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『赤い稲妻』と『あだ名付きAチーム』
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『赤い稲妻』と『あだ名付きAチーム』ACT 08

 神谷真理はイタリアの街を走る。

 人払いが済んでいるからか、人通りは少ない。

 走り抜ける神谷真理を通行人は振り返るが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 ミッチェルから無線。


『そのまま北西に進み続けてくれ。車両に乗られた。黒のSUVだ。検問で迂回を繰り返している。大した距離じゃない。君の足ならば追い付ける』


 神谷真理は疾走する。

 その速度は狙撃銃(AWM)仏陸軍小銃(HK416)に加えて拳銃(M92F)、それに弾倉を装備しているとは思えない程だ。

 それも当然だ。

 彼は100mを8秒で走破する走力を持っている。

 神谷真理は、その速度を長距離走においても維持(・・)する。

 現状の装備でも彼は100mを10秒前半で走り抜ける。

 その走破力は、装備が発泡スチロール製だと言われても納得する事は出来ないだろう


「誘導しろミッチェル!」


 神谷真理は更に速度を上げて、否、助走を付けて塀に飛び移る。

 そのままの勢いでホテルらしき建物の雨水排水管に捕まり振り子のように半回転して足を天高く上げ、配管の金具に引っ掛ける。

 今度は体幹で上体を起こしてホテルの二階のテラスの手摺に掴み、懸垂のように一気にテラスに上がる。

 ホテルの利用客らしき民間人と目が合った。

 短い悲鳴が上がるが、それにも慌てる事なく神谷真理は今度は右上の三階のテラスに向かって飛び、またテラスを掴み、同じ要領で上がる。

 そして屋根上へ上がり、また北西へ向けて走り出す。


『そのまま走り続けて。リチャードは検問を避けて右折した。……200m直進。その後隣の建物へ飛び移って』


 ホテルから次の建物へ移る。

 金属製の足場(エキスパンド)を音を鳴らして走る。

 168m程走った所で神谷真理はミッチェルの言う隣の建物を視認する。

 距離は、8mを超えている。

 走り幅跳びの世界記録は8m95。

 荷物も何も持っていない状態での記録だ。

 しかし神谷真理は10キロを超える装備。

 だが、彼はそれでも足を止める事はない。

 一気に足を踏み込んで建物の淵に移動、そのままの勢いで自分の体を空中に打ち出した。

 斜めに飛んだ彼は体操選手のように空中で体を丸めて回転させ、側転のように勢いを付ける。

 隣の建物に難なく飛び移った神谷真理。

 装備がなければ、世界記録は間違いなくこの瞬間に彼が塗り替えていただろう。

 そしてそれを間違いなくやってのけると疑問にも思わないミッチェルの神谷真理への信頼が窺えた。


『東へ! 真っすぐ!』


 方向転換して走り出す神谷真理。

 また建物が途切れる。

 目の前には中ほどからせり上がるように増築された四階建ての建物だ。

 位置関係としては、三階建ての屋根が神谷真理の目の前にあり、そこに飛び移ると、四階部分の斜めの壁が立ちはだかる。

 また建物を飛び移る。


『登って!』


 斜めの壁を助走の勢いだけで登り、四階の屋根へ。


『そのまま! 走って!』


 四階建ての建物が三つほど連なっている。


『一気に走り抜けて! 12秒後、飛び降りて!』


 理由も聞かず、走る神谷真理。

 12。

 建物を移る。

 11。

 その建物を走り抜ける。

 8。

 次の建物へ飛び移る。

 4。

 最後の建物を走り抜ける。

 1。

 神谷真理は建物の切れ目へ飛び込んだ。

 つまり、道路だ。

 そこには黒のSUV。

 拳銃を抜いて。

 ボンネットへ足から激突する。

 ワイパーを左手で掴み、急な落下物に慌ててハンドルを切った車体に振り落とされないようにする。

 右手で持った拳銃をフロントガラス越しに運転手に突きつける。

 目の前に突如現れた神谷真理に驚愕の表情を向ける男。

 歳の程は三十代後半に入った程度。

 黒いレザージャケットに包まれた上半身は、服越しにでも屈強だとわかる。

 男はすぐに状況を察してハンドルを安定させて腰から拳銃を抜く。

 しかし神谷真理の方が早い。

 連続して3発の銃声。

 男は引き金を引くよりも反射的にその手で自分の顔を庇う様に覆い隠す。

 致し方ない。

 だがその数瞬で神谷真理は次の行動に移る。

 拳銃を握った手を振りかざし、グリップでガラスを殴り付ける。

 二度ほど殴り付け、次は銃口側で、拳を打ち出すようにして叩きつける。

 弾丸が突き刺さったガラスはそれだけで貫通し、神谷真理の腕が内部に入り込んだ。

 内側で拳銃を傾けてガラスに引っ掛けて一気に引く事でガラスが浮いた。

 軋むように音を立てて剥がれたフロントガラスを放り投げる。

 だが男もされるがままではない。

 フロントガラスを放り投げた神谷真理は懐が空いた。

 そこに男の手が伸びる。

 胸倉を掴まれた神谷真理はそのまま引き寄せられた。

 首筋に男の拳銃が突きつけられる。

 神谷真理は咄嗟に手を伸ばしてハンドルを掴み、左に回す。

 拳銃が首筋から離れた。

 神谷真理は男に拳を叩きつける。

 二度、三度と繰り返す。

 男が今度は意図的に急ハンドル。

 振り落とそうとするが神谷真理はボンネットを掴むことで回避する。

 だが男はその隙に拳銃を再度挙げ、神谷真理に向ける。

 引き金が引かれた。

 しかし、それを首を捻るだけで避けて見せた神谷真理に男は愕然とした。

 次弾の発射される瞬間に神谷真理は拳銃の上部を叩いた。

 弾丸が社内で射出され、メーター付近を貫通する。

 車体から異音。

 力が抜けたように速度が一気に落ちる。

 しかしコントロールも同時に失ったSUVは電柱に激突。

 神谷真理は弾き飛ばされた。

 受け身を取るが衝撃で脳震盪を起こし、視界がぼやける。

 立ち上がって、背中から仏陸軍小銃を回して構える。

 SUVから男が降りてきた。

 屈強で、かつ、しなやかだとわかる肢体。

 長身で、190に届きそうなほどだ。

 その手には、ケースに入れられたライフルがあった。


「お前がリチャード……、だな?」


 神谷真理の問いに男は鼻を鳴らした。


「初対面のはずだがな。俺はお前を知らない。お前は、何者だ?」


 リチャード・ストラフォード。

 右手に拳銃、左手にケース。

 形の上では、小銃を構えた神谷真理の方が圧倒的に有利だ。

 しかし、隙が少ない。

 物理的隙があっても、そこに対する心理的隙が無い。

 小銃を構える神谷真理。

 それを見てリチャートの表情が怪訝な物になる。


仏陸軍小銃(HK416F)、フランス陸軍か。だが、その背中の狙撃銃はAWMか。イギリス軍? L115A1、いや3か? 拳銃もM92F、イタリア陸軍か、国家憲兵隊(カラビニエリ)? お前はどこの人間だ? 迷彩服も、見たことがない。普通の軍人ではないな? ただの陸軍兵士がそんな白い長髪のはずもないしな」


 神谷真理はポニーテールに結わえた後ろ髪を揺らして見せる。

 空気が緊張した。

 神谷真理の背中に汗が伝う。

 男の左手のケースに見覚えがあった。

 ライフルをケースで持ち歩くことは非常に非効率。

 それをするのは、突発的な戦闘の少ない市街地戦闘を基準にしている警察を始めとした法務執行機関の特殊部隊だ。

 対象が決定しているうえで戦闘準備を行う、制圧部隊だ。

 それ以外だとしたら。


「お前はイギリス軍だったな」


「だったら?」


 神谷真理は小銃の安全装置が外されているのを指触で確認する。


「寄りにも寄って、特殊空挺部隊(SAS)かっ」


 神谷真理の眼帯の向こう側が痛む。

 彼の記憶の向こう側が激しく拒否反応を起こす。

 彼の記憶が、一人の男のイメージを呼び起こす。

 特殊空挺部隊(SAS)

 イギリス陸軍の特殊部隊。

 対テロ、対ゲリラ戦闘に特化した部隊。

 彼らは一部、AWS Cを使用する。

 AWS Cはケース内に格納して運用する。

 まさに、目の前にいるリチャード・ストラフォードがそうしているように。


「詳しいな。お前もイギリスに縁があるのか」


 男の顔がにやけ顔に変わった。

 嫌味そうなその顔は、神谷真理の神経を逆なでする。


「これだからイギリス人はっ」


「おいおい差別主義者(レイシスト)。今時流行らないぞ」


 遠くから、サイレンの音が響いた。

 ミッチェルが手を回しているとはいえ街中で銃声が響いたのだ、全てを制御する事は出来ない。

 その上、街中だ。

 通行人は止められても、家屋や、建物内の住人や従業員までもは消し去れない。

 交通事故現場にも見えるから通報でもされたのだろう。

 男の視線がサイレンの方向に一瞬向いた。

 神谷真理は引き金を引いた。

 だがリチャードはSUVの陰に身を滑らせて回避する。

 余談だが、SUVの車に隠れて敵の射撃を防ごうとする行為は自殺行為だ。

 民間の車程度では5.56mm弾を止めることなど出来ず貫通する。

 走った方がまだましなレベルだ。

 だが、それを理解している人間は、特に軍人は、敵の視界から消える目的で利用することがある。

 特に法務執行機関や、その知識がある人間は。

 その時。

 SUVの陰から射出され、音速を一瞬で越えた弾丸が神谷真理の肩を掠めた。

 コッキング。

 弾丸が地面に落ちる音を鳴らすと同時に車の陰から飛び出したリチャードの手にはAWS C。

 リチャードは路地の入口で振り返り、もう一度神谷真理に向けて弾丸を放つ。

 だが右足を後ろに回して体の向きを変えるだけでそれを回避する。


「どんな動体視力をしてやがる」


 嫌味を含んだその笑みをそのままにリチャードは何かを投擲する。

 神谷真理はたまらず縁石の陰に飛び込んだ。

 それは地面を数度跳ねた後に爆発し、周囲に破片をぶちまけた。

 縁石の表面が削り取られた。

 手榴弾だ。

 周囲に煙と砂塵が舞い、視界が不鮮明となる。

 立ち上がり、周囲を確認すると既にリチャードは消えていた。

 神谷真理は舌打ちをして、無線を入れる。


「ミッチェル。リチャードを取り逃がした。追跡する。どこに向かった」


『怪我はないか? 今はバイクを盗み、再び北西へ向かって移動中だ。戦闘を行った以上、もう隠密行動を取る必要もない。奴は検問も突破しようとするだろう。被害が出る前に、捕えたい。すぐに追えるか?』


「車が必要だ。手配できないか?」


借りるんだ(・・・・・)。責任はこちらで取る。リチャードが逃げた路地裏に入ってすぐにだ。バイクがある』


 周囲を警戒しながら路地裏に入る。

 そこにあるバイクを見て神谷真理は首を捻って皮肉気に口角を歪ませた。

 真っ赤な車体に、単眼ライトのスポーツタイプのバイクだった。

 神谷真理は懐から『白い悪魔』から受け取った錠開けを差し込む。

 数度押し込むと少しずつ奥まで入っていき、かちりと音が鳴った。

 鍵を回す。

 電子メーターが点灯する。

 セルを押し、エンジンを始動する。

 神谷真理は皮肉を漏らした。


「イタリアらしいな」


『イタリアだからね』


 神谷真理はスロットルを全開にした。

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