第1話 ゴミ箱の底で、俺は魔法を拾った
えっ。
終わった。
見えるのは、漆黒の闇。
体が宙に浮いている感覚。いや、違う。落ちている。
耳元で風が鳴っていた。胃が喉までせり上がる。手足をばたつかせても、掴めるものなんて何もない。
落下。
その言葉だけが、やけに冷静に頭の中で浮かんだ。
その瞬間、走馬灯が見えた。
前の人生。
たいしたことは何もしていなかった。
家では親に「PCの先生」なんて呼ばれて、Wi-Fiが繋がらないだの、プリンターが動かないだの、スマホの写真が消えただの、そういう時だけ頼られていた。
外ではただのニート。
昼夜逆転して、ネットを見て、ゲームをして、たまにコンビニへ行く。
そんなくだらない人生。
そのくせ、最後だけは妙にドラマチックだった。
たまたま外に出た日。
道路に飛び出した猫を見つけて、考えるより先に体が動いた。
猫は助かった。
俺はトラックに轢かれた。
本当に、くだらない人生だった。
そして今世。
例のごとく異世界転生。
目が覚めたら城の大広間。周囲には王様、姫、騎士、神官。みんなが俺を見ていた。
「勇者様!」
そう呼ばれた時は、正直ちょっと浮かれた。
今度こそ人生やり直せる。
そう思った。
けれど、現実は甘くなかった。
魔力測定。
結果はゼロ。
魔法適性なし。
剣の才能も普通。
身体能力も普通。
異世界転生者特典みたいなものも、何もなかった。
その日から、周囲の目は変わった。
勇者様から、役立たずへ。
救世主から、失敗作へ。
そして最終的に、俺はここに落とされた。
城の地下奥深く。
使えなくなった魔道具、壊れた武具、処分に困る実験体、そして死体。
そういうものをまとめて捨てる場所。
いわゆる、ゴミ箱行きだった。
落下とはいえ、途中から石造りの斜面に体を叩きつけられた。滑り台のような通路を、背中と尻と肘を擦りながら転がっていく。
「ぐっ、あっ、いって、待っ、止まっ」
止まるはずもない。
最後に、俺の体はガラクタの山へ突っ込んだ。
ガチャーン!
金属の悲鳴みたいな音が、地下の闇に響いた。
「い、いてて……」
痛い。
でも、生きている。
それだけで、少し安心してしまった。
また死ぬよりはマシだ。
周囲は暗かった。
湿った空気。カビの匂い。鉄錆の匂い。何かが腐ったような臭いも混ざっている。
手探りで起き上がると、指先に硬いものが当たった。
折れた杖。
ひしゃげた腕輪。
穴の空いた金属板。
砕けた水晶。
その奥には、白いものが見えた。
骸骨だった。
「……同じく、落とされた人か」
笑えなかった。
ここはゴミ捨て場であり、墓場でもあるらしい。
足元に転がっているのは、ほとんどが魔道具だった。
この世界の魔道具は使い捨てだ。
火を出す杖。水を生む壺。風を起こす扇。光を灯す球体。
便利ではあるが、一定期間使うと魔力が抜けて使えなくなる。
だから、役目を終えた魔道具はこうして捨てられる。
もっとも、魔法が使えない俺には関係のない話だった。
そう思っていた。
指先が、一本の古びた杖に触れた。
瞬間。
ぽうっ。
赤い光が、かすかに灯った。
「……え?」
思わず息を止めた。
壊れた杖の先端が、蛍みたいに弱く光っている。
残留魔力。
魔道具にわずかに残った魔力だ。
普通は魔法使いが触れれば反応する。だが、魔力ゼロの俺には反応しないはずだった。
「なんで……」
俺は杖を握りしめた。
薄赤い光が、ぼんやりと周囲を照らす。
そして、見えた。
ぬるり。
闇の向こうで、何かが動いた。
半透明の体。床を這う粘液。丸く膨らんだゼリー状の魔物。
「ス、スライム……!」
某RPGなら最弱の代名詞。
だが、この世界では違う。
物理攻撃がほとんど効かない。剣で斬っても潰しても、すぐ元に戻る。
魔法が使えない者にとっては、十分すぎるほど脅威だった。
スライムが跳ねた。
俺の顔面めがけて飛びかかってくる。
「うわああああ!」
反射的に、手に持っていた杖を振った。
その瞬間。
ぼっ。
杖の先から、小さな火球が飛び出した。
火球はスライムに直撃し、じゅうっという音を立てて蒸発させた。
ぬめった体が床に崩れ、煙のように消える。
あとには、丸い石だけが残った。
「……出た」
魔法が。
俺の手から。
いや、違う。
俺が魔法を使ったわけじゃない。
魔道具に残っていた魔力を、引き出せたのだ。
「残留魔力なら……俺でも使える?」
測定以来、魔道具なんて触らせてもらえなかった。
役立たずに高価な魔道具を持たせる意味がない。そう言われていたからだ。
だから、気づかなかった。
俺は魔法が使えない。
けれど、魔道具は使える。
しかも、普通の人間が見向きもしない、壊れかけの残骸からでも。
スライムの落とした丸い石を拾う。
魔石だった。
りんごくらいの硬さ。けれど表面は少し弾力があって、指で押すとわずかにへこむ。
腹が鳴った。
そういえば、城で最後に食事をしたのは昨日の昼だ。
地下には食べ物なんてない。
あるのはガラクタと骸骨と、たぶん魔物だけ。
俺は魔石を見つめた。
「……りんごだと思えば」
ごくり、と唾を飲み込む。
そして、かじった。
シャクッ。
本当に、りんごみたいな歯ごたえだった。
ただし味はない。
甘くもない。酸っぱくもない。うまくもない。
でも、まずくもなかった。
俺は無言で魔石を食べ続けた。
腹は少しだけ膨れた。
代わりに、口の中と喉の奥が妙にぬめった。
「……気のせいだな」
気のせいということにした。
手に持った火の杖が、さっきより少し明るくなっている。
「魔石を食うと、魔力が補充されるのか?」
試しに杖を振ってみる。
ぼっ。
火が出た。
もう一度振る。
何も出ない。
「一発だけかよ……」
どうやら魔石を食べても、自分自身が魔法使いになるわけではないらしい。
残留魔力を扱える量が、ほんの少し増えた程度か。
それでも十分だった。
少なくとも、完全な詰みではない。
俺は座り込み、手元の火の杖をじっくり観察した。
元は立派な魔道具だったのだろう。
だが今は、装飾は折れ、金属部分は禿げ、杖の本体には細かなヒビが入っていた。
そのうちの一箇所。
装飾が欠けた部分に、小さな穴があった。
「……USB?」
見覚えがあった。
前世で散々お世話になった、あの端子。
いや、そんなはずがない。
ここは異世界だ。魔法の世界だ。USBなんてあるわけがない。
でも、どう見てもそれだった。
「ついに頭がおかしくなったか……」
そう呟きながら、俺は杖の先端を見た。
反対側には、別の装飾パーツが付いている。
試しに地面に叩きつけてみた。
ガンッ。
装飾が割れ、中から銀色の突起が出てきた。
「……オス端子じゃねえか」
笑いそうになった。
いや、笑うしかなかった。
魔道具は、魔法の道具じゃない。
少なくとも俺には、そう見える。
これは、周辺機器だ。
俺はガラクタの山を漁った。
青い杖を見つける。先端には氷の結晶みたいな飾り。
「氷の杖か?」
地面に叩きつける。
同じように、先端からUSB端子が出てきた。
火の杖の端子を、氷の杖の穴に差し込んでみる。
カチッ。
青い光が、赤い杖へ流れ込んだ。
「……充電できる」
赤い杖が少し強く光る。
振ってみると、火が二回出た。
俺は息を呑んだ。
「これ、モバイルバッテリーだ」
壊れた魔道具同士でも、残留魔力を移せる。
つまり、捨てられた魔道具は全部、俺にとってはバッテリーだった。
そこからは夢中だった。
火の杖に、氷の杖、水の杖、風の杖、土の杖。
片っ端から端子を見つけ、繋ぎ、魔力を移す。
気づけば、火の杖は五十発ほど撃てる状態になっていた。
さらに俺は、携帯用らしい短い杖を見つけた。
小型で、先端に別の端子がある。
これを親機の杖に差し込む。
また一本。
また一本。
傘の骨みたいに、短い杖が放射状に繋がっていった。
完成したそれは、もはや杖というより、開きかけの傘だった。
「命名、炎のアンブレラステッキ」
ダサい。
でも、今の俺には最高に頼もしい武器だった。
それから俺はスライムを狩った。
火で焼き、魔石を拾い、食べる。
また焼き、また食べる。
そのうち、体からぬめりを自由に出せるようになった。
最初は最悪だった。
手が滑る。服が張り付く。寝る時に気持ち悪い。
でも、慣れると便利だった。
傷口に塗ると痛みが引く。
壁に塗ると、音を立てずに滑り降りられる。
体にまとえば、寒さも少しマシになる。
「スライム体質……ってことか?」
俺は自分の腕から出した粘液を見て、乾いた笑いを漏らした。
勇者としては失格。
だが、地下のゴミ箱では悪くない能力だった。
翌日。
たぶん翌日。
地下では時間の感覚が曖昧だった。
スライムを狩っている最中、アンブレラステッキから突然、雷が出た。
バチンッ!
青白い閃光が走り、スライムが一瞬で弾け飛ぶ。
「雷属性も混ざってたのか!」
俺は慌ててステッキを確認した。
先端に刺した携帯用杖の一本が、雷の魔道具だったらしい。
同じ要領で、氷、水、土、風の杖も繋いだ。
火。
水。
氷。
風。
土。
雷。
全属性。
「……できちゃったよ」
俺は完成した巨大な傘型魔道具を掲げた。
全属性アンブレラステッキ。
見た目は最悪。
だが性能は本物だった。
化けネズミを見つけた時は、雷で動きを止め、炎で炙った。
久々の肉だった。
ドブ臭かった。
でも食えた。
食えるというだけで、涙が出そうになった。
さらに探索を続けるうち、俺は光の魔道具を見つけた。
手のひらほどの球体で、内部に白い光が眠っている。
先端部分を引っこ抜くと、裏側に見慣れた形の端子があった。
「HDMI……?」
もう驚かなかった。
全属性アンブレラステッキの先端装飾も外す。
そこにも同じ端子があった。
球体を取り付ける。
瞬間、空中に半透明の画面が浮かんだ。
魔力残量。
接続中デバイス。
使用可能魔法。
火球。
氷槍。
水刃。
土壁。
風圧。
雷撃。
それらが箇条書きで表示されている。
「完全にPCじゃねえか……」
ステッキを振ると、カーソルのような光点が動いた。
四角いボックスを選ぶ。
魔法名を掴むように動かす。
別の携帯杖へドラッグする。
すると、魔法が移動した。
「魔法の管理画面……」
俺は笑った。
前世で唯一、人より少しだけ得意だったこと。
PC。
設定。
接続。
充電。
転送。
その全部が、この世界では魔法になった。
城の連中は、俺を魔法が使えない役立たずだと思った。
違う。
俺は魔法が使えないんじゃない。
この世界の魔法を、別のOSで認識しているだけだ。
近くに、翼の形をした魔道具が落ちていた。
壊れた飛行用の装備らしい。
左右の翼部分を外すと、細い端子が出てきた。
一本を全属性ステッキに刺す。
もう一本を、別の小型杖に刺す。
光の球体に文字が表示された。
転送魔法。
ペアリング中。
接続完了。
「まさか」
小型杖を振る。
本体のアンブレラステッキに入っていた氷魔法が、離れた場所から放たれた。
氷の槍が闇を裂き、壁に突き刺さる。
「遠隔転送……!」
本体が近くになくても、魔法を撃てる。
重くてゴテゴテしたアンブレラステッキを構えなくてもいい。
俺は羽型端子だけを小型杖につけ、アンブレラ本体はズボンとパンツの間に差し込んだ。
位置は最悪だが、両手が空く。
命には代えられない。
それから俺は、狂ったように魔道具のゴミを漁り始めた。
火の杖。
氷の腕輪。
風の靴。
土の盾。
水の壺。
毒の針。
眠りの鈴。
治癒の布。
爆発の宝石。
片っ端から壊し、端子を探し、接続し、画面に認識させた。
魔法には種類があった。
攻撃魔法。
防御魔法。
生活魔法。
状態異常魔法。
補助魔法。
そして、管理者権限が必要です、と表示される謎の魔法。
「管理者権限ってなんだよ……」
俺は画面を睨んだ。
その時。
奥の闇から、低い音がした。
ずるり。
ずるり。
スライムの音ではない。
もっと重い。
もっと湿っている。
腐った肉を引きずるような音。
光の球体を向ける。
そこにいたのは、人型だった。
いや、人だったものだ。
皮膚は灰色に変色し、腹は裂け、片腕は骨だけになっている。
骸骨ではない。
死体が動いていた。
「アンデッド……」
喉が乾いた。
この世界でアンデッドを倒すには、聖属性か火属性が必要だと言われている。
火ならある。
そう思って小型杖を構えた瞬間、画面が赤く点滅した。
警告。
対象に呪詛反応。
通常火炎、効果低。
「は?」
死体が跳ねた。
予想以上に速い。
俺は慌てて横へ転がる。
爪が頬をかすめ、熱い痛みが走った。
「くそっ!」
雷撃。
動きが止まる。
火球。
燃える。
だが、アンデッドは止まらない。
燃えながらこちらへ向かってくる。
「なんで死体のくせに根性あるんだよ!」
俺は後退しながら管理画面を見る。
聖属性魔法はない。
光魔法はある。
だが、光は照明と転送だけ。
いや。
本当にそれだけか?
俺は光の球体をタッチペンのように操作した。
光魔法フォルダ。
照明。
投影。
転送。
認証。
「認証?」
その魔法を小型杖へ移す。
アンデッドが目前まで迫る。
俺は反射的に杖を振った。
白い光が、アンデッドの額に当たった。
ピコン。
そんな場違いな音がした。
空中に文字が浮かぶ。
旧所有者情報を検出。
廃棄登録済み。
魂魄残滓、破損。
強制ログアウトしますか?
YES / NO
「YESに決まってんだろ!」
俺は叫びながら、光のカーソルをYESに叩きつけた。
次の瞬間。
アンデッドの体から、白い霧のようなものが抜けた。
糸が切れたように、死体が崩れ落ちる。
静寂。
俺は荒い息を吐きながら、膝をついた。
「……アンデッドって、ログイン状態だったのかよ」
意味がわからない。
けれど、わかったことがある。
この世界の魔法は、俺が思っていたよりずっとシステムに近い。
魔道具は端末。
魔力は電力。
魔法はアプリ。
魂はアカウント。
そして俺は、それを操作できる。
魔法使いではない。
管理者でもない。
ただの、前世でPC係をやっていたニート。
でも、この地下ではそれが最強の才能だった。
アンデッドの倒れた場所に、古びた腕輪が落ちていた。
黒い金属でできた、ひび割れた腕輪。
触れた瞬間、光の画面が勝手に開く。
未登録デバイスを検出。
名称:廃棄場管理端末
権限:地下第七層限定
状態:破損
接続しますか?
俺は、しばらく画面を見つめた。
地下第七層。
つまり、ここはただのゴミ捨て場ではない。
階層がある。
管理端末がある。
そして、おそらく出口も。
俺は笑った。
城の連中は、俺をゴミ箱へ捨てた。
けれど、間違っていた。
ここはゴミ箱なんかじゃない。
俺にとっては、宝の山だ。
「接続」
腕輪が、ぴたりと俺の手首に巻きついた。
次の瞬間、地下全体が低く唸った。
遠くで、巨大な何かが動き出す音がした。
画面に新しい文字が浮かぶ。
ようこそ、臨時管理者。
廃棄場防衛機構を起動します。




