表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
14/16

第14話:尽きない祈り

 俺はエンジュを追って、原初宮を出た。

 説明はないが、ついて来いと言っているようだったからだ。

 エンジュは右の渡り廊下を選び、嘆願の回廊に入った。

 追いかける俺も連続するアーチを潜る。


 感覚がおかしくなる中で、人々の様々な祈りが聞こえてきた。

 オルディアの危機を解決しても、この世界から祈りが消えることはない。

 至る所で魔族が跋扈し、どんなときでも人間を襲うからだ。

 神様がなぜこんな世界を作ってしまったのか、俺にはよくわからない。

 いずれにせよ俺は、この渡り廊下を歩くとき、目を細めて人々の声を聞き流すようにしている。

 世界から犠牲者はなくならず、すべての祈りに対応できないと理解したからだ。


「以前も説明しましたが、人間の不幸は信仰心の源泉です」


 エンジュは歩きながら俺に言った。

 両腕を身体の後ろに回し、両手を揃えて弓を持つ姿は、まるでタブレットを持ってキャンパスを散歩する大学生のようだ。

 嘆願の回廊が放つ雰囲気と対照的なその爽やかさに、俺はエンジュの本質を感じ取った。


「人間は満たされているときに神を忘れますが、苦しんでいるときは強く、純粋に神を求めます。恐怖や暴力といった極限状況こそが、人間から質の良い信仰心を生み出してくれるのです。それゆえ、オルディアの危機は、オルディアの人間の信仰心に良い効果をもたらしました」

「そうみたいですね」

「信仰心の高まりは、世界の調和のために最も必要であり、重要なことです。セラフィムを始め、私たち天使はみな喜んでいます」


 何度も繰り返された説明だから、俺は完全に理解している。

 この世界の天使は人間の味方ではなかった。

 天使は人間を、信仰心のための家畜や鉱脈のように考えている。


「つまり、エンジュさんたちは、オルディアで発生した犠牲者を減らしたくないのですね? オルディアの犠牲者を減らしたくないから、『過去に戻って危機そのものを回避する』という私の計画に反対している」

「そうですね。間違ってはいません。しかし、反対する理由はそれだけではありません。私たちはあなたに感謝しているのです。あなたの貢献もあって、オルディアの信仰心は高止まりしているのですから」

「よくわかりません。なんの話ですか?」

「まあ、ここまで来たのですから、実際に聞くほうが良いでしょう。現在の人間の祈りを注意して聞いてください」


 そう言うと、エンジュは嘆願の回廊の中央で足を止めた。

 俺も立ち止まり、聞こえてくる声に意識を向ける。

 あまり気分の良いものではなかった。

 老若男女が苦しみの中で、幸せを願い、必死な口調で嘆願している。

 魔族による犠牲や魔法の詠唱に混じって、病や怪我や貧困に関する祈りも聞こえた。

 ただ、俺は違和感も覚えていた。

 過去に聞いたときと違い、飢えと空腹に対する嘆願が増えたのだ。


『上の連中は隣国からの支援物資を横流しして私腹を肥やしている。神様、奴らに裁きの雷を落としてください』

『慈悲深き神よ。どうか、この子にだけは乳をお与えください。私の血肉は枯れ果てても構いません。この小さな命が、せめて明日を迎えられますように』

『今日、弟たちに食べさせるために、私は商人のおじさんに買われていきます。どうか、弟たちが飢えないだけのお金が、明日も手に入りますように』

『勇者様が魔族を追い払ってくださったのに、畑は踏み荒らされ、蒔く種すら残っていません。神様、奇跡で麦の雨を降らせてください』

『どうせ死ぬなら、金持ちの倉を襲って腹一杯食ってから死んでやる。どうか今夜の略奪が上手くいきますように。俺からすべてを奪った世界への、せめてもの復讐に』

『神様、お腹が空きました。もう泥水は飲みたくないです。パンの端っこだけでいいので、どうかください』

『お許しください。生きるために、隣の家から僅かな干し肉を盗んでしまいました。地獄に落ちるのは私一人で構いません、どうか妻と子供だけは許してください……』

『神よ。私の寿命はもう十分です。どうか私が明日目覚めぬよう、痛みのない眠りをお与えください』

『もしも神様がいるなら教えてください。なぜ正直に生きる私たちが餓死し、倉庫に食い物を隠し持っている王族や貴族が生き延びるのですか。これがあなたの望んだ世界ですか』


「気づいたようですね」


 エンジュが俺の気持ちを察した。


「食糧不足……でしょうか? 食べ物を求める声が多いように思います」

「そうです。勇者の活躍により、オルディアの人々は魔獣の襲撃を乗り越えました。しかし、いまは大きな食料問題に悩まされています。それゆえ、魔族が打倒されたあとも信仰心は高く保たれているのです」

「魔族のあとに飢饉? 災害が連続したんですか?」

「いいえ。魔王の指示です。魔王はこの襲撃でオルディアを完全に支配下に置くため、『人間のエネルギー源である食糧』と『食糧を採取するための農地や港』を徹底的に破壊しました」

「なんだって?」


 人間同士の戦争であれば、食糧は互いに必要だ。

 戦うためにも生きるためにも、まずは食糧から考える。

 しかし、魔族は人間しか食べられない。

 人間の食糧なんて、必要最低限だけ確保しておけば、あとは雑草や石と変わらないのだろう。


「王族はなにをしているのですか? 備蓄食糧くらいはあるでしょう? 近隣諸国に援助を求めることもできるはずです」


 必要なものが足りなければ、臨時的な対応をするしかない。

 保管しているものを放出するか、他国から輸入するかだ。

 過去、中東の戦争で石油が不足したときに、日本はそうやって対処した。


 俺が強い調子で言うと、エンジュは「そうですね」と言い、これまでのオルディアの顛末を簡単に説明してくれた。


 魔族の襲撃により、町や村が燃やされ、農地や港も破壊されたこと。

 復興どころか今日の食糧も失った人々が、オルディア王家に助けを求めたこと。

 緊急事態と考えたオルディア王家は、最初は人々の願いに応え、食料を援助したこと。

 しかし飢えた人々が増え続けた結果、配給から三日後に食料庫の扉を閉じたこと。

 隣国にも助けを求めたが、充分な大きさを持つ船は少なく、代わりとなりそうな戦艦も前回の戦争で沈没させられたこと。


「解決策がほぼないわけですね」


 俺はオルディアの人たちのことを考えた。

 食料はなく、食料を作るための畑は潰され、王家は援助してくれそうにない。

 周囲を海で囲まれているから、他国に逃げることも不可能だ。

 加えて、隣国から食糧が届く見込みもゼロ。


 絶望だ。

 明るい未来が見えない。


「しかもオルディア王家は、前回の襲撃を受けたとき、隣国に金銭で援助を求めています。その負債額が大きく、今後しばらくは返済に追われるでしょう」

「文字通りの八方塞がりじゃないですか」

「そうです。そしてなにより、勇者の休眠が効果的でした。これはあなたの貢献です」

「は?」


 エンジュがなにを言っているのかわからなかった。

 俺の貢献?


「不幸を感じたとき、人間は、最後の手段として神に祈ります。そして勇者こそ、神の奇跡を体現する存在。しかし勇者は、瞬間移動の魔法に付記された呪いにより、三年間の眠りについてしまった」

「それが……あなたの言う『私の貢献』ですか?」

「はい。現在のオルディアの人々の悲しみはとても深い。だから信仰心が下がりそうにないのです」

「認められない」

「え? なにか言いましたか?」


 無意識に口から言葉が出ていた。

 認められない、と。

 それはたぶん、俺の心の底の叫びだ。

 俺は現状を認められない。


 勇者の瞬間移動と休眠は、あの時点でベストだったはずだ。

 絶望を広めるだなんて思ってもいなかった。

 可能であれば、時間を戻してやり直したいが、時間を戻す奇跡は起こせそうにない。


「正確に現状を把握したいと思います。地上に転移しますが、よろしいですね?」


 だから俺は、現在に目を向ける。

 問題を解決するために。

 あるいは被害の拡大を抑えるために。


「わかりました。気は乗りませんが、同行します」

「気が乗らないなら、一緒に来なくてもいいんですよ」

「そういうわけにはいきません。私はあなたの監視者ですから」

「好きにしてください」


 失った食糧、踏み潰された畑、沈められた大型船、多額の借金、勇者の休眠……

 なんでも良い。

 なんでも良いから、障害を取り外さなければいけない。

 そして俺は、オルディアの人々の希望を取り戻す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ