流刑人
防護服と同じ、青い鉱物の鈍い光沢を帯びたボディスーツ。黒いショートマントと制帽の後ろで、オレンジの髪を一つにまとめている。
遠目からでもウパルだとすぐにわかる。
朝に見た女性らしい姿も似合うが、今の様に威厳ある制服姿こそ真の彼女だと思う何かがあった。
「まずは居住区画からご紹介しましょう」
昨晩の検問官はやはり彼女だったと思わせる大股の歩みで施設を案内する。
ケリュケイオンは千を超える居住空間がある。今はその十分の一ほどしか使っていないという。
流刑人の生活など、壁と屋根があるだけかと想像していたが、王城が住まいとは。
むしろ地下の限られた空間で慎ましく生きる民の方が虐げられていると思えるほどだ。
ドアをノックし、名前を呼ぶ。
中から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
検問署でウパルを見て泣き崩れた女性であった。
昨日の悲壮な表情と打って変わり、赤子の世話に追われ、顔が上気していた。
「フロールが泣いているな。すまなかった。時間を改めようか?」
ウパルが申し訳なさそうに声をかける。
「皆さんがよろしければ、このままお願いします。いつでもこうですから」
女は肩をすくめる。
部屋のテーブルセットに案内される。泣く赤子をあやす女は、立ったままでと恐縮した。
(赤子と身一つでの来たのだな)
薄暗いが清潔な部屋はガランとしていた。
「あらかじめ伝えていた通り、いつでもここから退去できる。また継続して滞在することもできるが1年が目処だ。退去が難しい場合は、その旨相談して欲しい」
「わかっていますよ」
女はまた泣き出していたが、声が笑っている。嬉し泣きだ。
「フロールに必要なものがあれば、施設の管理部へ。落ち着いたら神殿に行くよう。必要なら私が同行しよう」
女と赤ん坊の体調などを確認して、部屋を出た。
「地上では随分流刑人に寛大なのだな。食料がないから森に捨て置くとも聞いたはずだが」
「そうですね。昨晩森に残した者は、何人もの女子どもに手をかけた凶悪犯罪者です」
あの者は地下で死刑の判決を受けていると付け加える。
「それでは、先の女性は何をした者だ」
「盗みですよ。ここへ来る者の大多数の罪は盗みです。それも、1回程度」
「1回の盗み」
「ええ。子どもなんかは、口減しに親が盗みをさせるんですよ。地上に捨てようって」
「アラ、お前も知っていることか」
「そうですね。珍しくはないかと」
長年暮らした地下エルピスでさえ、知らない場所になっていた。
その後、生物族の男には仕事の希望を聞き、水族の老人には診療を勧める。そうして一軒一軒、流刑人の言葉に耳を傾けていった。
今日はこれで最後だと行き着いた先にはたくさんの子どもが生活していた。
(孤児院か)
「スニー!」
元気な子どもらの声にかき消されぬよう、ウパルが大きな声で呼ぶ。
慌ててかけてきたのは、昨晩「星が見えるのか」と尋ねた少年だ。
「ウパルさん。みんな、みんな元気でした。弟や妹たちに会えました」
コケた頬と窪んだ目の少年は嬉しそうに笑った。
「だから言っただろう?悪いようにはしないって」
少年の頭にポンと手を置く。
「流刑人の生活環境に驚かれましたか」
「あぁ。想像していたものと全く違ったな」
「お疲れでなければ、この後私の部屋にいらっしゃいませんか?」
「え!!!」
ずっと黙ってついて来ていたアラが急に大きな声を出した。
「あー驚かれましたか。所属は、検問署ですが、私の職務の都合上こちらにも部屋を頂いています」
(こちらまで恥ずかしくなる)
後でアラ・ガイにはケリュケイオンの周りを100周走らせてやろう。
要領を得ない流刑人たちの話を聞き続けても、ウパルは一向に疲れた様子もなかった。
(身体だけは大きい自分たちの方がずっと疲れているな)
ウパルに割り当てられている執務室は、事務机とチェストに応接セットがあるだけでなんとも殺風景だった。
「今日会った者たちは、かなり罪の軽い者たちですよね。凶悪犯罪者は森に捨てるとして、それ以外は?」
地下では保安院に所属し、治安を取り締まるアラは気になっていたようだ。
「地下で定められた禁固刑に則し、ケリュケイオンの服役区で刑期を務めます。出所後、地上での生活を始めます」
(ここが収監所だと忘れるところだった)
「地下エルピスでは人口が増え過ぎているのですか」
ウパルが尋ねる。
「いや。太古に比べれば短命であるし、人口は縮小している」
アイトスは簡潔に答えた。
「近年、軽微な罪の者がかなり流刑となっていますので。政治的なこともあるのかと勘繰りました。申し訳ありません」
(1度軽微な犯罪を犯して、地上に流刑というのでは、刑が重すぎるな)
「食料は十分でなくても、住む場所は十分にあります。人は鉱物ですから、雑石であっても、全て拾って帰りたいくらいです」
ウパルの言葉に力がこもる。
(雑石でも必要か)
「そういえば、地上ではクリスタルは起動しないと聞いていたのだが」
アラも頷いている。これは、地下でも共通認識のようだ。
「へー。そうなんですね」
ウパルの間の抜けた反応に、アイトスは驚いた。
(地上でクリスタルが起動するなんて、とんでもない事実のはずだが)
「起動はしてますね。起動できる人があまりいないだけで。クリスタルのことならアイオン殿の部屋を管理するクリュスタロスさんに、お聞きになってはいかがでしょう」
「クリュスタロスだって!?」
(昨晩、部屋の装置について話していた者がクリスタル族なのか)
地下では、クリュスタロスの姓を持つ者は、たとえ平凡な能力しか持たなくても、雑務に従事することは許されない。
王家に連なる者が、他の種族と同じ仕事に就くことなど、あってはならないのだ。身分に相応しい役目を与えられない者は、ただ何もせず生きるしかなかった。
「役立たず」と思われながら。
雑石なんだから。




