第3話 改造人間、『こちらの日本』の世知辛さに直面する。
『こんにちは、登録ですか?』
『ああ、そうだ』
情報収集の後に図書館を出て、夕暮れの街を歩き……俺は、『特区庁』の支所へと足を向けた。
『受付』と書かれたカウンターにつき、中年の男性職員に頷く。
『では、必要事項をこちらにお願いします』
す、と目の前に滑らされた書類は一枚。
住所、氏名、電話番号……それから『保有スキル』の欄しかない。
バイトの履歴書でももう少し詳しいぞ。
ペンを取り、必要事項を書き込んでいく。
氏名、南門原九朗。
年齢、25歳。
住所の欄は、以前住んでいた場所に近いものを……図書館で確かめた『こちらの住所』で書き込む。
保有スキルの欄は空白だ。
『……はい、結構です。それではしばらくお待ちください』
職員はそれを見て、すぐに席を外す。
……本で知ってはいたが、本当に簡単な登録だな。
ダンジョンは、『日本国内であって日本国内でない』という扱いになっている。
なので、内部では武装も可能だし、特に禁止事項はない。
――驚くべきことに、内部では殺人すら見て見ぬふりをされる。
ダンジョン内では一切の電子機器が使用できず、基本的に警察もいない。
滅茶苦茶な現状だが……放置されている。
何故なら、ダンジョンに潜って魔物を間引いてもらわなければ……四国のように土地が死ぬからだ。
だから、『探索者』になるハードルは驚くほど低い。
そして、危険性は高いが『稼げる』
『……これしかないからな』
椅子に背中を預け、呟く。
この日本は、俺のいた日本と違う……まずは、なんといってもダンジョン。
そしてもう一つは……『戸籍制度』だ。
全国民は『国民番号』と『戸籍カード』によって管理されている。
令和の『マイナンバーカード』と同じようなものだが……あちらでは普及率が80%程度だったのに対して、こっちでは100%だ。
そして、これが一番大事なんだが……この日本では、『戸籍カード』がなければバイトすらできない。
10年ほど間に大規模な国籍の偽造問題が発覚して……このような形になったと本に書いてあった。
――つまり、この世界の住人でない俺は『探索者』以外ではほとんど何の仕事にも就けない。
もちろん、住所不定無職でも戸籍を得られる道はある。
あるが……それは、役所で申請をし、各種の『身体検査』を経て審査されるのだ。
俺は『改造人間』だ。
そんなもの、調べられた瞬間に絶対にバレる。
ほぼ人工筋肉に機械の体なんだから。
……だから、俺はこの日本において一生戸籍ナシが確定している。
前の世界では両親も親戚もいたが、こちらには当然いないので保証人もいない。
就労も、賃貸入居も、さらには車やスマホすら買えない。
おまけに金もない……本当に、ないない尽くしだ。
『お待たせしました、こちらが探索者カードになります』
職員が戻ってきて、俺にカードを渡す。
名前だけが印字された、安っぽいプラスチックのカードだった。
裏面には、読み取り用らしきチップがある。
『もうダンジョンに行けるのか?』
『はい、裏口から出て道を真っ直ぐ行けば入口があります。そのまま案内表示に沿って進んでください』
こうして俺は、このパラレルワールドに到着して初日に……やむにやまれず『探索者』になったのだ。
・・☆・・
ピピピ、というアラームで目を覚ます。
ここへ来た初日の夢を見ていたようだ。
「行くか」
呟いて、ベッドから身を起こす。
この体はかなりの長期間寝なくても大丈夫だが、寝ることもできる。
どちらかと言えば寝起きの悪かった俺だが、今では二度寝の欲が湧くこともない。
シャワーを浴びて、いつもの服に着替える。
この体は汗もかかず、排せつもしないから必要ではないが……癖のようなものだ。
服が汚れることもないが……一応、貯め込んだ水分を疑似的な汗として出すことはできる。
『人間社会に紛れ込んでも見つからないため』の技術……ほんと、秘密結社の改造人間だな。
あの時、医者が『転写は完了』と言っていたように……俺は、俺の体の『機能』を正確に『思い浮かべる』ことができるのだ。
・身長180㎝ 体重150キロ(金属部品含む)。
・跳躍力 20メートル。
・パンチ力 最大3トン相当。
・キック力 最大6トン相当。
とまあ、まるで特撮情報誌のスペック表のように。
これは『通常体』……つまり、今の俺の状態の身体能力だ。
体重が重すぎるが、見た目は普通の体系である。
これとは別に……決められたポーズを取り、『着甲』……変身した状態ではさらに跳ね上がる。
・跳躍力 60メートル。
・パンチ力 最大10トン相当。
・キック力 最大20トン相当。
……とんだ化け物である。
それと脳内の情報では、俺は『α実験体1号』と呼称されている。
特撮のお約束で、2号や3号もいるんだろうか……まあ、いてもどうしようもないが。
あのヒーローさんに頑張ってもらうしかないな。
「いただきます」
食パンが2枚、サラダと目玉焼き、そしてスープ。
宿泊料金に500円上乗せすれば食べられる朝食に、手を合わせる。
大量生産品らしきパンをまず口に運ぶ。
パンを噛み締めた感触と、小麦の匂い……舌はマトモだから、食事の楽しみがあって本当によかった。
俺は排泄をしないが、それは食わなくてもいいわけじゃない。
俺に搭載されている『熱量相転移システム』によって、摂取した食品は100%がエネルギーに変換される。
特に変身して戦闘をすると酷く消耗するので、飯は食える時に食っておかなければ後で地獄を見るのだ。
改造された胃袋で超高密度に圧縮される関係上、そこらの大食いタレントが裸足で逃げ出すくらいには食える。
ありがたいことにこの施設ではパンや米がお代わり自由なので、基本的に朝食では人間の食えるギリギリの量までは腹に詰め込んでおくのだ。
こんなに手厚いサービスが受けられる理由は、ダンジョンが物凄く儲かるからだろう。
最底辺の魔物であるゴブリンの耳でも3000円、まあこれは素材としての価値ではなく駆除としての価値だろうが……チャンピオンの宝玉は55000円だ。
それ以外でもダンジョン産の物品はどれもこれも地球上では作り出すことができないので、高値で取引されるのだ。
あの宝玉も、何かの機械の心臓部に転用できるらしい。
「朝からよく食うなぁ、南門原」
ぎし、と向かいに腰かけたガタイのいい男が笑っている。
何度か顔を合わせ、年齢も近いので話すようになった奴だ。
身長は2メートルに近く、体も分厚い。
「朝食は体の資本だぞ、瀬戸」
「真面目だねえ……」
目玉焼きに塩を振りつつ、男……瀬戸大也が言う。
年齢は26歳、巨大なラグビー選手を思わせる体だ。
恐らく、何かの『スキル』によるものだろう……自前の筋肉もあるだろうが、明らかに常人の筋肉量じゃない。
前にも言ったが、『スキル』とは……この世界の人間が先天的、もしくは後天的に獲得する特殊技能だ。
30年前……つまりダンジョンができてすぐに、同時多発的に発生したらしい。
未だに原因の解明はされていないが、30年でどのような『スキル』があるのかはある程度分かってきている。
昨日助けた水分のような、自身の身体能力を底上げする『身体強化』
様々な超常現象を発揮させる各種『超能力』、虚空から武器を創造する『武器術』、さらには自由に飛べる『飛行』などもある。
俺の変身なんか、ちょっと珍しい身体強化系くらいに見えるだろう。
特撮もフィクションじみているが、ダンジョンの方がよほどかもしれない。
「で、今日も潜るんか?」
「いや、今日は午後から用事がある……瀬戸は?」
「おお、仲間との予定が合ったから『ハイツ拝山』に行こうと思ってな」
『ハイツ拝山』……たしか、20階建てのタワーマンションが丸ごとダンジョンになっている場所だ。
内部は目測でかつての規模の3倍以上に拡張されていて、出現する魔物も強い。
ダンジョンはその規模と難易度によって大まかに『初級』『中級』『上級』に分かれているが……『中級』のダンジョンだったはずだ。
「お前は相変わらず『ガリーファロ』に潜ってんの?」
「ソロだからな、無理はしない」
昨日水分を助けたダンジョンだ。
『ガリーファロ拝山』が正式名称で、地下2階、地上3階建ての……『初級』ダンジョンである。
「アレだよ、こっちのパーティに合流してもいいんだぜ? お前、信頼できそうだからさ」
「評価してもらってありがたいな。もう少し自信が付いたら頼むよ」
出会ってから10日少々だというのに、随分と信頼されたもんだ。
だが、それも当然である。
ロクな身分証も無しになれる『探索者』は……基本的に社会の底辺ばかりだ。
最低限の腕っぷしさえあればいいし、『スキル』や経験によってはさらに上を狙える。
つまるところ、社会に適応できないような……いわば、社会不適合者の集まりのような側面もある。
瀬戸は『話が通じる』という一点で俺をある程度は信頼したんだろう。
この世界に来て、ここに泊まっているが……本当に言葉の通じないタイプの連中も多いのだ。
ぶっちゃけ、戸籍カードが取得できれば俺もこんな仕事はしたくない。
この世界、調べた限りではベーシックインカムの概念は前の世界よりも発達しているし……普通に働く上でも前の日本よりもずっと生きやすいのだ。
その前提が無理なので、こうして『探索者』とやっているんだが……
「そうかい、ま、いつでも声掛けな」
瀬戸も『話が通じる側』の探索者だからな、この縁は大事にしたい。
こいつはこのエリアに常駐しているらしいからな。
「ごちそうさま……それじゃ、行くよ」
そんな間に食事は済んだ。
まだあと10人前は食えるが、さすがにヒトの目があるからな。
「おう、またな。今日も訓練所使うんか?」
「ああ、体が資本だからな」
やっぱり真面目だねえ……という声を背に、食器を戻しに行く。
この宿泊施設には、備え付けの訓練所という運動スペースがある。
スペックは文字通り『頭に叩き込んである』が、それでも鍛錬は大事だと思う。
前の世界ならまだしも、ダンジョンじゃミス=死ぬってことにもなりかねないからな。
悲しいかな、『改造手術』によって単純作業にも耐えられるメンタルが身についているわけだし。
・・☆・・
「ナモンバラさーん! こんちゃー!!」
午後3時過ぎ。
宿泊所前のベンチに座っていると、向こうの方から水分が駆けてきた。
セーラー服姿だ……学校から直でここに来てくれたようだな。
「こんにちは、水分」
「ちっすちっす! ひょっとして大分待ってた感じ? ごめんね!」
ベンチから立ち上がると、水分は申し訳なさそうに頭を下げて来た。
そういえばコイツ、全然敬語使わんな……まあ、いいが。
一応『さん』付けで呼んでいるし。
「いや、いい。訓練所を使っていたが少し頑張り過ぎてな、休憩していた」
「ナモンバラさん、むっさ強いのにちゃんとしてんね~!」
水分は感心したような顔で、俺に寄ってくる。
よほど急いだのか、顔には汗をかいていた。
「んじゃ、いこいこ! あーし、どこでも案内するし!」
「すまんな……いくつか日用品を買いたいんだ。それと服を」
連日のダンジョン行きで、やっとある程度の金が稼げたからな。
まっかしといて! と言って水分が走っていく。
元気の塊って感じだな……俺も、高校のころはあれだけ元気だっただろうか。
・・☆・・
「超楽し~い! ナモンバラさん、タッパあっから何でも似合うし!」
「……そうか」
宿泊所から電車で一駅先の商業施設。
そこに入っている服屋で、俺は着せ替え人形と化している。
「ダンジョン用の普段着には少し勿体ないな、これは」
「あ、そういう感じだったん!? ごめんね、あーしてっきり……」
「いや、言葉が足りなかったのは俺だ……だが、シャツとズボンは買っておこう」
いくら汗で汚れないと言っても、洗濯もしないんじゃ怪しすぎる。
ダミーの服は何着か欲しい所だった。
あの宿泊施設、先払いしておけば部屋は押さえておいてくれるしな。
「んじゃ、この上に『ビルドマン』あっからそこにも行くし!」
「ああ、そうだな」
やっぱり聞いたこともない店の名前だな。
話す言葉も住んでる人間も同じだし、国土の形も全く同じ。
だが、それ以外は全然違う……なんとも奇妙なもんだ。
会計を済ませつつ、そんなことを考えていた。




