第2話 ゴミ捨て場の管理者権限
闇の奥で、赤い光がいくつも灯った。
一つ。
二つ。
十。
百。
捨てられたはずの魔道具たちが、ゆっくりと目を覚ましていく。
「……え、なにこれ」
俺は小型杖を握り直した。
足元では、さっき拾った黒い腕輪が俺の手首にぴったりとはまっている。
外そうとしても外れない。
まるで最初からそこにあったみたいに、肌に馴染んでいた。
空中に浮かぶ光の画面には、さっきから物騒な文字が表示されている。
廃棄場防衛機構、起動中。
残存戦力、再認識中。
管理者登録、仮承認。
仮?
そこ大事じゃない?
「本承認じゃないのかよ」
俺がぼやいた瞬間、ガラクタの山が崩れた。
ガラガラガラッ!
錆びた鎧。
折れた槍。
歪んだ盾。
割れた魔石。
それらが見えない糸で引っ張られるように宙へ浮かび、がしゃがしゃと組み合わさっていく。
やがて、俺の倍はある人型になった。
片腕は盾。
片腕は刃物。
頭部には割れた兜。
胸の中心では、ひび割れた赤い魔石が脈打つように光っている。
空中画面に文字が出た。
廃棄守衛一号。
状態:破損。
命令系統:混線。
警告:敵味方識別、不安定。
「不安定って言葉、今いちばん聞きたくなかったな!」
廃棄守衛一号が、ぎぎぎ、と首をこちらへ向けた。
兜の隙間の赤い光が、俺を捉える。
次の瞬間、巨体が突っ込んできた。
「うおっ!」
俺は慌てて横へ飛んだ。
さっきまで俺が立っていた場所に、盾の腕が叩きつけられる。
床が割れた。
石片が頬をかすめる。
痛い。
普通に死ぬやつだ。
「防衛機構って、俺を防衛するんじゃないのかよ!」
小型杖を振る。
雷撃。
青白い稲妻が廃棄守衛に直撃した。
バチンッ!
一瞬動きが止まる。
だが、すぐに再起動したみたいに首が動いた。
効いてはいる。
でも足りない。
「なら火!」
火球を撃つ。
古びた鎧に炎が燃え移る。
けれど相手はガラクタの集合体だ。熱さを感じるわけでもないらしい。
炎をまとったまま、今度は刃の腕を振ってきた。
「危なっ!」
床を転がる。
背中が痛い。
ズボンとパンツの間に差していた全属性アンブレラステッキが尻に食い込んだ。
「いってえ! そこはやめろ!」
涙目になりながら立ち上がる。
画面には、廃棄守衛一号の情報が表示され続けていた。
装甲:金属系。
弱点:中心魔石。
推奨:土属性拘束後、雷属性集中。
「攻略情報出してくれるなら最初から言ってくれ!」
俺は土魔法を選択した。
小型杖を振る。
床から泥のような土が盛り上がり、廃棄守衛の足首に絡みつく。
ずしん、と巨体が止まった。
さらに土壁。
左右から石の板がせり上がり、守衛の体を挟み込む。
ぎぎぎぎ、と嫌な音を立てながら、それでも守衛は動こうとする。
「止まってろ!」
雷撃。
一発。
二発。
三発。
中心の赤い魔石に向けて撃ち込む。
バチィッ!
魔石にヒビが走った。
だが、まだ壊れない。
画面の魔力残量が一気に減っていく。
雷属性残量、二発。
「足りるか……?」
廃棄守衛が土壁を砕いた。
片腕の刃が振り上げられる。
俺は奥歯を噛みしめた。
もう一発撃つ。
雷撃。
赤い魔石が大きく欠けた。
だが、まだだ。
刃が振り下ろされる。
最後の一発。
俺は小型杖を両手で握り、魔石へ向けた。
「壊れろ!」
雷撃。
青白い光が、一直線に走った。
中心魔石が砕け散る。
廃棄守衛一号の動きが止まった。
刃は俺の鼻先、数センチのところで止まっている。
「……死ぬかと思った」
いや、実際かなり死にかけた。
廃棄守衛は糸が切れたように崩れ落ちた。
ガラクタの山に戻る。
その中から、ひときわ大きな魔石が転がってきた。
赤く濁った、握り拳くらいの魔石。
空中画面に表示が出る。
破損管理ユニットを回収しました。
権限経験値を獲得。
仮管理者レベルが上昇しました。
仮管理者レベル:1 → 2
「レベルあるのかよ」
俺は思わず声に出した。
いや、あって困るものではない。
むしろ助かる。
ゲームっぽいものは嫌いじゃない。
前世での人生の大半は、だいたいゲームとネットでできていた。
問題は、これはゲームじゃなくて現実だということだ。
死んだら終わり。
コンティニューなし。
たぶんセーブもない。
俺は赤い魔石を拾った。
ずしりと重い。
スライムの魔石とは違う。硬くて、熱を持っている。
「これ……食えるのか?」
自分で言って、少し引いた。
昨日までの俺なら絶対にそんな発想はしなかった。
だが、スライムの魔石を食ってから、体がおかしい。
腹は減る。
でも普通の食べ物より、魔石に目がいく。
口の中に唾が溜まる。
「いやいやいや、これはさすがにない」
そう言いながら、俺は魔石を見つめた。
うまそうには見えない。
だが、体が欲しがっている。
スライムのぬめりを得た時と同じだ。
もしかしたら、魔石を食べることで、その魔物や魔道具の性質を取り込んでいるのかもしれない。
「……一口だけ」
俺は赤い魔石の端をかじった。
ガリッ。
硬い。
歯が折れるかと思った。
でも、噛めた。
中身は熱かった。
味はない。
ただ、舌の上で火花が弾けるみたいな感覚があった。
飲み込んだ瞬間、胸の奥が熱くなる。
腕輪が光った。
新規適性を確認。
金属同調、微弱。
破損修復、微弱。
「金属同調?」
試しに、近くに落ちていた曲がった短剣に触れる。
すると、指先からぬるりとした粘液が出た。
その粘液が短剣のヒビに入り込み、銀色に固まっていく。
折れかけていた刃が、ほんの少しだけまっすぐになった。
「……修理できる?」
完全に直ったわけではない。
でも、さっきよりマシになっている。
俺は目を見開いた。
スライムのぬめり。
廃棄守衛の金属同調。
この二つが混ざって、修復用の粘液みたいになっている。
「これ、クラフトできるやつだ」
地下のゴミ山が、さっきまでとは違って見えた。
壊れた杖。
割れた魔石。
曲がった金具。
欠けた水晶。
全部ゴミじゃない。
素材だ。
俺はガラクタの山に手を突っ込んだ。
まずは小型杖の接続部分を補強する。
次に、羽型端子の根元を修復する。
さらに、光の球体を腕輪と連動させる。
画面が少し安定した。
表示がちらつかなくなる。
「よし」
俺は壊れた盾の破片を拾い、粘液で小型杖の持ち手に貼り付けた。
持ち手の横に小さな防護板ができる。
見た目はひどい。
でも実用性はある。
次に、雷の携帯杖へ赤い魔石の欠片を組み込む。
雷属性残量の上限が増えた。
五十発。
さっきまで数発で息切れしていたのが嘘みたいだ。
「いいぞ。かなりいいぞ」
楽しくなってきた。
前世でPCを組んでいた時の感覚に近い。
古いパーツを寄せ集めて、なんとか動く一台を作る。
ジャンク品を直して、使えるようにする。
あの時はただの趣味だった。
でも今は、生きるための力だ。
その時、腕輪が震えた。
廃棄場内通信を受信。
音声データ、破損。
再生します。
ざざっ。
耳元でノイズが鳴った。
誰かの声が聞こえる。
「……第七……棄場……封鎖……」
女の声だ。
若い。
けれど、ひどく苦しそうだった。
「管理者……戻って……こない……」
ノイズが強くなる。
「下層に……落としては……いけない……」
俺は息を止めた。
下層?
つまり、この廃棄場にはまだ下がある。
そして、そこに何かがいる。
声は最後に、はっきりとこう言った。
「第八層の扉を、開けないで」
通信が途切れた。
静寂が戻る。
俺はしばらく動けなかった。
第八層。
開けるなと言われた扉。
そういうのは、だいたい開く。
物語的にも、人生的にも。
だが今の俺は、好奇心だけで突っ込めるほど強くない。
まずは準備だ。
武器。
食料。
拠点。
逃げ道。
そして、この廃棄場の地図。
俺は腕輪の画面を操作した。
マップ機能を探す。
あった。
ただし、ほとんどが黒塗りだった。
現在地。
地下第七層、外縁廃棄区画。
出口候補、三件。
上層搬出口。
魔物巣窟経由。
管理者用昇降機。
「昇降機……!」
俺の心臓が跳ねた。
上に戻れるかもしれない。
城へ。
俺を捨てた連中のところへ。
一瞬、怒りが湧いた。
役立たずと笑った騎士。
冷たい目を向けた神官。
俺を処分しろと命じた王。
そして、何も言わなかった姫。
忘れてはいない。
だが、今すぐ戻っても殺されるだけだ。
俺はまだ弱い。
ゴミ山で拾った力を、ちゃんと形にしないといけない。
「まずは拠点だな」
俺は周囲を見回した。
骸骨があり、壊れた壁があり、ガラクタの山がある。
少し離れたところに、半分潰れた鉄の箱のようなものがあった。
中は空洞。
入口は狭いが、スライム体質のせいか今の俺なら体をぬめらせて入れそうだ。
ちょうどいい。
「今日からここを家にする」
元ニート、異世界二度目の住居。
城の客室から、地下廃棄場の鉄箱へ。
落差がひどい。
でも、不思議と前より落ち着いた。
期待されていない。
見張られていない。
誰にも命令されない。
ここでは、俺が自分で考えて、自分で生きるしかない。
俺は鉄箱の入口に土壁を薄く張り、内側に光の球体を取り付けた。
水の魔道具から少量の水を出す。
火の魔道具で湿気を飛ばす。
壊れた布を敷き、スライム粘液で隙間を塞ぐ。
ひどい部屋だ。
でも、さっきよりずっとマシだった。
最後に、入口の横へ小型杖を一本固定する。
転送魔法で本体と繋げる。
簡易トラップ。
敵が来たら雷撃が出るように設定する。
画面に表示が出た。
簡易防衛設備を登録しました。
拠点名を入力してください。
俺は少し考えた。
そして、光のカーソルで文字を打つ。
ゴミ箱ハウス。
登録完了。
「……もう少しマシな名前にすればよかった」
変更ボタンは見つからなかった。
俺は諦めて、鉄箱の中に横になった。
体は痛い。
腹も完全には満たされていない。
明日どうなるかもわからない。
それでも、初めて少しだけ思った。
ここからなら、やり直せるかもしれない。
その時、腕輪が小さく震えた。
新規クエストを受信しました。
クエスト名。
第七層の生存者を確認せよ。
「……生存者?」
俺は跳ね起きた。
画面には、マップの端に小さな光点が表示されていた。
赤でも青でもない。
弱々しい、白い光。
そこに、誰かがいる。
このゴミ箱の底で。
俺以外の、誰かがまだ生きている。




