契約生物商
この部屋で、アイトスが目覚めて1番最初に目にするのは空だ。
今は雨季だからと、毎日が曇天だ。こう雨ばかり続くのは困るとエウクや食事の給仕人たちがそう言うが、何が困るのかはまだわからない。
夜が明けると自然に目が覚める。部屋のカーテンは常に開けっぱなしだった。
ベッドを離れるといくつか決まった動きを繰り返し、念入りに固まった身体をほぐす。
いつからか、何に対しても興味を持てなくなったが、口うるさい乳母と乳兄弟アラのおかげで身体を鍛えることだけは継続して来た。
イヤーカフが起動し、骨を伝って「アラ・ガイより通信です」という音声が聞こえる。
「どうした?」
アイトスが応える。
「おおお!使えてよかったー。なんかこれ操作が難しかったんですよ」
(クリスタルの契約者以外は扱いが難しいのか)
幼い頃にはそれがわからず、アラや乳母がクリスタルの機器をうまく扱えないことが可笑しかった。
「お部屋にお伺いしてもいいですか?」
「いつも勝手に押しかけるだろ」
「これからは連絡しますよ」
「いや、結局押しかけてくるんだろ」
トントン
早速ドアを叩く音がする。
「参りました」
馬鹿馬鹿しいやり取りにアイトスは声を上げて笑った。
「契約生物商を教えてもらいました。商業区まではここから近いそうです。朝食を取ったらすぐに出ませんか」
「あぁ。そうしよう。今日も雨だが、ファイバークローズは地下の物で大丈夫か」
「いえ、外出用はやはり地上の種が必要でした」
小さな種を手渡される。触れると黒いボディスーツにフード付きのマント姿になる。
マント部分は洒落ていて、まるで鳥の翼の様に分かれ、風を流しやすい。
「黒いな」
「ええ。カイノスブラックです」
アラが躊躇いながらも続ける。
「リトスは黒い都市ですから、黒が1番目立たないようです。流刑人も太陽光に慣れるまでは暗い色を着るのが普通だそうで」
「問題ない」
アラがほっとしている。
「このようにフードをかぶって雨と陽の光を防ぎます」
フードで頭を覆った姿はまるで大きな鳥だ。
「エウクが事細かに注文をつけたようだな」
「わかりますか?自信作だそうです」
生物族の母が鷲「アイトス」と名付けた。アラの名は「翼」、我々は鳥を名に持つ。
「翼よ。さぁ行こうか」
黒い石畳はよく見ると、人や馬の通り道は、黒い鉱物が見えているが、踏み入れるものが無い場所は、びっしり黒い真菌が息づいている。
黒いフードを頭から被り、連れ立って歩いていても、誰も訝しむ様子もない。
商業区は、狭い通りに所狭しと店が立ち並んでいる。地下のように、整然とした区画ではなく、生き物のように、どんどん大きく育っているような奇妙な地形であった。
人の往来も多く、歩きにくい。道を間違えては、戻るのに苦労する。エウクが用意してくれた操作盤にアラは苦戦していた。
「従者は自分ですから案内は自分が」
と最初頑なであったが、操作盤の地図に気を取られ、小さな子どもとぶつかりかけて、とうとうアイトスに手渡した。
「エウクには悪いが、こちらで生活に必要な機器を買い揃えた方が良さそうだな」
「そうさせて頂きます」
雨粒を落とそうとゴシゴシ顔を撫でる。
「ここだな」
案内を変わってすぐに商会が見つかる。
商会には動物はおろか、店主さえ居らず、困惑する。
どこからか「カァカァ」と鳴くカラスの声が聞こえる。少しして奥から、真っ黒な服の中年の男が背中を丸めて現れた。
「いらっしゃい。鷲なら呼んであるから、もう直ぐ着くだろうよ」
こちらを見もせず、そう言ってまた奥に引っ込む。
室内に見るものもなく、仕方なく置かれた椅子に腰掛けてただ待つ。
何もせずに待っているからか、ずいぶん時間が経ったように感じる。店主を呼んでこいと言いかけたその時、雨に濡れた羽音が室内へと滑り込んで来た。
大きく翼を広げた鷲が、天井近くの壁に開いた穴から勢いよく飛び込んできた。濡れた羽をはためかせながら室内を旋回し、目の前の止まり木へと降り立つ。
鷲は翼をたたみ、「キャッ、キャッ」と高く短い声を二度鳴らす。
「雨の中ご苦労だったね」
奥から店主が再び姿を現し、客にはなかった労いの言葉をかけた。
「契約者はどっち?」
「私だ」
アラが緊張した様子で答える。
「鷲と契約したことは?」
「ない」
「頼みたい仕事の内容は?」
「伝達と偵察を」
「頻度は?常勤?非常勤?」
「ええ常勤というのか?パートナーとして依頼したい」
「他の動物との契約経験は?」
「パートナーとして長く馬と犬を。そいつらは実家に置いて来て今は一緒には居ない」
「それなら、長々と説明する気はないが、規則なんで言いますよ」
チグハグな敬語で説明が始まる。
「えー生き物との契約は、服従ではなく、意思疎通を行う契約である。契約する人間側にそれ相応のレベルと相手は生き物であるという尊重が必要であるからして、業務内容によっては、人間の訓練も必要である」
「えーまた、今回はパートナー契約でもあるからして、名前を決め巣を用意し食事を確保することも人間側の責任となる」
「わかった?」
「あぁ」
「契約しても3ヶ月は仮期間ね。そのあと勝手に本契約になっから。3ヶ月までに、こいつに変なことしたら、強制的に解除になるんで」
男はぬっとアラの前に記録盤を差し出す。
「俺とも商売の契約してもらいまっす」
時々変な物言いになるのがおかしかったが、アラは真剣で気づいていない。
記録盤にはこの男の名前が記されている。
「コラクス・オプティコス」
「カラス」という名に、「見る」という意味の姓。
「あなたの最も得意なのはカラスか」
アイトスが口を挟む。
「あぁ。あんたらのことはエウクさんから聞いてっから。必要ならカラスとも契約するかい?」
「あなたと私も契約もできるのか?」
「察しがいいね。はいもちろん。それは署名はいりませんよ。依頼別の支払い制でっす」
「はい。アラ・ガイさん、契約ありがっとう。じゃぁこいつとは自分のやり方で契約してくだっさい」
アラが、鷲の背後にまわり、首の付け根に指の背を乗せる。
「そなたの名はフィロス。我アラ・ガイはそなたの契約者となる」
「はい。じょうず」
ブフ。我慢の限界に達したアイトスが吹き出した。
(エウクはこの男に何を話したのだろうか)




