い出す。

 俺もドレープを着ているため、エンジュと二人でコスプレをしているみたいだ。


「なぜですか? これだけ乾燥していれば、どうしたって困難でしょう? 麦を栽培するにしても、山羊を飼うにしても、多大な苦労を伴います」

「食糧という意味ではそうですね。人間は日々苦労をしていることでしょう」

「食糧以外になんの問題が?」

「オルディアは、統一魔領グラドから最も離れた位置にあり、それゆえ最も魔族の被害の少ない場所です」

「なるほど。そういうことですか」


 俺は立ったまま、一番近くにある雑草を観察した。

 風が吹くたびに草全体が揺れ、カサカサと微かな音をさせた。

 よく見れば、針金のような葉は、内側に丸まっているようだった。

 たぶん、水分の蒸発を防ぐための工夫だ。

 雑草ですら環境に適応した進化を強いられる土地だが、魔族の被害が少なければ、人々は幸せに思うのだろうか?

 しかし今回、オルディアは、その唯一の利点が失われたのだ。


「ここから直近の村まではどのくらいかかりますか?」


 俺は本来の目的を思い出した。

 地上に降りて、意図せず景色に見惚れてしまったが、雑談している余裕なんてない。

 オルディアの人々は、すぐにでも救済すべきなのだ。


「徒歩で二時間。馬で二十分といったところですね」

「誰にも転移を見られないためとはいえ、少し遠いですね」

「リスクはありますが、もっと近くに転移しますか?」

「いえ。ここから移動しましょう。足の速い馬を創造します。ただ……」

「ただ……なんですか?」

「私は馬に乗れません」

「では、私が操縦します。あなたは私の後ろに乗ってください。それで良いですか?」

「はい。よろしくお願いします」


 俺は奇跡を使い、できるだけ大型で、できるだけ足の速い馬を創造した。

 出現した馬は、北海道のばんえい競馬で見たまんまのばん馬だった。

 しかし、足はサラブレッドのように速くした。

 この世界では目立つような気もしたが、小柄な個体では落馬しそうだし、急いでいるので仕方がない。

 そんな風に俺は思い込んだ。


「では、私が先に乗りますね?」

「はい」


 エンジュは颯爽と馬に跨り、俺はエンジュに引き上げられる形で後ろに乗った。

 馬が走り出したので、俺は落馬しないようにと、両手をエンジュの腰に回した。

 天使に性別があるかは不明だが、俺はエンジュを女性のように思っていた。

 だから人間の女性のような柔らかさを想像したし、下心に近い気持ちもあった。

 しかし、俺の期待は木っ端微塵に打ち砕かれた。

 硬いのだ。

 エンジュの身体は金属で出来ているのかと思うくらいに硬かった。


「あの……」

「なんでしょうか?」

「私が前の世界で生きていた頃、人間は骨と皮と肉で構成されていました」

「はい。それがなにか?」

「この世界の人間も、私が生きていた世界と同じように、骨と皮膚と肉でできているのでしょうか?」

「極端に言えば、そうですね」

「皮膚も筋肉も、それぞれ弾力がありますよね?」

「そうですが……要点が見えません。あなたはなにを知りたいのですか?」

「いえ。すみません。それだけです」


 きっと人間は柔らかく、天使は硬いのだ。

 俺はそう思うことにした。

 唯一、羽の部分だけは柔らかかったが、「背中だけが柔らかい」というものも奇妙な話で、俺はまったく落ち着かなかった。


 それからしばらくして、今度はエンジュから口を開いた。


「ところで、この馬の走行はとても安定しているように思うのですが、あなたはどうですか? 揺れは大丈夫ですか?」

「問題ありません。私が落馬をしないようにと、揺れない馬を創造しました」

「では、もう少し飛ばしても良いですか? この馬はまだ余力があるようですし、さらに移動時間を短縮できると思います」

「もちろんです。そういう話なら、飛ばしてください」

「では落馬に気をつけて。なにかあれば私を呼んでください」


 大きな声でそう注意すると、エンジュは馬の横腹を踵で蹴った。

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