神殿
「流刑人の女が神殿に行く日が決まりました。我々も一緒にどうかとウパルより連絡が来ています」
アラから通信が来る。
あの晩餐以来、ウパルには会っていなかった。
「神殿にはちょうど確認したいこともあったな。同行しよう」
地上のクリスタルがいつから、どうして起動するようになったのか。
人混みの中に明るく輝くオレンジ色。制服姿のウパルと小柄な女の姿が見えた。
「先日面談したロゼです」
ウパルはいつもの凛々しい彼女だった。
ロゼは、誰の手も借りず1人で子を産んだという。貧困の中、ただ、子に乳を与えたい一心で、パンを盗んだ。
「流刑されると聞いた時、この子と引き離されると思ったんです。それが、地上でこの子の出生を届け出るとは思いませんでした」
生物族の特徴なのか、アラは人の警戒を解くのが上手い。ロゼから身の上を聞き出している。
抱いた赤子は眠っているらしい。被ったフードの下から覗く丸い頬にウパルが指でついた。
古代都市は王城を中心に設計されている。その王城を収監署ケリュケイオンにしたのは、スコペオンの皮肉か英断か。
おかげでどこに行くにも便利が良い。
神殿は、広場を挟んだ向い側に位置する。この広場は水路が走り、木々が配置され、民の憩いの場になっている。
薄曇りの湿った空気、連れ立って歩く男女、走り回る子どもたち、一斉に飛び立つ鳥の群れ。
アイトスは楽しげに話す3人の後ろを、カイノスに生きる民たちを眺めながら着いていく。
(地下と変わらないな)
エルピスの国教はクリスタル信仰で、民は子どもを出生すれば、神殿で種族と契約能力について判定し、届け出ることが義務付けられている。
人が亡くなれば同じように神殿に届出が必要だ。
神殿の敷地に足を踏み入れると、清涼な水音がした。地下水が洞洞と湧き出ているのだという。
神殿を周回するように水路が巡る。建物はクリスタルの原石のように幾つもの尖塔が連なっていた。
水場が多いせいか、ケリュケイオンに比べ、真菌の層も厚く見える。光を拒む漆黒の神殿は、黒水晶のモリオンを連想させた。
周囲の喧騒や邪気を一切通さない、絶対的な静寂。
神殿の中は、アイトスが思っていたより人で賑わっていた。あちらこちらで赤子の泣く声が聞こえる。
(地下の神殿と造りは同じだが、どこかが違う)
長椅子に腰掛け、ロゼの娘フロールの番を待つ。中を見回して違和感の正体に気づいた。
(クリスタルがない)
地下のクリスタル神殿は、巨大なクリスタルの原石が据え置かれ、内部の装飾にもふんだんに使用されている。
赤子の判定を行う祭壇には水が流れ、その水から突き出たようにクリスタルではない巨大な鉱物が鎮座していた。
話し込む3人に割り込んで声をかける。
「ウパル。正面の鉱物は何だろうか」
「オパールです」
声を潜めて続ける。
「クリスタルじゃないのか」
「鉱物族にはオパールと契約できる者は生まれず、神のみが契約できる鉱物と言われています」
「なるほど」
フロールの順が来たようだ。ロゼが祭壇へ上がる。
神官が鉱物製の聖杯から水を掬う。フロールの握りしめた拳をロゼが開き、水を注ぐ。
その手のひらを正面のオパールに押し当てるとオパールがポウっと小さく光った。フロールは泣きもせずに、じっと光る自分の手を見ている。
神官が判定を読み上げる。
「水族、中位の記録能力と低位の浄化能力」
(オパールで判定できるのか?)
「種族がわかって良かったな。記録と浄化でも、もちろん仕事はあるし、他にもたくさん仕事はある。良い働き手になること楽しみにしているよ」
ウパルがフロールの小さな手を握る。
「お2人はこの後どうされますか」
「エリオを呼んでみるよ」
ウパルとロゼは神殿を後にした。
水族には線が細く、男も美しい者が多いのが特徴だが、エリオはその中でも、特に目を引く。
神殿に集まる多くの母親たちの視線が集中している先を辿って、エリオが来たのがわかった。
流れる水を思わせる長い髪と藍色の瞳。
先代の王の妹を祖母に持ち、第二王子の学友でもある華やかなこの男は、地上で何をしているのだろうか。
「団長お待たせしました。地下をご案内しましょう」
黒いフードを深く被り直し、麗しい神官の後に続く。
一般の民は入室できない神殿の奥にはクリスタル製の昇降機があった。
(裏ではクリスタルは活躍しているようだな)
降り立った地下はひんやりとした空気が満ち、チロチロと流れる水音に、3人の足音が大袈裟に響いた。
「殿下」
久しぶりに呼ばれる敬称。
「この地下水路は、太古の遺構がそのままにリトスの全域に繋がっています。人目にもつきませんので、こうしてクリスタル装置もそのままです」
先ほどまで共にあった水路は地下に潜り、伽藍堂のようなだだっ広い空間に出た。その真ん中に、巨大な六角のクリスタルの柱がひっそりと立っている。
光が届かず湿気た地下は真菌の好む環境だ。しかし、誰かが綺麗に拭ったのか、真菌が嫌うのか、クリスタルは綺麗にその姿を見せている。
「まさかエウクが磨いているなんてことはないよな?」
独りごち、装置に触れる。
(太古よりこの場所を守るクリスタルよ。そなたが見てきたものを私たちに教えてくれ)
ポウッと優しく光り出す。
「起動はするんだな」
「はい。管理者もそう申しております」
「ここのクリスタルは何をしていたのだろう?」
「この下には巨大な地下水の海があるとか」
「そうなのか...」
「恐らく、水路を通じて集めた都市の情報が1万年、いえ、それ以前からの情報がこの地下の海に記憶されているかと」
「なるほど」
「ですから、このクリスタルの仕事は、情報管理といったところでしょうか」
「地上では、生活用のクリスタル機器を使う者は少ないが、昔から使えたと言っていた。いつから、なぜ使えるようになったか。一方で、基幹装置はなぜ今も作動しないのか」
「水の記録からお調べしてみますが、私の専門は記録保存の方でございますから、解析となるとお時間頂戴します」
「すまないな。そういえば、エリオ、君はカイノスで何をしているんだ?」
尋ねられたエリオの切れ長の目が少し開く。
「言えないなら、いい」
「いえ、何でもお答えできます。ただ、今はちょっと。時間を取ってお伺いします」
エリオは声を潜め、いつもの貼り付けた笑顔も消えていた。




