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第2話 改造人間、現状を思い返す。

「ゴブリンの耳が15個、それから……これは、チャンピオンの宝玉ですね?」


 カウンターに出したズタ袋から肉片を取り出して検分していた女性が、こちらを見る。

ゴム手袋越しとはいえ、よく表情を変えずに触れるもんだな。

俺は慣れたが。


「ああ、そうだ。振り込みではなく、この場で現金化してくれ」


「いつも通り、ですね。かしこまりました」


 黒髪を綺麗にまとめ、薄いリムの眼鏡をかけたスーツ姿の女性……顔なじみの戸河内(とごうち)さんが、トレーに乗せた耳と宝玉を持って奥に引っ込む。


「ねえねえ、ナモンバラさん。あーしの取り分はいいってばぁ……助けてもらったんだからさあ」


「そういうわけにもいかん。そもそもキミのお陰で作れた稼ぎだとも言える」


 『買取受付所』の前で、水分が遠慮がちに俺のコートを引っ張っている。

気安いわりに、そういったところはしっかりしているらしいな。



 『セーフゾーン』での休憩を終え、俺達は『ダンジョン』の外へ脱出した。

そこから歩いてすぐの『支所』に俺達はいる。

ダンジョン近辺に必ずある公的組織……『特区庁』の出先機関だ。

ここでは、ダンジョンに関わる様々な手続きや、内部で手に入れた物品の売買ができる。


 そもそも、『特区建造物』……『ダンジョン』とは何か。


 それは、ある日突然異界と化してしまった一般建築物や、ある種の地形のことである。

『この世界』では、今から30年ほど前に始まったらしい現象だ。

決まった出入り口からしか入場できず、外側は外部からの物理的干渉を一切受け付けない。

内部構造は外見の広さと一致せず、凄まじく広い。

そして、その内部には……ゴブリンのような『魔物』という存在が闊歩している。


 『探索者』とは、ダンジョンに潜って文字通り探索をする者たちの総称である。

彼ら彼女らは魔物の素材や、貴重な物品を求めて日々ダンジョンに潜るのだ。



「――こちら、今回の報酬です。総額で10万円ちょうどとなっております」


「ああ、ありがとう」


 ゴブリンの耳は1つで3000円。

15匹いたから総額4万5千円。

それにチャンピオンの宝玉が5万5千円か……まずまず、だな。


「水分、半分だ」


「うぇえ!? ちょ、ちょっと貰いすぎだし!」


 5万円を渡した水分は、しばらく受け取ろうとしなかったが……半ば無理やり手に握らせた。

『どうしようもない理由がある』俺とは違って、こんなに若いのに探索者なんてやってるんだから金が必要なんだろう。


「んむむむ……ガンコだね、ナモンバラさんって」


「よく言われる。金はあるだけいいからな、持っておけ……早速ですまんが、1つ頼みがある」


 そう言うと、水分は目を輝かせた。


「なになに!? さっきも言ったけどあーしってばここが地元だかんね! なんでも聞いてよ!」


「着の身着のままでここに来たからな、色々と買いたいものがあるんだ。都合のいい日に少し、周辺のことを教えてくれ」


「オヤスイゴヨーだし! ナモンバラさんはあーしの命のオンジンだかんね! いつでもいいよ~!」


 そこまで言って、水分は動きを止めた。


「あ、でも連絡どうしよ? スマホないよね?」


「問題ない」


 指を指す。

その先は、ここから道を挟んで向かいのビルだ。


「俺はずっとあそこに泊まっている。用があれば受付で呼んでくれ」


「わっかりやっす! わかった、そんじゃ明日……ガッコ終わったらすぐ来るかんね! たぶん3時くらいに!」


 手元の時計を確認し、水分は身を翻した。


「ごめんけど、電車の時間があっから帰るね~! ほんと、ほんとにありがとね、ナモンバラさ~ん!!」


 周囲に聞こえるほどの大声を発しながら、水分は走り去って行った。

……学校か。

やはり学生だったか……何か事情がありそうだな。


「……あの子、どうされたんですか?」


 戸河内さんが聞いてくる。


「ああ、中でゴブリンの群れに襲われかけていたから助けた」


「そうですか……おかしいですね、いつもはパーティで潜る子なのに……最近ソロのようなんですよ」


 まるでゲームだな。

学生がチームを組んでダンジョン攻略とは。


「では、南門原さんが単独でゴブリンチャンプを?」


「まあ、そうなる」


 戸河内さんの眼鏡が少し光ったように見えた。


「南門原さん、そろそろ『スキル検査』を受けてくださいよ。希少なスキルなら国から補助金も出ますし……」


「どうにも検査は苦手でね……また明日来るよ」


 戸河内さんに手を振り、歩き出す。

冗談じゃない、そんなモン受けたら最後……『俺が何か』バレちまうじゃないか。

折角モルモットから脱却したのに、『こちらでも』モルモットになる気はない。



・・☆・・



「ふぅ」


 シャワーを浴び、ベッドに寝転がる。

体が『こう』なってから、汗や排せつもなくなったが……それでも、暖かい湯に触れると気持ちがいい。

しかし、何故か髪だけは伸びるこの体はよくわからんな。

顔自体は前の俺と同じように……眼つきが悪すぎて死んでいるが。

折角改造とやらをしたんだから、爽やかなイケメンにでもして欲しかったな、秘密結社よ。


 ここは、『探索者』向けのホテルだ。

四畳半の部屋は豪華とは言い難いが、清潔な部屋で寝られるのはありがたい。

一泊の値段は食事なしで2000円、十分すぎる。


「なんとか、やれるもんだな……」


 呟きつつ、頭を横に向ける。


「……長生きだな、『こっち』の天皇陛下」


 部屋備え付けのデジタル時計。

そこの日時表示はこうなっている。



 『聖和(しょうわ)100年 4月20日 20時38分』



「……まるで出来の悪いフィクションだ」


 枕に頭を乗せ、呟く。


「もう20日も経つのか……『こっち』に来てから」



・・☆・・



 研究所? の爆発に巻き込まれた俺は、気付けばビルの裏路地に倒れていた。


『よお、にいちゃん。飲み過ぎかい?』


 近くのごみ箱から空き缶を回収していたホームレスの男が、こちらを見て笑った。

時刻は早朝で……肌寒かった。


『おじさん……ここは、どこだい?』


『なんだよ、アンタ随分と深酒なんだな? 昨日はどこで飲んだんだよ』


 起きた時の服装は、黒いロングコートに、白いワイシャツとジーンズ、それに手袋とブーツ。

手術室から脱出する時に、室内からなんとか見つけた服だ。


『いや……わからん、近くの駅は何て名前だ?』


『若いうちから記憶をなくすくらい飲むんじゃねえよ……後々困るよ? 最寄駅はなあ……』


 駄目な若者を見るように笑いつつ、ホームレスはシケモクを咥えて言った。



『――拝山(おがみやま)だよ。わかるかい? 第二帝都地下鉄のだぜ?』



 ……駅の名前もそうだし、地下鉄の名前すら初耳だった。

ホームレスの表情を見る限り、俺を騙そうとしている顔じゃなかった。


『……ありがとう、おじさん。あの、もう一つなんだが……役所はどっちだろう?』


『この路地出て左に真っ直ぐだよ。『特区支所』の横にあるぞ……大丈夫かいにいちゃん、顔色が悪いぜ?』


 俺は立ちあがって、ホームレスに頭を下げる。


『大丈夫だ。ありがとう、おじさん……何も持ってないからお礼もできないけど』


『あんた財布まで落としたんかよ……気にすんなよ、今度街であったら奢ってくれや。ちなみに警察署は役所の裏にあるからな、財布落としたんなら行っとけよ』


 俺はもう一度頭を下げて、路地から出た。

大きな幹線道路沿いに、車がせわしなく行きかっている。


 その光景を見て、俺はここが『俺の知っている日本』ではない、と理解した。

走っている車が、どれもこれも全く見覚えのない車種で……刻まれている会社名も、全く知らないものばかりだったからだ。


『パラレルワールド、ってやつか……?』


 以前の俺なら大層狼狽しただろう。

だが、あのヒーローっぽい彼が言っていたように……『改造手術』のせいか、心はやけに薙いでいた。

ショックに対する反応が鈍いというよりは……パニックを抑え込む強靭なメンタルって感じだ。


 道を歩きながら周囲を見た。

看板の地名、ビルの壁面にある広告の名前、コンビニの名前。

それらどれもが、俺の知っているものと違う。

日本語は一緒なのが救いだった。


 どうやら俺は、やはり『違う日本』に紛れ込んだらしい。

いや、ひょっとしたらあの研究所の時点で違ったかもしれない。

あんな特撮めいた存在も、秘密結社も……令和にはなかったはずだ。


 そんなことを考えながら……俺は役所にたどり着いた。

たどり着いたが、まず初めに向かったのは……そこからほど近い場所にあった『図書館』だった。

なんにせよ、情報収集をしなければならない。

当時無一文だった俺は、ネカフェにすら行けないからな。



『なんだ、これ……』


 たどり着いた図書館の二階。

そこの読書スペースで、俺は頭を抱えた。

目の間に積まれているのは、『まんが 日本の歴史』という……令和でもお馴染みの学習漫画だった。

本棚を眺めていると気付いたんだ、最後の1巻……『近代の歴史』というそれの副題が『ダンジョンの出現』だったことに。

間違えて娯楽漫画の棚に迷い込んだのか? と思って手に取って読んだ俺は……さすがに衝撃を受けた。


 まず、現在の年号は『聖和(しょうわ)』で、なんと100年。

そして、聖和68年……今から32年前に、世界各地に『ダンジョン』が出現した……という内容だった。

他にもお堅い歴史書を何冊か読んだが、どれも同じ内容だった。

既存の建造物や地形が、無作為に『ダンジョン化』してしまい……今に至る、という。


『信じるしかないか……これは』


 歴史以外でも、図書館の棚を多く占領している『ダンジョン』系の書物。

とっつきやすそうな何冊かも回収し、しっかりと目を通した。

どうやら、身体能力以外の部分……記憶力や思考力といった部分も強化されているようで、速読と言ってもいい速度で内容を理解することができた。


 『ダンジョン』は、現在簡単な手続きをすれば誰でも入れる。

そして、日銭を稼げる。

国を挙げてダンジョンに潜る『探索者』を推奨しているフシもある。

それは……ダンジョンの『性質』もあるのだろう。


 ダンジョンが発生した当初は、日本はもとより世界各国でも一般人の侵入は固く禁止されていた。

各国の軍隊がダンジョンに入る形になっていたようだ。


 ――だが、それはすぐに終わった。


 ダンジョンは、それこそ無数に存在する。

その過程で手が足りず、放っておかれたダンジョンは……『溢れた』

ダンジョンから魔物があふれ出し、周辺に甚大な被害が及んだのだ。

どうやら、定期的に魔物を間引かないとその現象が起こるらしい。


『行ったことあるなあ……いくつか』

 

 この世界では、その魔物が溢れる現象……学名『スタンピード』によって、ダンジョン発生から今までに壊滅した地域が点在している。


 ――我が日本では、いくつかの離島と……なんと、今から5年前に四国全域がその犠牲になっている。


 地図を見ながら確認したが、徳島県と香川県に該当する地域のダンジョンが一気に溢れ……人類は本州へと追いやられたとのことだ。

その後、魔物の国と化した四国は……詳しいことは書かれていないが、『ダンジョンから産出された物質を加工したミサイル』の波状攻撃によって『消毒』された。

だが、その際の破壊とミサイルの毒素によって四国は人の住めない領域となっている……らしい。



『……閉館、か』


 その後も情報収集を続けた俺は、ある程度この日本についての情報を得た。


『ダンジョンは年中無休で24時間営業……行くしか、ないな』


 転移? 初日にして、俺は『探索者』になることを決めた。 

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― 新着の感想 ―
まず、すいぶん、と読んでから、あぁ、みくまり、だったてなる。困ったw
四国が死の国になっとるやんけ!
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