突撃!!
入り口に立つ見張りの男にとって、暴力と破壊、そして女だけが生き甲斐だった。
自衛官だった男は、暴行事件という不名誉な事件を起こした所為で職を失い、妻子と別れ、実家からも勘当となったが、それでも男は自分の欲望を抑えられなかった。
ここでの仕事は基本的に退屈だが、それでもたまに入る仕事はスリリングで、エキサイティングだった。
気が済むまで人を痛めつけ、女を犯す。
それで金が貰えるのだから、これ以上の仕事は他にないだろう。
今日連れられてきた女も、ガキではあるが、見た目は極上だと言う。
それを後で好きなだけ弄ぶ事が出来ると思うと、今の暇な仕事も苦にならなかった。
「おい、あんた。さっきから鼻の下が伸びっぱなしだぜ」
すると、隣に立つ同僚から自分の醜態を指摘される。
確か、こいつは元暴走族の頭だったとかいう金髪だ。
下卑た顔でこちらを見てくるが、そう言うこの金髪の顔もまた緩みっぱなしだ。
ここでこいつを殴って黙らせるのは簡単だが、それでは後々面倒になる。
男は鼻を「フン」と鳴らすと、金髪の鼻の下を指差す。
「そういうお前も人の事を言えないと思うがな」
「あれ、マジで? だって聞いたところ今日は十にも満たないガキまでいるらしいぜ」
その言葉に、男は密かに「下衆め」と金髪を罵る。
自分も充分に最低な人間だが、子供にまで手をかけるような真似はしない。
両親に大切に育てられ、果実がたわわに実った所で刈り取るのが良いのだ。
自分が何をされているのかを正しく理解し、理不尽な暴力に抗うことなく屈する事を強制された獲物が、せめてもの抵抗にと殺意の篭った眼差しを向けてくるのを見ながら全てを壊してやるのが、男にとっての最高の愉しみ方だった。
しかし、相手が子供ではこうはいかないだろう。
その美学をこの金髪に語った所で、この男の脳では到底理解できないだろう。
「悪いが俺はそう言った特殊な趣味は無い」
「ああ? なんだよそれ。俺様が変態だって言いたいのか?」
うるさい黙れ。そう言いたいのをすんでのところで堪え、男は小さく嘆息する。
「おしゃべりはここまでだ。仕事に戻れ」
男は金髪とのコミュニケーションを早々に切り上げ、見張りに専念する事にした。
「…………」
だが、金髪からの返事はなかった。
ひょっとして、さっきの言葉に腹を立てて無視を決め込んだのだろうか?
やれやれ、これだから子供は困る。
男は肩で大きく嘆息すると、隣に立つ金髪を宥める言葉を捜しながら振り向いた。
「……あん?」
しかし、そこにいたのは、先程まで居た金髪ではなかった。
髪をひっつめ、作業着を着た背の高い女がそこに立っていた。
あの一瞬で、金髪が女に生まれ変わったのだろうか?
突然の出来事に男が混乱していると、目の前に立つ女が動いた。
まるで、おもちゃのような形の拳銃を取り出すと、男に向かって構えたのだ。
「――っ!?」
てっきり本物の拳銃が出て来たと思い、思わず身構えた男は、女が持つ拳銃を見て安堵の溜め息をつく。
「な、何だよ。脅かすなよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよよ!!」
安心して女に気安く声をかけようとした男は、突然奇声を上げてその場に倒れた。
白目を向き、ビクビクと痙攣する男の胸には小さな針が二本刺さっていた。
針には細い糸が繋がっており、その糸は女、優貴が持つおもちゃの銃から出ていた。
「フン、元自衛官の癖にテーザー銃すら知らないとはお笑いだな」
優貴は引き金を引いたまま、白目を向いて痙攣し続ける男を見て嘲笑する。
テーザー銃とは、外観は拳銃のおもちゃのようだが、実はスタンガンの一種である。本体に取り付けたカートリッジからワイヤーが繋がった電極を射出し、電極が対象に刺さると、本体で発生させた電圧を対象に流すという物だ。通常のスタンガンと違い、対象と離れて使用できるのが、このテーザー銃の最大の利点だろう。
優貴が片手を上げると、後ろから音もなく御神楽クリーンサービスの人間が現れ、男を縄で縛り上げて口をガムテープで塞ぐ。
拘束した男を乱暴に門の脇に捨てるように放ると、そこにはいなくなったはずの金髪の男が同じように意識を奪われた状態で拘束されていた。
「急げ。ここの情報は既に中に知られているはずだ。援軍が来る前に門をぶち破るぞ!」
優貴が手振りで早く門を開けるように促すと、数人が巨大な門の脇に取り付けられた勝手口の前に立つ。
手にしたハンマーで勝手口の扉を叩き壊すと、中に入って門の閂を外した。
観音開きの扉が少し中へと開いた所で、
「よし、今だ。突撃するから振り落とされるなよ!」
軽トラックの運転席に乗り込んだ優貴が、荷台乗る進達に声をかける。
「は、はい。大丈夫です! 行きましょう! 今すぐに!」
「……本当に大丈夫か?」
「勿論です。早く二人を助け出しましょう。俺は、二人を助けないといけないんだ!」
進は大声を出して優貴に応える。
「……」
その余りの声量に、優貴は思わず顔をしかめて耳を塞いだ。
すると、白鳥と城戸が進を挟むように立ち、励ますようにそれぞれの肩に手を置く。
「落ち着いて、進ちゃん。私たちもいるわ」
「そうそう。皆で二人を助けるんだ。そうだろ?」
「城戸さん……カオルちゃん」
二人からの暖かい眼差しに、進は体の緊張が解けていくような気がした。
その声で、進は気持ちばかりが逸り、すっかり自分を見失っていたことに気付いた。
そうだ。自分は一人じゃない。
今は頼りになる仲間がいるのだ。
しかも、彼等は進なんかより、こういった修羅場を何度も経験しているに違いない。
そんな彼等が力を貸してくれるのだ。失敗するはずが無い。
「うん、そうだ……」
進は確信を持って頷くと、気持ちを落ち着ける為に深く深呼吸をする。
最期に、両頬を力一杯叩いて気合を入れ直す。
「いきましょう。二人を助け出すために」
「フッ……それは私の台詞だ」
優貴はニヒルに笑うと、いきなりアクセルを思いっきり踏んだ。




