第7話 治療設備が告げた正体
ゴミ箱ハウスへ戻ると、入口の簡易トラップがニゴに反応した。
侵入者を検知。
雷撃準備。
「待て待て待て!」
俺は慌てて腕輪を操作した。
トラップの先端に青白い光が集まっている。
その正面には、俺たちの後ろを歩いてきた巨大な廃棄守衛。
ニゴは片膝をつき、攻撃を受ける構えを取った。
「ニゴは味方! 配下登録されてるだろ!」
識別情報を更新します。
対象:廃棄守衛二号。
個体名:ニゴ。
分類:拠点防衛設備。
雷撃準備を解除しました。
光が消える。
「危なかった……」
「ニゴ、撃たれなくてよかった」
リュシアがニゴの黒い装甲を撫でた。
ニゴは反応しない。
だが、兜の青い光がほんの少し弱まった気がした。
「こいつ、ゴミ箱ハウスには入れないな」
入口よりニゴの体のほうが大きい。
無理に入れば、俺たちの家が一瞬で壊れる。
「外で待機させるか」
俺が命じると、ニゴは入口の横に座った。
巨大な盾を前に置き、大剣を膝の上に載せる。
これだけで、拠点の見た目がかなり物騒になった。
空き巣は絶対に来ないだろう。
魔物も、たぶん近づかない。
「さて」
俺はゴミ箱ハウスの中央に素材を並べた。
清浄な水晶片。
治癒布。
安定魔石。
ようやく揃った。
腕輪に設計画面が表示される。
簡易治療設備。
設置には二平方メートル以上の空間が必要です。
俺は狭い室内を見回した。
寝床。
保管用のガラクタ箱。
水の魔道具。
調理に使っている火の杖。
壁から伸びる無数の端子。
「場所がない」
「ここ、狭いから」
「家を広げるか」
拠点拡張機能を開く。
必要素材:
金属板、十二枚。
石材、三十個。
接続魔石、二個。
作業時間、推定六時間。
「六時間……」
自分で作るなら、だ。
だが、今の俺にはニゴがいる。
試しに素材の運搬と壁の撤去を命じてみる。
外にいたニゴが立ち上がった。
大きな手で鉄箱の側面を掴む。
べきべきべき。
「ちょっと待て! 力加減!」
壁が丸ごと剥がされた。
リュシアの白い髪が風圧で揺れる。
俺たちの家に、巨大な穴が開いた。
「壊れた」
「拡張中だ!」
「穴が開いただけ」
「ここからよくなる予定!」
ニゴに細かく指示を出し直す。
壁を外す。
床を平らにする。
金属板を並べる。
隙間を埋める。
俺はスライム粘液と金属同調を使って、継ぎ目を接着していく。
リュシアは使えそうな部品を仕分けた。
作業を始めて一時間ほど。
ゴミ箱ハウスは、以前の倍近い広さになった。
相変わらず壁は鉄くず。
床も鉄くず。
屋根も鉄くず。
だが、寝床と作業場所を分けられるようになった。
拠点拡張を確認。
ゴミ箱ハウス:レベル2 → レベル3。
新規設備枠を解放。
拠点名を変更できます。
「来た!」
治療設備より先に、俺は拠点名変更画面を開いた。
あまりにも嬉しくて手が震える。
「リュシア、家の名前を変えられるぞ」
「ゴミ箱ハウスでいい」
「よくない!」
「覚えやすい」
「もっとかっこいい名前にする!」
俺はしばらく考えた。
地下要塞。
魔道具工房。
廃棄城。
ジャンク基地。
どれもしっくりこない。
迷った末、入力欄に文字を打ち込んだ。
廃棄工房。
登録しますか?
YES / NO
「これならどうだ」
リュシアは画面を見た。
「普通」
「普通でいいんだよ」
YESを押す。
拠点名を変更しました。
ゴミ箱ハウス → 廃棄工房。
勝った。
何に勝ったのかはわからないが、ようやく勝った。
全属性アンブレラステッキの名前も変更しようとした。
この装備名を変更するには、正式管理者権限が必要です。
「なんでだよ!」
俺の声が地下に響いた。
リュシアは笑っていた。
今度は、はっきりと。
まあ、いい。
彼女が笑ったなら、少しくらいダサい名前も我慢してやる。
俺たちは治療設備の組み立てに取りかかった。
まず、金属製の寝台を作る。
表面に治癒布を敷く。
その周囲へ清浄な水晶片を配置。
中心に安定魔石を接続する。
俺には、魔道具の内部構造が端子と配線に見えていた。
普通の魔法使いなら、魔法陣を描くのだろう。
俺は違う。
水晶から伸びた端子を安定魔石へ繋ぎ、治癒布の認識情報を光の球体へ送る。
モニター。
バッテリー。
センサー。
治療用装置。
前世の知識を頼りに、一つずつ接続していく。
最後に腕輪を近づける。
未登録設備を検出。
簡易治療設備として登録しますか?
YES。
設備を登録しました。
診断機能を解放。
低位治癒魔法を使用できます。
治療設備が淡い緑色に光った。
「できた……」
俺はその場に座り込んだ。
長かった。
スライムを食って、カエルを食って、動くガラクタと戦った。
全部、このためだった。
「リュシア、横になってくれ」
彼女は少し緊張した様子で寝台に近づいた。
指先が震えている。
「怖いか?」
「少し」
「嫌なら止める」
「止めない」
リュシアは治癒布の上に横たわった。
白い髪が寝台に広がる。
俺は光の球体を起動した。
水晶片から細い光が伸び、彼女の体を包む。
診断を開始します。
外傷:軽微。
栄養状態:不良。
魔力経路:損傷。
呪詛反応:あり。
詳細解析を実行しますか?
俺はリュシアを見る。
彼女は黙ってうなずいた。
「実行」
水晶の光が強くなる。
リュシアの胸元にある黒い紋様が浮かび上がった。
花にも虫にも見えた模様が、ゆっくり形を変えていく。
線が枝分かれする。
互いに繋がる。
その形を見て、俺は息を止めた。
見覚えがあった。
「これ……基板だ」
「きばん?」
「魔力の通り道じゃない。回路だ」
黒い紋様は呪いではなかった。
少なくとも、ただ相手を苦しめたり殺したりするものではない。
何かを接続するための回路。
人間の体を、魔道具の一部に変えるものだ。
解析結果が表示される。
対象術式の分類を更新。
名称:異界接続用生体端末。
接続先:不明。
通信状態:待機中。
「生体端末……」
俺は拳を握った。
研究院の連中は、リュシアを魔道具に変えた。
第八層にある何かと接続するために。
「治せる?」
リュシアが聞いた。
その声は静かだった。
でも、目は俺をまっすぐ見ている。
俺は表示を読み進める。
術式の除去は可能。
必要条件:
正式管理者権限。
接続元設備の停止。
対象との同期解除。
「今は、無理だ」
嘘はつけなかった。
「でも方法はある。正式な管理者権限を取って、第八層にある接続元を止めれば、たぶん外せる」
「第八層……」
リュシアの表情が曇る。
「怖いか?」
「怖い」
「俺もだ」
俺は彼女のそばに座った。
「だから今すぐ行く必要はない。装備を整えて、ニゴも修理して、それから行こう」
「カイは、逃げないの?」
「逃げたいよ」
即答した。
「できることなら安全な場所で寝て、飯食って、ゲームして暮らしたい」
前世では、それをやっていた。
何もせず。
何も選ばず。
誰かに面倒を見てもらって。
でも、その人生はもう終わった。
「ただ、リュシアを置いて逃げたら、たぶん一生後悔する」
リュシアは黙っていた。
やがて顔を横に向け、かすかな声で言った。
「変な人」
「知ってる」
診断画面に、新しい警告が表示された。
異界接続用生体端末が外部信号を受信。
強制接続まで、残り十秒。
「え?」
九。
八。
リュシアの黒い紋様が光り始める。
「カイ……何か、聞こえる」
七。
「誰かが呼んでる」
六。
「接続を止めろ!」
俺は画面を操作した。
停止。
拒否。
切断。
どれを押しても反応しない。
権限不足。
五。
リュシアの体が寝台から浮かび上がった。
白い髪が水の中にいるように揺れる。
四。
治療設備の水晶にヒビが入る。
三。
空中に、黒い四角形が現れた。
扉。
いや、画面だ。
その向こうに、何かがいる。
二。
俺は全属性アンブレラステッキを治療設備へ接続した。
火でも雷でもない。
認証魔法を全出力で流し込む。
「俺の住民に、勝手に接続するな!」
一。
黒い画面の向こうで、巨大な目が開いた。
人間のものではない。
縦に裂けた瞳が、俺を見た。
接続完了。
異界存在を確認。
管理者候補を検出しました。
声が頭の中に直接響く。
『ようやく見つけた』
俺の腕輪が、赤く染まった。
『三人目の異界人』
その瞬間、廃棄工房のすべての光が消えた。




