第4話 白髪の少女とゴミ箱ハウス
目が覚めると、誰かに見られていた。
「……」
白い髪の少女、リュシアが、じっと俺を見ていた。
鉄箱の天井に取り付けた光の球体が、薄く部屋を照らしている。
ここは地下第七層。
俺の拠点。
ゴミ箱ハウス。
名前はまだ変えられない。
「おはよう」
俺がそう言うと、リュシアは少しだけ首を傾げた。
「……おはよう」
声は昨日よりはっきりしていた。
顔色も少しだけ戻っている。
まだ頬はこけているが、少なくとも今すぐ死にそうではない。
よかった。
「体は?」
「少し、動く」
「なら水飲め。あと、これ食えるか?」
俺は焼きネズミ肉を差し出した。
リュシアはそれを見た瞬間、眉を寄せた。
「……くさい」
「わかる」
「これ、食べ物?」
「ギリギリ」
「ギリギリのものを出さないで」
助けた相手の言葉がわりと鋭い。
でも元気が出てきた証拠だと思うことにした。
俺は水の魔道具で水を出し、割れたカップに注いで渡した。
リュシアは両手で受け取り、少しずつ飲む。
その仕草は上品だった。
こんな場所に似合わない。
いや、そもそもこんなゴミ箱に似合う人間なんていない。
「リュシアは、なんでここに捨てられたんだ?」
俺が聞くと、リュシアの手が止まった。
少し沈黙。
聞くのが早すぎたかもしれない。
そう思った時、彼女はぽつりと言った。
「呪われているから」
「呪い?」
「そう言われた」
リュシアは自分の胸元を押さえた。
ぼろぼろのローブの下、鎖骨のあたりに黒い紋様が見えた。
花のようにも、虫の脚のようにも見える不気味な模様。
それが肌に焼きついている。
俺の腕輪が勝手に反応した。
呪詛反応を検出。
形式:封印型。
状態:進行中。
危険度:中。
解析には上位権限が必要です。
「……見えるの?」
リュシアが目を見開いた。
「見える。なんか黒いやつ」
「普通は、見えない」
「俺、普通じゃないからな」
自分で言って少し悲しくなった。
魔力ゼロ。
スライム体質。
ゴミ箱管理者。
普通からはだいぶ遠い。
リュシアはしばらく俺を見て、それから小さく言った。
「私は、王都の研究院にいた」
「研究院?」
「魔道具を調べる場所。私は、古い魔道具を読むことができた」
読む。
その言葉に引っかかった。
「文字が読めるってことか?」
「違う。魔道具に残った記録。声、記憶、使われた魔法の跡。そういうもの」
俺は腕輪を見た。
廃棄場管理端末。
光の球体。
認証魔法。
俺に見えている画面とは別の形で、彼女は魔道具の情報を感じ取れるのかもしれない。
「便利そうなのに、なんで捨てられたんだ?」
「便利だったから」
リュシアは淡々と言った。
「研究院の地下で、開けてはいけない魔道具を読まされた。そこに呪いがあった。私は失敗作になった。だから捨てられた」
淡々としすぎていて、逆に胸が重くなった。
役に立つ間は使われる。
壊れたら捨てられる。
俺と同じだ。
俺は何と言えばいいかわからず、視線をそらした。
その時、腕輪が震えた。
拠点機能を更新しました。
住民:1名。
リュシア。
状態:衰弱、呪詛進行中。
推奨:治療設備の構築。
必要素材:
清浄な水晶片。
治癒布。
安定魔石。
「治療設備……」
俺は表示を読み上げた。
リュシアが不思議そうにこちらを見る。
「なに?」
「君の呪い、たぶん治療設備があれば調べられる。完全に治せるかはわからないけど」
「治せるの?」
声が少しだけ震えていた。
初めて、彼女の表情が崩れた。
期待していいのか、怖がっているのか、その両方みたいな顔だった。
俺は断言できなかった。
だから、正直に言った。
「わからない。でも、何もしないよりはマシだ」
リュシアは俯いた。
白い髪が頬に落ちる。
「……なら、手伝う」
「動けるのか?」
「少しなら」
そう言って立ち上がろうとしたリュシアは、すぐにふらついた。
俺は慌てて支える。
「少しも動けてないだろ」
「……昨日よりは動ける」
「比較対象が死にかけだからな」
結局、リュシアは拠点で休ませることにした。
代わりに、必要素材の場所を探す。
腕輪のマップを開くと、三つの候補地が表示された。
清浄な水晶片:旧照明区画。
治癒布:医療廃棄棚。
安定魔石:廃棄守衛二号、または同等個体。
最後だけ嫌すぎる。
「また守衛かよ……」
廃棄守衛一号ですら死にかけた。
二号が弱い保証はない。
というか、普通こういうのは二号のほうが強い。
俺は装備を確認した。
全属性アンブレラステッキ。
小型杖。
光の球体。
金属片防具。
スライム魔石。
廃液ガエルの魔石のせいで、口の中にまだ嫌な酸っぱさが残っている。
耐酸性と水中呼吸補助はともかく、舌伸縮は本当にいらない。
試しに舌を出してみた。
びろん、と少し伸びた。
「うわっ」
リュシアが無表情で見ていた。
「気持ち悪い」
「俺もそう思う」
でも能力は能力だ。
使い道はあるかもしれない。
いや、あってほしくない。
まずは一番近い旧照明区画へ向かうことにした。
清浄な水晶片なら、治療設備だけでなく光の球体の強化にも使えそうだ。
「留守番頼む。入口のトラップは触るなよ。たぶん雷が出る」
「たぶん?」
「俺の作ったものに確実性を求めないでほしい」
「不安」
「俺も不安」
リュシアは少しだけ笑った。
ほんの一瞬だったが、昨日より人間らしい顔だった。
俺は拠点を出て、旧照明区画へ向かった。
道中、スライムを二匹倒した。
昨日より動きやすい。
雷と火の切り替えも慣れてきた。
腕輪の画面操作も、だんだん感覚でできるようになっている。
ゲームのショートカットキーを覚えるみたいなものだ。
慣れれば早い。
旧照明区画は、天井が高い場所だった。
壊れた光の球体が、天井や壁に無数に埋め込まれている。
そのほとんどは割れていた。
だが、いくつかはまだ淡く光っている。
まるで地下の星空だ。
「おお……」
ゴミ箱の中で初めて、少し綺麗だと思った。
床には透明な破片が散らばっている。
清浄な水晶片。
目的の素材だ。
俺が拾おうとした瞬間、背筋が冷えた。
天井の光が、一斉にこちらを向いた。
いや、違う。
光ではない。
目だ。
割れた水晶の中に、目玉のようなものが浮かんでいる。
腕輪が警告を出す。
監視水晶群。
状態:暴走。
弱点:暗闇、衝撃。
注意:視線固定。
次の瞬間、無数の光が俺を照らした。
体が動かない。
「っ……!」
金縛り。
いや、視線で固定されている。
指一本動かせない。
心臓だけがうるさい。
天井の水晶から、細い光線が集まり始める。
まずい。
撃たれる。
その時、俺の舌が勝手に伸びた。
「べっ!?」
びろん、と伸びた舌が、近くの壁に張り付く。
意味がわからない。
だが、張り付いた舌が強く縮んだ。
俺の体が横へ引っ張られる。
光線が、さっきまで俺がいた場所を焼いた。
石床が赤く溶ける。
「舌伸縮、有能なのかよ!」
認めたくない。
でも助かった。
俺は壁に叩きつけられながら、闇を作る方法を探した。
弱点は暗闇。
なら光を消せばいい。
水魔法?
土壁?
いや、もっと早い方法がある。
俺は土魔法で天井付近に泥をばらまいた。
さらに水魔法を混ぜる。
泥水が光る水晶にかかり、視界を塞いだ。
照明区画が一気に暗くなる。
視線固定が解けた。
「よし!」
俺は小型杖を構え、風魔法を選ぶ。
圧縮した風を弾丸のように撃つ。
割れた水晶が砕ける。
一つ。
二つ。
三つ。
天井から目玉入りの水晶が落ち、床で砕けた。
気持ち悪い。
だが、清浄な水晶片は取れる。
俺は監視水晶群を壊しながら、必要な分だけ水晶片を回収した。
その中に、一つだけ他と違うものがあった。
透明ではなく、薄い金色をした水晶。
触れた瞬間、光の画面が勝手に開く。
記録水晶を検出。
再生しますか?
YES / NO
「またこれか……」
普通なら危険なので触らない。
だが、リュシアが言っていた。
魔道具には記録が残る。
この廃棄場のことを知る手がかりかもしれない。
俺は少し迷ってから、YESを押した。
空中に映像が浮かぶ。
白衣の男たち。
巨大な地下施設。
そして、中央に置かれた黒い箱。
その箱には、見覚えのある端子が無数に刺さっていた。
USB。
HDMI。
LANケーブルみたいなものまである。
映像の中の男が言う。
「異界規格との接続に成功。勇者召喚術式は、魔法ではなく通信である」
俺は固まった。
勇者召喚。
魔法ではなく、通信。
じゃあ、俺は。
呼ばれたんじゃない。
接続されたのか?
映像が乱れる。
最後に、誰かの悲鳴が聞こえた。
「第八層を封鎖しろ! 向こう側が、こちらを見ている!」
映像はそこで途切れた。
俺は金色の水晶を握りしめたまま、しばらく動けなかった。
第八層。
開けてはいけない扉。
そこにあるのは、魔物じゃない。
たぶん、この世界と俺の前世を繋いだ何かだ。
腕輪が震える。
清浄な水晶片を獲得。
治療設備素材、1/3。
新規情報を取得。
クエスト更新。
第八層の正体を調査せよ。
「勝手にクエスト増やすなよ……」
俺は乾いた声で笑った。
でも、もう見なかったことにはできない。
俺がこの世界に来た理由。
魔法が使えない理由。
魔道具が端子に見える理由。
全部、第八層に繋がっている気がした。
俺は水晶片を袋に詰め、拠点へ戻ることにした。
まずはリュシアの治療設備。
それから第八層。
順番を間違えたら死ぬ。
たぶん。
いや、絶対。
ゴミ箱ハウスに戻ると、リュシアが入口のそばで座っていた。
「遅い」
「心配してくれたのか?」
「トラップが不安だった」
「俺じゃなくて?」
リュシアは少し考えてから言った。
「少しだけ」
その少しだけで、十分だった。
俺は清浄な水晶片を見せた。
「一つ目、取ってきた」
リュシアの目がわずかに明るくなる。
その顔を見て、俺は思った。
第八層の謎も大事だ。
俺がなぜ召喚されたのかも知りたい。
でも今は。
このゴミ箱の底で拾った仲間を、死なせないことが先だ。




