ウパル・ミグマ
「揃ったようだ。それでは、永遠に陽ひの差さぬ地下より、陽ひ満つる地上に来られた調査団を歓迎しよう」
族長オニクスの一声で宴が始まる。
(歓迎する気はないのだな)
王城での晩餐会と同じ。アイトスは今日の自分の立ち位置を瞬時に理解した。
「このような席を設けて頂いたこと感謝致します」
第三王子としてではなく、王家直属の調査団の団長として応える。
地上へ来てからは簡素な食事が続き、幾日ぶりかに豪勢な食卓だったが、食欲はなかった。杯に口をつけると、離れた位置に座る従者と目があう。
(気を抜かれませんよう)
アラの琥珀色の目が忠告する。
「神官殿、研究者殿は既に情報交流してくれているとのこと、嬉しく思う。感謝しよう」
名指しされたエリオとヴェルデは胸に手をあて、頭を下げる。ヴェルデは無表情で、エリオはいつも絶やさない微笑みで。
(あの者らが何をしているのかオニクスさえ知っているのだな)
視線を正面に戻すと、向いに座るアダマスが、杯に口をつけたまま深紅の瞳で一心に何かに見入っている。
ただでさえ、血を連想させるアダマスの瞳に狂気が宿っているのがわからない者はいないだろう。
その視線の先には、彼の美しい再従妹またいとこが黒みを含んだ赤い衣装で席についていた。
スポットライトのように強い照明の下で、ウパルのドレスはその奥から血のような赤が滲み出る。
つつがなく宴は続いていた。
「時に、団長殿はウパルを案内役にされたとのこと。この者は役目を果たしているかな」
「ええ。すでに充実した時間を過ごしております」
言い終えると、待ってましたとばかりに、隣の席の老婦人が話し出す。
「この娘は、一族の者でありながら、鉱物と契約できない欠陥品でございまして、女だてらに検問官などやっておりますでしょう?女が何の役に立ちますか?総監の一存ですから、私も黙っておりますが、早く仕事など辞めて、せめて一族の子を産めと言っているのですが、なんとも頭の硬い娘で」
ウパルはまるで自分の話ではないというように顔色一つ変えず座っている。
(やはり、彼女の血は凍っているのかもしれない)
ウパルの隣でアラは居心地悪そうに、大きな身体を丸めている。
「ネフリテ様、団長殿が困っているだろう。叔母上の考えは私もよくわかっている。心配めされるな。のう、ウパル」
オニクスがウパルに責任を取れと言わんばかりに話をふる。
「はい。お祖母様にいつまでもご心配おかけして申し訳ありません。族長様も、いつも我らを気にかけて頂きありがとうございます」
下手な役者のように抑揚なくウパルが応える。
(君も私もなぜ、こんな所にいるんだろうな)
アイトスは、今日1番惨めな者は自分だと思っていた。時間さえ過ぎれば、宴は終わる。そう思っていたのに。
(一刻も早くこの宴を終えなければならない)
「地下のものである私たちを屋敷に招き入れ、このような宴を催して頂いたこと感謝致します。明日は早朝からウパル嬢に案内をお願いしておる為、そろそろ失礼しよう。ウパル嬢にも万全の状態で臨んでいただきたい。一緒に退席することを許して欲しい」
アイトスが立ち上がると、従者3人もすかさず一礼し、アイトスに続く。
共に地上に来た者たちが、どんな役目を負って、この流刑地カイノスで何をしているのかをアイトスは知らない。
しかし、彼らはアイトスの従者であった。それだけは疑うことはない。
「ウパル嬢、参りましょう」
彼女の手を取り、殺気だった赤い瞳を見ないようにして会場を後にする。
先ほどまで、眩く輝いて見えた廊下は、今は毒々しい悪趣味に見えた。
5人は黙って屋敷を出た。
「アイオン様。ありがとうございます」
ウパルが悲しげに笑う。
(あぁ、君は生きていたんだな)
「流刑人たちがケリュケイオンを出た後、どうこの地で生きているのかを見せてくれないか」
「承知しました」
敬礼して応える。
「調整は、フィロスにお願いしよう」
「ええ。フィロスに会うのが楽しみです」
頬に少し赤みが宿る。
「今日も君はとても美しいな。そのドレスは何に由来している?」
「赤翡翠です。お祖母様が翡翠の契約者で、今日の衣装も用意してくれました」
少し俯いて、急に自信なげになる。
「赤翡翠は希少なのだろう。それに、実行力や解決を意味する石と聞く。そなたに似合うとネフリテ殿も知っているのだろう」
「決断の意味も持ちます」
ウパルは右手薬指に嵌めた赤翡翠の指輪を大事そうに触れた。
「鉱物族としてのお役には立てませんが、検問官として、案内役勤めますのでご心配なく」
「あぁ。心配していない。それでは、帰るとしよう」
話しているうちに従者らが預けていた馬を連れて来た。
「団長、私はこのまま研究所に向かいます」
「私も神殿に」
ヴェルデとエリオは別々の方向へ馬で走り去る。アラと2人、一言も話さず、ケリュケイオンまで馬を駆った。
(思い切りスピードを出したいな)
衝動をグッと抑え込む。
「お帰りなさいませ」
エウクが部屋を整えて待っていた。
「お衣装もお預かりします」
スモーキークォーツの欠片を丁寧にケースに収納し、チェストにしまう。
「総監殿と族長たちの考えは違うようだ」
「そうですか。1万年分恨んでおりましたか?」
「あれは1万年分の恨みと比べれば、可愛いものだったよ」
(恨んでいる態度ではない。牽制していたな)
「ところで、カイノスは過去の遺構に築かれた都市と聞く。古代のクリスタル装置は今も動くのか」
「いえ、作動しません」
「灰の季節で破損したか」
「破損、そうですね。変質した。そのように思います」
「変質」
「ええ。リトス市内のものは起動はしますが、太古のようには作動しない。何かが変質した。そのように考えております」
「まさか、リトス内の全てのクリスタル装置を把握しているのか」
エウクがニヤリと笑う。
「当然です」
(それにしても、あの息の詰まるスコペオンの一族と、ここで生きる自由な民はあまりにも違う)
アイトスは感じた違和感を今は心の奥に引っ込めた。




