『赤い稲妻』と『あだ名付きAチーム』ACT 09
神谷真理が宮殿を後にして数分が経過していた。
『徹甲弾』が目の前の男が放った拳銃弾をダッキングで回避し、ボディーブローを放つ。
怯んだ敵の顔面に全体重を乗せた右ストレート。
敵の顔面が大きく歪み、骨が露出した。
首の骨が折れたかそのまま崩れ落ちて倒れた。
そこから数m離れた所にいた敵は、腹部への横からの衝撃で弾け飛んだ。
短い悲鳴を上げたっきり何も発しなくなったその体は右横っ腹が消失していた。
散弾銃だ。
『徹甲弾』が振り返った先には『暴風雨』がいた。
煙草を咥えた彼は、面倒臭さを隠そうともせずにその顔の三日月のタトゥーを歪ませた。
「飽きたなあ」
彼はそう言って今し方吹き飛ばした敵の腹部を拾った木片でつつく。
敵はそんな彼の行動を見て、たじろぐ。
「お前らあと何人いるの?」
煙草を弄ばせながら彼は敵、『奇跡の使徒』の兵士だろう者たちに気だるげに問いかける。
敵はたじろぎ、答えない。
『暴風雨』は舌打ちをして、立ち上がる。
その時、敵の列が開いた。
今までの敵はわざわざ塀を乗り越えてきたが、その向こう側にいた男は扉を開けて、やってきた。
「おお、なんか、まともそうなのが来たな」
扉を開けてやってきたのは、まだ若い男。
二十代後半くらいで、小銃を携えている。
ブルパック式の、小銃。
「タボール……。イスラエル人か」
『暴風雨』が顔を歪ませる。
楽しそうに。
「降参しに来たわけじゃあなさそうだなあ!」
「戦いに愉悦を抱くか異教徒め。これは聖戦だ。世の者たちは試練から逃れすぎている。我々は、世に示しに来たのだ。苦難の先にこそ、人の意義があると」
「長い。何の話だ」
お互いに鼻を鳴らす。
パーカーにカーゴパンツ。
防弾装備は無し。
しかしタボールARに、名は不明だが、拳銃を装備している。
伊達で選ぶ装備ではない。
それに露出した手指は、相当な射撃経験があるとわかる痕跡がある。
恐らく、この場の戦闘の指揮を任された者だろう。
「この世界は、今、技術の革新を経て堕落している。近代国家は自身の富という笠を着て独占している。分かち合うことをせず、どころか持たざる者を蹴落とし、そこからも更に奪い取ろうとしている」
男が厳格な口調で語る。
男は細身だが、覗く前腕はたくましく、筋力に優れているとわかる。
『暴風雨』は首筋を掻いた。
「で?」
「……独占するという考えが如何に浅ましい愚行かをわからせる。そのためにも一度破綻させる必要がある。我々はイタリア大統領が自国生産能力の底上げを図り、その後は自立した国家を目指すという宣言を近々行うという情報を得た。それに向け、関係のある国、フランスとロシアとの会合が行われるとの情報もな。今ある環境に満足するだけでなく、さらに自分の尊厳まで得ようとは馬鹿馬鹿しい。苦難を与え、立場というものをわからせる必要がある。そのため」
瞬間銃声が響いた。
男の隣にいた者の首が抉られた。
即死したその体は声も出さずにぶら下がった首ごと倒れた。
男はそれを見て、頬を引き攣らせた。
「長いって。勝手に気持ちよくなってんじゃねえよ気持ち悪いな」
地面に転がったショットガンのシェルを蹴飛ばし『暴風雨』は耳を掻いた。
雑音で耳がかゆくなったと言いたげだった。
「で、何? 最近の若者が、楽をしてるから、苦労を学ばせようって?」
「そうだ。理解があるじゃないか」
「俺に理解があるのは俺が賢いからだが、お前には学はなさそうだな。賢い人間はその発想にはならねえ。お前がやってるのはない物ねだりだろ。てめえにないものを人が持っているのが気に入らねえ。だから取っちまえ。それも出来ねえならぶっ壊すっていう我儘だろうがよ。それに対して聖戦だなんだと、言い訳して正当化して、そうしないと自分を守れねえだけだろうが。クソガキがあ」
「この俺を愚弄するか野蛮人。それは神をも愚弄すると同じだぞ」
「てめえの地元にねえものを与えてもくれねえ神なんだ、文句の一個くらい言うのが筋だろうがよ」
瞬間の銃声と打撃音。
見ると『徹甲弾』が近くの敵兵士を殴り倒し、他には『白い悪魔』の銃弾を上から浴びた者が頭の中身をまき散らしながら倒れた所だった。
ちなみに『巨人』は目の前の男が現れた途端に破壊された扉の陰に戻ってしまった。
『本当に話が長い。宗教家や高尚な考えを持っている人間は自己顕示欲が強いからね。二時間でも三時間でも話が続くよ』
「そのうちディナーにまで呼ばれて朝までコースさ」
「難しい話をするなよ」
周囲の『奇跡の使徒』の兵士たちは先程までの彼らの戦闘を目の当たりにしている。
それだけでなく、躊躇の無さも。
話が長いという理由で人を撃つ人間など、そうはいないだろう。
件の男も硬直している。
「まあ結局さ」
『暴風雨』は煙草を吐き捨てて、次の一本を取り出した。
その流れで、次いでのように引き金を引いた。
それは男の右足を吹き飛ばした。
衝撃で後ろに弾かれた右足に引かれるようにバランスを崩した男は地面に倒れ込む。
「な……」
周囲の者たちも何もできずにそれを見下ろす。
その中に『暴風雨』は平然と歩いていく。
「何だお前ら。やり返して来いよ」
周囲をぐるりと見渡す『暴風雨』の目線に『奇跡の使徒』は目線を逸らした。
「聖戦、じゃなかったっけ?」
ここまで人の顔は歪むのかというほどに口角を曲げた『暴風雨』。
そして目線を移すことなく再び引き金を引いて今度は倒れた男の左足を打ち抜く。
「ああ!」
男の苦悶の声が響いた。
男の左足は千切れていた。
それを確認してもう一発。
「がっ!」
「いやごめん。片方だけは可哀想かなって」
『暴風雨』は少し歩いて男の足側に回る。
何をするのかと思えば彼は千切れた足を掴み、持ち上げた。
辛うじて繋がっていたらしい数本の筋が音を立てて千切れた。
男の悲鳴が響いた。
「うぇーい」
『暴風雨』がそれを見せびらかすように掲げる。
「ふぉー!」
『徹甲弾』が拳を掲げて呼応する。
『奇跡の使徒』の一人が腰を抜かして尻餅を付いた。
その瞬間上からの銃撃で顔面に穴が開き、動かなくなった。
『ごめん。勝手に動いたから撃っちゃった』
『白い悪魔』が本当にうっかりという風に答える。
『奇跡の使徒』たちが後退り始めた。
『暴風雨』達の行動を見て顔を引き攣らせている。
「なに? もう終わり? 飽きたから帰ってもらっても構わねえけど、なんか、神様信じてる割には逃げ腰だな。聖戦しろよ情けねえなあ」
『暴風雨』が感情の乗っていない平坦な声音で言う。
咥えた煙草を指で移して、『奇跡の使徒』へ子馬鹿にしたような笑みを向ける。
「さあ帰った帰った。俺達も馬鹿を追っかけなきゃならねえ。早く行けよ」
「貴様、狂人め。人は苦難の先にこそ真の幸福を得れると何故わからん。ここで歯向かうより、後ろにいる大統領を差し出せ。それだけでいい」
両足を千切られた男が地面に転がったまま言った。
しかしあきれたような顔になった『暴風雨』が煙を吐いた。
そして一瞥もせず一歩助走を付けて男の顔面を蹴りつけた。
『なんか、こっち側の増援が着たっぽいよ。警察の装甲車か』
蹴りつけられ、声も出せず転がる男に興味もなさげな『白い悪魔』の声が響く。
『暴風雨』がそれを無視して転がった男を掴み上げる。
太腿から下がない男を軽々しく持ち上げた『暴風雨』は心底楽しそうな顔をしている。
「俺の幸福は!」
男を更に持ち上げて。
「この瞬間だろうがよ!」
男を力の限り地面に叩きつけた。
顔面を蹴りつけられて悲鳴を上げられていなかった男の口から肺の空気全てが排出されて、それに次いで血が溢れ出した。
声にならない悲鳴を上げる男を再度持ち上げて叩きつける。
「結局俺もお前らも同じ穴の狢だろうが! 何が幸福だ! 何が独占だ! 結局はてめえが幸せじゃねえから八つ当たりしてるだけだろうが! 僕も欲しいです~ってだけだろうが! そう言うのが恥ずかしいからお題目並べてかっこつけて! ダッサイんだよ!」
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
叩き付け続ける。
その度に返り血が『暴風雨』へ飛び取る。
もう男は、動いていなかった。
それでも、叩き付け続ける。
『暴風雨』の赤髪が、違う色合いの赤に染まっていく。
「結局てめえらはルールを守りたくねえんだろうが! ルールから外れたら所詮は除者なんだよ! なのにてめえもルールの内の恩恵を得られるなんて虫のいい話がある訳ねえのさ! どっちつかず! てめえの居場所に自信が持てねえから神頼りなんだろうがよ! お前らも所詮『あだ名付き』側なんだよ! てめえらだけ特別なんてあるわけねえだろ! バーカ! はみ出したんなら人を羨むんじゃなくて謳歌するもんだろうが!」
もうそれは、人間の形をしたものではなかった。
血で爛れた肉塊。
自分の体を血だらけにして。
しかしそれがもうただの肉だと気づいた彼は、もうそれには興味ないとばかりに放り投げた。
そしてそれに向けて散弾銃を二度三度と放った。
『奇跡の使徒』達は、その間、誰も動けなかった。
「最初だけだったなあ活きがよかったのは」
それも当然。
敵は皆、銃器で装備を固めている。
しかし、真っ先に突っ込んできたのは腰の拳銃を抜こうともしない男。
加えて、何のためらいもなく人を撃ち抜いていく上階からの狙撃手。
そして散弾銃を使っていると思えば人を地面に叩き付けて殺す男。
『巨人』は扉の陰でまだ隠れている。
普通の兵士とは、明らかに違う。
それでいて、明らかに攻撃性の高い者たち。
人の足を千切って奇声を上げる光景まで見たのだ。
普通なら、接したくもない。
戦う相手なのだとしたら、なおの事。
「おい、並べお前ら」
『暴風雨』がだるそうに手招きする。
もう既に隊列を組んでいるのだからその必要もないことに気付いた『暴風雨』は、自分に向けてか笑みをこぼした。
「んじゃあ、俺行くわ」
『追うの? 今から追いつけるの?』
上から神谷真理が受け取った錠開けと同じものが落下してきた。
『暴風雨』がそれを拾う。
「ここで雑魚相手にするよりは面白そうだ。面倒事はお前らやっとけ」
煙草を弾いて『暴風雨』は小走りになる。
「こいつらと遊んでるよりあのバカ追っかけた方が百億倍楽しいに決まってるぜ」
『暴風雨』の背後で連続した銃声が響いた。
入れ替わるように現地部隊が参入してくる。
その中を突き抜け、彼はイタリアの街に降り立った。




