太陽
ただの黒い空間が徐々にその姿を明らかにしていく。
厚い灰色の雲が、空いっぱいに広がっていた。
一体あの雲はどこにあるのか。
触れられそうだと思わず手を伸ばす。
灰色の雲の下から、オレンジに輝く丸いものが姿を現し、上へ上へと移動する。
小さな雲の切れ間に差し掛かると、強烈な光がアイトスの元まで差し込んだ。
その光に目が眩み、視線を下に落とすと、燃える様なオレンジ色が目に飛び込む。
階下の崖地に1人の女性が立っている。崖下から噴き上げる強い風に煽られ、彼女の豊かなオレンジの髪が、大きく弧を描いた。
風を避けようと、くるりと女性が身体の向きを変える。
その時、見上げた彼女と目が合った。
右拳を胸にあて、一礼している。どこかで見た仕草。
アイトスは右手を軽く上げた。
敬礼を解いた女性は、もう一度太陽に向き直る。一呼吸ついて、大またでどこかへ向かった。
風が強く吹きつけ、灰色の雲は走るように流れ去った。
「本当に、果てがないです。母上」
視界が滲む。
視界の全てがオレンジ色に染め上げられていった。
アイトスは惚けたように空を眺めていた。どれくらい時間が経ったのかもわからなかった。
ドアをノックする音と、
「殿下、よろしいですか」
といういつもの声で我に帰る。
あぁ。ドアのシールドを解除する。
「ミグマ殿が、朝食を一緒にどうかとのことですが、お一人がいいですか」
アラの顔が真っ赤だ。
「顔が赤いな。熱でもあるのか」
(まさか放射線の影響か)
「いえ、熱ではなく。顔は、すぐにどうにかします」
「どうにかなるのか。わかった。私も行こう」
昨日までは、流刑地で何もする気などなかったのだが、どうしてか今は、全く違う考えが浮かんでいた。
(どうせ地下に帰ることもない。この地上の全てを見に行こうじゃないか)
多くの流刑人で溢れかえっていると思われた施設の内部は、思いの外、人が少なかった。
広い食堂に、多くの人間がひしめいてはいるが、今までの流刑人の数を考えるとこんなものではないだろう。
(まさか、死んだのか?)
「森に捨て置く」と言ったウパルの言葉を思い返す。
吹き抜けの食堂の、上部を囲う回廊に案内される。
黒い石のテーブルに、オレンジ色の髪の女性が1人席についていた。
(彼女はさっきの?)
「ミグマ殿!お待たせしました」
アラが畏まっている。
「ミグマ?」
「団長、おはようございます。先ほどぶりですね」
立ち上がって敬礼する。
「えー!団長も、ミグマ殿に会われてましたか?」
アラの声が上擦っている。
(悪人らからも恐れられる男の威厳は、どこへ消えたか)
「ええ、先ほど。改めまして、ウパル・ミグマです」
(アラの様子がさっきからおかしいわけだ)
男だと思って気安くしていた検問官がこんなに愛らしい女性だったのだから。
彼女の長いまつ毛に縁取られた丸い瞳がアイトスとアラを交互に見つめて、くるくると動く。柔らかなグレイに見えた瞳は、時折緑や赤い色が煌めいた。
先ほどとは違い、今は波打つ髪を一つに束ねている。
(残念)
アイトスは、そんな気持ちになった自分にドキリとした。咄嗟に口元を手で覆い、表情を隠す。
「朝から、曇り空で残念でしたね」
朝食を取りながら、取り止めのない話をする。
「ところで、これからどうお過ごしになられますか?族長の屋敷へ行かれますか?それともどこか行きたい場所が?」
アラがアイトスの顔を伺う。
「そうだな。族長への挨拶が必要なら、いつか時間を取ろう。しばらくはこちらで世話になりたい」
族長の屋敷では、地下の王城と変わらないだろう。せっかく王城を去ったというのに。
「承知しました。期間は気にせずこちらでお過ごしください。また、スコペオン総監より、調査団の要請に応じて、私がご案内するよう申しつかっております。よろしくお願いします」
若い女性が案内役であることを訝しむアイトスとは対照的に、アラはあからさまに嬉しそうにしている。
「私のことはウパルとお呼びください。お二人は、団長とガイ殿でよろしいでしょうか」
「団長は、団長ですね!私のことは、アラと呼んで頂いても」
(調子のいい奴)
「では私もアイオンとでも呼んでもらおうか」
アラが驚いた顔でアイトスを見る。
「よろしいのでしょうか。お客様方をそのようにお呼びして」
「あぁ。他の3名は違うが、私とアラは目的もなく、気ままに過ごすことが役目だからね」
「総監から伺っております。お2人は、地上の民の暮らしをご覧になるために来られている。民の様に過ごしてこそ、わかるものがあると」
(民の様に過ごしますよ。父王)
自分を思いっきり卑下しながらもちゃんと可笑しかった。
「まずは、ここに収監されている流刑人の生活が知りたい」
「お任せください。ちょうど昨晩ご一緒した者たちとの面談がありますので、その様子からご覧に入れましょう」
着替えに席を外すウパルを見送るとアラが
「アイオンって誰ですか?」
と睨む。
「第三皇子の名を言うわけにもいかないだろう」
気安く人の輪に入りたい。そんな気になって咄嗟に口にしたが、いつもの自分らしくはなかった。
アイトスは目にかかり始めた前髪を手でかきあげた。




