第1話 改造人間、ギャルを助ける。
俺を見つめる女性の前で、意識を切り替えて『変身』を解除する。
纏った時とは逆再生のように、装甲板は虚空へ消えていった。
『空間転換式・超高速・装甲装着システム』……だったか、相変わらず魔法と変わらんな。
「まず傷を手当てした方がいい、あの刃物はどう見ても清潔じゃないからな」
「あ、あいだだだ……! 急に痛くなってきたし……!」
女性の傷は思ったよりは浅いようだ。
しかし、放置できるようなものではない。
「薬はあるか? ないなら……」
「ダイジョブ! ちゃあんと持ってるし!」
女性は腰のポーチに手を入れ、軟膏と消毒液、それからガーゼを取り出した。
そして、プロテクターを脱いで上着をズラす。
「いったぁ……」
消毒の後、すぐに軟膏を傷に塗り込み、涙目になりつつも治療を行っている。
うん、慣れてるな……おっと、いつまでも見ているのはよくない。
彼女を背中に庇うように、前を向く。
それにしても広い駐車場だなあ……本当に。
俺の眼前にあるのは、呆れるほどに広大な駐車場だ。
太い柱が何本も乱立し、見渡せない程広い。
さっきのゴブリン共の姿はもうなく、地面には死体だけが転がっている。
……そうだ、先にやっておこう。
さすがにまだ、『消えて』しまうことはないだろうが。
ベルトに装着されているナイフを引き抜き、死体の方へ向かう。
ええと……ゴブリンは右耳、チャンピオンは……胸の中にある宝玉、だったな。
・・☆・・
「オニーサン! ほんっと、ありがとうございました!」
「いや、間に合ってよかった」
ゴブリン共の体の一部を回収し、ズタ袋に入れる。
俺の作業とほぼ同時に治療が終わった女性は、こっちに小走りにやってきて頭を下げた。
やっぱり、こうして見ると女子高生くらいの年齢か?
少し褐色気味の肌に、大きな目。
体つきは『この仕事』らしく鍛えられているが……それでいて女性らしく丸みを帯びた感じだ。
髪の毛はヘルメットで見えないが、総合的に結構な美少女だな。
「あの、あーし……」
「おっと、この場にいたら危険だ。一緒に『セーフゾーン』まで退こう」
何事か喋ろうとした女性を手で制し、移動を提案した。
ここはまだ『地下2階』だから……そう遠くはなかったはずだ。
「あっ、うん! あーしも一緒でいいの?」
「ああ、当たり前だろう?」
そう言って歩き出すと、彼女は嬉しそうに横を歩いてきた。
ショックから立ち直ったら、これまた随分と人懐っこい子だな……
「あ! 先に言っとくね……あーし、水分まりって言うの!」
珍しい苗字だな……
「俺は南門原九朗だ」
俺も人のことは言えないが。
「いかちー! なんか、格好いいね!」
「……そうか?」
その発想はなかったな……
・・☆・・
「んあ~……イノチビロイしたし~!」
ソファに座り、大きく伸びをする水分。
ここは『セーフゾーン』……さっきのような魔物が入ってこれない部屋だ。
見た感じは、10畳ほどの広さがある事務所のような場所である。
というか、『地下駐車場の守衛室』と言った方がいいか。
大きなテーブルを挟んで、2つのソファが並んでいる。
窓はなく、後は仕事用らしきデスクが2つばかり点在する殺風景な景色となっている。
「ナモンバラさん! マジで感謝ね! あーし、あのままだと死んでたかもしんないもん!」
「無事で何よりだ」
ヘルメットを脱いでリラックスした様子の水分は……ゆるくウェーブした金髪だった。
元々の髪色ではなく、染めているんだろう。
髪の根元は少し黒い。
「ねえねえ、ナモンバラさんも『探索者』なんだよね? 今まで見たことなかったケド」
「ああ、つい先日こっちへ来たんだ」
『探索者』と言えば聞こえはいいが……『この日本』では最底辺の職業の一つ。
日本各地に点在している『特区建造物』……いわば『ダンジョン』に潜って日銭を得る者たちを、そう呼ぶ。
「へ~! どーりで! あんなにめっちゃ強いんだから、前からいたら絶対目立つもん!」
「まあ、多少腕に覚えはあるからな」
右手を握り込む。
……電撃を使うと痺れが少し残るのが難点だな。
「そういえばさっきのさ、どんな『スキル』なん!? あんなん見たことないし!」
「すまん……内緒だ」
『スキル』
先天的に、または後天的に……『この世界』の人間が会得する特殊技能のことだ。
まるでゲームや漫画のように、その内容は多岐にわたる。
「だよね~? 見たことないもん、むっちゃレアスキルなんだろうね!」
水分は10代後半に見えたが、笑うと中学生くらいにも見えるな。
しかし、死にかけたって言うのによく笑う子だ。
底抜けの明るさに、こっちまで少し楽しくなる。
いわゆるギャル、というやつだろうか?
「あーしもレアスキル欲しいな~! まだ『身体強化』しかないもん!」
「スキルを自分でバラすなよ……」
「いーのいーの! 珍しくないし!」
いくらありふれているらしいスキルとはいえ……
「……とにかく、少し休憩したら出口へ行こう。俺も今日は出るつもりだしな」
「なにからなにまでほんっと! ありがと! あ、そうだそうだ……」
目を輝かせた水分は、懐を探ってスマートフォンを取り出す。
「ねね、ナモンバラさん! 連絡先交換しよ、交換! あーし、ここら辺くわしーから色々教えてあげる!」
「あー……」
俺は頭をかきつつ、答える。
「……スマン、携帯は持ってないんだ」
「マージ!? イマドキ珍しいね~?」
……持ってないというか、身分証がないので買えない。
だって俺は……『この世界』の人間ではないのだから。
・・☆・・
令和8年のあの日、俺は残業を終えて自宅に帰った。
クソッタレ上司のトラブルによる、突発的な残業……翌日が休みなこともあり、風呂にも入らずにベッドに倒れ込んだ。
――そして、目覚めると……手術台に寝かされていた。
全身を固定された俺はパニックになり、周囲にいる医者らしき連中に何が起こったのかを訪ねた。
『素晴らしいことだ』
誰に聞いても、その答えしか返ってこなかった。
てっきり寝ている間に心臓発作でも起こしたのかと思ったが、そうではないようだ。
『身体改造、ならびに情報の転写は完了……これより制御チップを挿入する』
ふざけるな、ほどけ、馬鹿野郎……そんな俺の叫びを無視し、医者連中はドラマで見るような電動ドリルや電鋸などを手に取って寄ってくる。
その中でも一番地位が高そうな医者が、眼鏡の奥の目をいやらしく歪めた。
『なに、すぐに良くなる……素晴らしいことが起こるぞ』
そう言ってソイツは、周囲に命じて俺の頭を切開しようとした。
――その時、轟音が響いた。
手術室の壁が吹き飛び、崩落し……その破片と一緒に何人もの男たちが飛び込んできた。
個性のないダークスーツ姿の屈強な男たちは、揃って体のどこかを陥没させていた。
まるで、馬にでも蹴られたかのように。
『まさか、もうここを嗅ぎつけて――』『せいっはァ!!』
狼狽した医者の一人に影が飛び掛かって――その頭が、腐った西瓜のように弾け飛んだ。
『――おのれメガラニカの科学者ども! 貴様らの好きにはさせんッ!』
その影は、若い男の声で叫んだ。
『駄目だ、逃げ――』
医者たちは狼狽し、逃げ出そうとしたが……黒い影が縦横無尽に暴れ狂った後、全員死体になっていた。
影のパンチやキックが命中する度、その体は粘土細工めいて破壊された。
一番偉そうだった医者は、速すぎて見えない影の蹴りによって上半身と下半身が泣き別れに吹き飛んだ。
『ぐぶ……裏切りもの、め――』
上半身だけになって痙攣している医者がそう呟き、影に頭を踏みつぶされた。
『よかった! まだ脳改造はされていないか!』
嬉しそうな声を出し、こちらに歩み寄る影。
『色々聞きたいこともあるだろうが、今は脱出することが先決だ! この研究施設は15分後に吹き飛ぶ!』
手術室の明かりに照らされた男は……全身を黒光りする装甲板に包まれた、奇妙な姿をしていた。
子供のころ好きだった、虫をモチーフにした特撮ヒーロー……それに酷似している。
赤く光る大きな目に、その上から伸びる触角。
だが、テレビと違ってもっと造形は細かく……なんというか、『兵器』という印象を強く受けた。
『さあ、脱出するぞ!』
拘束具をたやすく引き千切り、彼は俺の手を引いて立ち上がらせた。
……違和感があった。
体長が悪いのではない、『良すぎる』のだ。
コンタクトをしていないにも関わらず、視界はクリアでどこまでもよく見える。
デスクワークの連続で凝り固まっていた肩も、今までよりずっと軽い。
運動不足だったはずの体が、まるで高校時代にでも戻ったように軽く動く。
俺のモノではない服をひっつかみ、全裸だった俺はとりあえず羽織って走り出した。
『何をしているんだ! こっちだぞ!』
先を走る男は、明らかにオリンピック選手をはるかに超える速度で走っている。
だが、それを追う俺もまた……息切れ一つせずに走り続けられている。
人間の出せる速力ではなかった。
『俺の体に、いったい何が――』
『改造手術だ! 悪の秘密結社メガラニカの手によって、キミの体は生体金属と人工筋肉、そして人造臓器に置き換えられている!!』
……まるで昭和時代の特撮番組みたいな答えだが、この馬鹿みたいな身体能力がその答えだろう。
『証拠』がある分、納得するしかなかった。
『だが安心しろ! 脳に制御チップが組み込まれる前に助け出すことができた! キミの心はキミのままだ!』
あまり安心できないが……まあ、脳にそんなものを埋め込まれるよりはマシ、か。
当時の俺はそう思いながら足を動かして――
『――いかん!? 爆発が思ったよりも早――』
走っている通路に発生した、蒼白い不思議な爆炎に巻き込まれた。




