第5話 治療設備と壊れた医療棚
清浄な水晶片を持ち帰った俺を見て、リュシアは少しだけ目を丸くした。
「本当に、取ってきた」
「疑ってたのか?」
「少し」
「正直でよろしい」
俺は袋から水晶片を取り出し、ゴミ箱ハウスの床に並べた。
透明な欠片が、光の球体に照らされて淡く輝く。
さっきの監視水晶群はかなり気持ち悪かったが、こうして見ると素材としては綺麗だった。
腕輪の画面が自動で開く。
治療設備素材。
清浄な水晶片:完了。
治癒布:未取得。
安定魔石:未取得。
残り二つ。
俺は次の目的地を確認した。
医療廃棄棚。
そこに治癒布があるらしい。
名前だけ聞けば、旧照明区画よりはマシに思える。
だが、ここは地下廃棄場だ。
油断すると絶対に変なものが出る。
「次は医療廃棄棚に行く」
「私も行く」
リュシアが即答した。
俺は首を横に振った。
「まだ無理だろ。立つだけでふらついてたし」
「もう少し動ける」
「少し動けるやつは、少し動いたあと倒れるんだよ」
「……置いていかれるのは嫌」
その言葉で、俺は返事に詰まった。
リュシアは俺を見ていなかった。
膝の上で、自分の手を握っている。
細い指。
黒い呪いの紋様が、手首のあたりまで伸びていた。
彼女は、ここに捨てられた。
一人で。
動けないまま。
暗い鉄格子の中で、助けが来るかどうかもわからずに。
置いていかれるのが怖いのは、当然だった。
俺は頭をかいた。
「わかった。でも無理はするな。危なくなったらすぐ戻る」
リュシアは小さくうなずいた。
「うん」
「あと、俺の後ろを歩け。前に出るな」
「わかった」
「それとトラップとか変な魔道具に触るな」
「あなたよりは慎重」
「反論できないのが悔しい」
俺は装備を整えた。
全属性アンブレラステッキ改め、仮称・魔道具ハブ。
リュシアに「アンブレラステッキはださい」と言われたので、名称変更を試みた。
だが腕輪の登録名はまだ変更できない。
画面には無慈悲にこう表示されている。
全属性アンブレラステッキ。
「くそ……」
いつか絶対変えてやる。
リュシアには、拾った短剣を渡した。
俺の修復粘液で少し直したものだ。
刃こぼれは残っているが、ないよりはマシだ。
「使えるか?」
「少しなら」
リュシアは短剣を握った。
手慣れている、というほどではない。
だが、刃物を持ったことがない動きでもなかった。
研究院にいたと言っていたが、そこで何をさせられていたのか。
詳しく聞くのは、まだ早い気がした。
医療廃棄棚は、旧照明区画とは反対側にあった。
道中、スライムを二匹倒した。
一匹は火で焼き、もう一匹は雷で止めてからリュシアにとどめを刺してもらった。
短剣に俺のスライム粘液を塗ると、スライムの体に少しだけ刃が通った。
「倒せた」
リュシアが小さく呟いた。
驚きと、少しの嬉しさが混ざった声だった。
「やるじゃん」
「あなたの粘液のおかげ」
「言い方」
「ぬめぬめのおかげ」
「悪化してる」
リュシアはほんの少し笑った。
本当に少しだけ。
でも、昨日よりずっと表情が増えている。
その変化が、妙に嬉しかった。
医療廃棄棚に近づくにつれて、空気の匂いが変わった。
腐敗臭の中に、薬品のような匂いが混ざる。
ツンと鼻を刺す。
壁には白いタイルの破片が残っていた。
かつては清潔な場所だったのかもしれない。
今は見る影もない。
床には割れた瓶、錆びた器具、黒ずんだ包帯が散乱している。
リュシアが俺の袖を掴んだ。
「ここ、嫌な感じがする」
「俺も」
腕輪の画面が警告を出した。
医療廃棄棚。
状態:汚染。
残存魔道具:多数。
危険:自動治療機構の暴走。
「自動治療って、味方っぽい名前なのに」
「暴走しているなら危険」
「だよなあ」
奥へ進むと、棚が見えた。
壁一面に並ぶ金属製の棚。
その中に、まだ白さを保った布がいくつか残っている。
治癒布。
目的の素材だ。
だが、その手前に何かがいた。
人型。
白い服。
長い腕。
頭には丸い鏡のようなものがついている。
医者、に見えなくもない。
ただし、体は金属と布でできていて、背中から無数の注射器のような器具が生えていた。
腕輪が表示する。
自動治療人形。
状態:暴走。
行動目的:患者の修復。
危険:過剰治療。
「過剰治療って何?」
俺が小声で聞くと、リュシアが青い顔で答えた。
「治療しすぎて、壊すこと」
「最悪の医者じゃねえか」
自動治療人形が、ぎぎ、とこちらを向いた。
鏡の頭に、俺とリュシアの姿が映る。
次の瞬間、音声が流れた。
「患者を確認。損傷多数。治療を開始します」
「結構です!」
俺は即答した。
しかし相手は聞いていない。
背中の注射器が一斉にこちらを向いた。
「走れ!」
俺はリュシアの手を引いて横へ飛んだ。
さっきまで立っていた場所に、針が突き刺さる。
床の石が泡を吹いて溶けた。
「治療薬じゃないだろあれ!」
「たぶん、強制再生液」
「名前だけは良さそうなのに!」
自動治療人形が滑るように近づいてくる。
動きが妙に滑らかで気持ち悪い。
俺は雷撃を撃った。
人形の体が一瞬止まる。
だが、胸部の魔石が光ると、すぐに再起動した。
「効きが悪い!」
画面を見る。
弱点:中心制御核。
注意:損傷部位を自己修復。
推奨:拘束後、制御核摘出。
「摘出って、こっちが手術する側かよ」
自動治療人形の腕が伸びる。
金属の指が、リュシアに向かった。
俺は土壁を出して防ぐ。
だが、指先のメスが土壁を綺麗に切り裂いた。
「カイ!」
リュシアが短剣を投げた。
刃は人形の腕の関節に刺さる。
一瞬だけ動きが鈍った。
「ナイス!」
俺は風魔法で距離を取り、火魔法を混ぜる。
熱風を浴びせる。
白い布の体が焦げる。
だが、背中の注射器から液体が噴き出し、焦げた部分を修復していく。
「自己修復が面倒すぎる!」
「制御核を取れば止まる」
「わかってるけど近づきたくない!」
リュシアが俺の腕輪を見た。
「認証は?」
「え?」
「あなた、鍵を開けた。あれにもできない?」
その手があった。
俺は光魔法の認証を起動する。
自動治療人形に白い光を当てる。
ピコン。
所有者情報を検出。
医療廃棄棚所属。
管理権限不足。
強制停止には管理者レベル3が必要です。
現在レベル2。
「足りない!」
「じゃあ上げて」
「今すぐ!?」
自動治療人形が再び針を構える。
俺は奥歯を噛んだ。
管理者レベルを上げるには、破損管理ユニットか、それに近いものが必要だった。
なら、この人形の制御核を取るしかない。
結局そこだ。
「リュシア、少しだけ時間を稼げるか?」
「少しなら」
「本当に少しでいい」
俺は全属性アンブレラステッキの画面を開いた。
風。
土。
水。
スライム粘液。
金属同調。
これを組み合わせる。
即席で作る。
拘束具を。
俺は床に手をついた。
スライム粘液を大量に出し、そこへ土魔法を混ぜる。
泥のような粘液が床を這う。
さらに廃棄守衛から得た金属同調で、周囲の金属片を巻き込む。
ぬめる金属の鎖。
見た目は最悪。
だが、動く。
「いけ!」
粘液の鎖が自動治療人形の足に絡みついた。
人形が体勢を崩す。
リュシアが短剣を拾い、腕の関節を狙って斬りつける。
刃は浅い。
だが十分だった。
自動治療人形の動きが止まる。
俺は走った。
正面から飛び込む。
怖い。
針が見える。
メスが見える。
でも、ここで引いたら終わる。
「うおおおお!」
俺は自動治療人形の胸に手を突っ込んだ。
金属の隙間。
熱い。
痛い。
指先が切れる。
それでも奥に硬いものが触れた。
制御核。
俺はスライム粘液を指先にまとわせ、無理やり掴む。
自動治療人形が叫んだ。
「患者の抵抗を確認。鎮静処置を」
「黙れヤブ医者!」
俺は制御核を引き抜いた。
ぶちん、という嫌な音。
自動治療人形の体がびくんと跳ねる。
そして、糸が切れたように崩れた。
静かになった。
俺は床に座り込んだ。
右手は血だらけだった。
でも指は動く。
リュシアが慌てて駆け寄ってくる。
「手」
「大丈夫。たぶん」
「大丈夫じゃない」
リュシアは棚から白い布を一枚取った。
治癒布。
それを俺の手に巻く。
布が淡く光り、痛みが少し引いた。
切り傷がゆっくり塞がっていく。
「おお……」
「これが治癒布」
「便利だな」
「本当は、捨てるものじゃない」
リュシアの声が少し低くなった。
俺は周囲を見た。
棚にはまだ使えそうな治癒布や薬品がいくつも残っている。
なのに、ここに捨てられている。
壊れているから。
古いから。
危ないから。
それだけの理由で。
人間も魔道具も同じだ。
役に立たないと判断されたら、ここへ落とされる。
俺は引き抜いた制御核を見た。
白く濁った魔石。
腕輪が光る。
破損制御核を回収。
権限経験値を獲得。
仮管理者レベル:2 → 3
新規権限を解放。
低位医療機構の操作が可能になりました。
「レベル上がった」
俺が言うと、リュシアが目を伏せた。
「これで、治療設備を作れる?」
「あと安定魔石が必要だ」
「廃棄守衛二号」
「言わないでくれ。現実になる」
だが、避けては通れない。
リュシアの呪いを調べるには、安定魔石が必要だ。
そして安定魔石は、廃棄守衛二号が持っている。
俺は治癒布を回収し、使えそうな薬品も袋に詰めた。
その時、壊れた自動治療人形の鏡頭が、かすかに光った。
再生可能な記録を検出。
再生しますか?
YES / NO
俺とリュシアは顔を見合わせた。
「見る?」
「危険かもしれない」
「でも、手がかりかもしれない」
リュシアは少し迷ってからうなずいた。
俺はYESを押した。
空中に映像が浮かぶ。
白い部屋。
ベッドに寝かされた子どもたち。
その中に、幼いリュシアがいた。
今よりさらに小さい。
首元には、まだ呪いの紋様がない。
白衣の男が言う。
「古代魔道具読解適性、極めて高い。第八層接続実験に使用する」
別の声が答える。
「危険すぎます。前回の被験者は魂魄が崩壊しました」
「問題ない。失敗作は廃棄すればいい」
映像の中の幼いリュシアが、泣いていた。
リュシア本人は、無言でそれを見ていた。
俺は拳を握った。
胸の奥に、熱いものが溜まっていく。
俺を捨てた王たちにも腹が立つ。
でも、これはそれとは別だ。
子どもを道具みたいに使って、壊れたら捨てる。
そんなものは、許せるわけがない。
映像が途切れる。
医療廃棄棚に静寂が戻った。
リュシアは俯いていた。
「……覚えてないと思ってた」
小さな声だった。
「でも、少し覚えてる。痛かった。怖かった。誰も助けてくれなかった」
俺は何を言えばいいかわからなかった。
軽い慰めなんて、たぶん意味がない。
だから、俺は言った。
「今度は助ける」
リュシアが顔を上げた。
「俺はまだ弱いし、ゴミ箱暮らしだし、武器の名前もださい。でも、助ける。君の呪いも、第八層のことも、全部調べる」
リュシアはしばらく俺を見ていた。
それから、小さくうなずいた。
「うん」
その一言だけだった。
でも、十分だった。
俺たちは治癒布を持って、ゴミ箱ハウスへ戻った。
治療設備素材。
清浄な水晶片:完了。
治癒布:完了。
安定魔石:未取得。
残る素材は一つ。
廃棄守衛二号。
拠点に戻った俺は、光の球体にマップを表示した。
廃棄守衛二号の反応は、思ったより近くにあった。
旧搬送路。
上層搬出口へ向かう道の途中。
つまり。
「出口を守ってるのか」
俺が呟くと、腕輪が震えた。
警告。
廃棄守衛二号は、正常稼働個体です。
推定戦闘力、廃棄守衛一号の三倍。
「三倍……」
俺は乾いた笑いを漏らした。
リュシアが真顔で言った。
「逃げる?」
「逃げたい」
「でも行く?」
俺は頷いた。
「行く」
出口へ向かうためにも。
リュシアを治すためにも。
俺たちは、そいつを倒さなければならない。




