第28話 改造人間、休む。
「南門原さん、おはようございます」
「ああ、おはよう」
朝。
宿泊所前の屋根付きベンチで本を読んでいると、戸河内が駅の方から歩いてきた。
今日は朝から勤務なのか。
「随分早いですね、今日はもうダンジョンに?」
「いいや、今日はオフだ。早く目が覚めてな」
特に予定もない俺と違い、平日のまりは学校。
そして瀬戸たちも色々やることがある。
なので、今日は1日オフだ。
明日からは、まりの予定に合わせて夕方から潜ることになっている。
基本的に、ハイツ拝山に関しては平日は到達した最高階を周回、休日に上を目指すということになった。
1日に10部屋攻略する必要があるからな……急ぐと怪我の元だ。
「横、いいですか?」
支所に行くのかと思ったら、寄ってきた戸河内が隣のベンチに腰掛ける。
「別にいいが……仕事はいいのか?」
そう聞くと、彼女は少し嬉しそうに微笑んだ。
「はい……今日は10時からの勤務なのですが、少し早く起き過ぎました。その……嬉しくて」
「ああ……豊平の件か。随分早く動いたんだな、警察」
一週間でこうも変わるとは……前から秘密裏に内偵でもしていたんだろうか。
叩けばホコリが出る身の上ではあっただろうが。
「南門原さんには申し訳ありませんが……ここだけの話、貴方が目を付けられた時にはもう関係各所が動いていました……あ、内緒ですよ?」
「言う相手もいないから安心しろ」
なんだ、それなら気にするだけ無駄だったのか。
途中で襲われたが、今となってはどうでもいい。
まりにクロスボウも供給できたしな。
「しかしめでたいな。これで戸河内さんも、のびのび仕事ができるだろう」
「はい! 本当に……! 新しい支所長はしっかりしたお方ですし、これらはご迷惑をおかけすることもありませんよ!」
いつになくテンションが高い。
よほどあのハゲが嫌だったんだろう。
まあ、好きな奴は……俺が『話し合い』した一部の子飼いだけだろうが。
甘い汁を吸っていた、な。
「ああ、南門原さん……遅くなりましたが、ガリーファロの踏破おめでとうございます。これからもハイツ拝山の攻略はパーティで?」
「ありがとう。ああ、瀬戸たちは話も分かるいい奴らだしな……しばらく組んでみる」
戸河内は頷く。
「瀬戸さんたちは、拝山区域以外でも名を知られた実力者揃いです。得るものは多いと思いますよ」
「少なくとも強盗まがいの連中とは違うな」
俺がそう言うと、彼女は一瞬周囲をうかがってから……声を潜めた。
「……南門原さんが潜るようになって、評判の悪かった探索者たちが揃って未帰還になるケースがいくつかあるのですが……」
「そうなのか? いや、俺の場合は『話し合い』で解決したぞ……『話し合い』で、な」
戸河内は少し目を開いた後、口元を歪めて笑った。
「そうですか……まあ、元々実力に乏しく向上心もない連中だったので……田舎にでも帰ったのでしょう」
「そうかもしれんな、最近は地方も活性化しているらしいし……いいことじゃないか」
俺達はそう言い合い、お互いに含み笑い。
少しだけこの地区が平和になった、な。
豊平のことも含め。
「……そういえばあのハゲ、生きてるうちに娑婆に出れるのか?」
「ふふふ……あのハゲが130歳まで生きても無理でしょうね」
以前の上司をハゲ呼ばわりし、戸河内は今までで一番の笑顔で微笑んだ。
よほどストレスが溜まってたんだろうなあ……
そしてあのハゲの余罪はどれだけあるんだ……
・・☆・・
『暇なう、暇なう~』
懐が振動。
取り出すと……黒いシンプルな『スマホ』にメッセージの着信があった。
送り主は『♪まりちゃん♪』
昨日、焼肉の後で購入した先払い式の携帯電話だ。
前の日本で言う所の、ウェブマネーを買うくらいの手軽さで買うことができた。
ちなみに本体が5万円、1か月ごとの使用料が1万円だ。
色々調べものもしたいので、ネットワーク使い放題プランで契約した。
面倒なので1年分を先払いだ。
このスマホにはまりを始め、瀬戸たちの番号が既に登録されている。
ちなみに先程の登録名はまりがスマホを奪って無理やりそうした。
『勉強しろ』
『やーだ、テスト終わったからやーだ』
アプリを起動して返信すると、地面をのたうち回って泣く猫のスタンプと一緒にそう送られて来た。
スマホを買ってからひっきりなしにメッセージが来る。
女子高生は世界が変わっても変わらんな。
『これみて~』
添付されていたのは……まなちゃんの動画か。
部屋の中で、こちらを見つめてニコニコ手を振っている。
『くろー! また、あそびにきて~!』
『じんじんしない』俺にすっかり懐いているな、まなちゃんは。
どんどん元気になっていただきたい。
『今度はドーナツでも買って行こうか。まなちゃんは何が好きなんだ?』
『ポン・デ・モチモチのずんだ味! っていうかまなへの方がメッセ長いのひどくな~い?』
現在時刻は、10時23分……
『お前、まさか授業中じゃないだろうな?』
『ダンジョン学は自習で~す! 外部コーチのセンセがダンジョンから帰ってこないから自習だし~!』
……そんな軽く言うことかね?
と、思っているとまた添付動画。
『くろーさん見てる~!?』『ウチらのアドも登録よろよろ~!』『あーしからトモダチシンセーしとくね~!』
自撮り角度のまりと、ユッコとサッコ。
『自習!!』と大きく書かれた黒板の前で、視覚効果をキラキラさせながら笑って踊っている。
……決して悪い奴らじゃないが、これを教える先生方の苦労は並大抵のことじゃないな……
教師は本当に大変な仕事だ、戸籍があってもやる気にもならん。
続けざまに送られてくるユッコとサッコのメッセージを見ながら、少し溜息をついた。
友達申請をOKした瞬間からバンバン来るな……
『南門原、ここの店はデカ盛り丼系が安くて美味いぞ』
『ありがとう、明日の昼飯にする』
合間に送られて来た東条からのおすすめデカ盛り店紹介には、しっかり礼をしておいた。
コイツ、グルメブログもやってるらしいな……後でブクマしておこう。
・・☆・・
「ネットは……前の日本と同じ、か」
宿泊所近郊の喫茶店で、スマホを見て呟く。
いつまでもベンチにいるのもアレなので、少し散歩して昼食しつつネットサーフィンをしている。
このスマホ、充電の持ちはかなりいいな……バッテリー技術が向上しているのか?
俺の顔と同じくらい大きいバーガーを齧りながら、画面に目を向ける。
『拝山地区 ダンジョン総合スレッド』
前の日本とは微妙に違うが、巨大ネット掲示板だ。
やはりと言うべきか、ダンジョン系の板が物凄く盛り上がっている。
『ガリーファロは初心者にほんとオススメ! 民度もいいし!』
『ゴブリンの湧きも丁度いいよな、精々1度に3匹ってところだし』
『地下1階エリアのスケルトンも倒せないような雑魚はおらんよな?』
……情報の正確さは滅茶苦茶だが。
おそらく、かなりの量の嘘が混じっている。
ダンジョン内はどこも電子機器が使えないからな……言いたい放題だ。
電子機器じゃないが、フィルム式のカメラも無理だからな。
だから、ダンジョンの中は行った探索者にしかわからない。
『初級』ダンジョンのガリーファロでこれだから……
『ハイツ拝山、10階層を突破!』
『コボルトどうだった? あと、ギミックは何?』
『一部屋3匹ってとこ。ギミックはないよ』
……やはり、デマまみれだな。
3階層の時点で一部屋に5匹は出るし、10階層に『ギミック』が存在するのは瀬戸が明言していた。
中には真実も含まれているだろうが……この溢れかえる情報から探し出すのは至難の業だ。
「お待たせしました~、鉄板焼きナポリタンです~!」
「ありがとう」
鉄板に山盛りになったナポリタン。
香ばしい匂いのそれに粉チーズを振り、タバスコをかける。
芳醇な匂いがより一層強くなる……何度も言うが、鼻と舌はマトモでよかった。
『昼飯なーう!』
まりからの添付画像には、でっかい握飯を頬張る彼女が写っていた。
ふと思い立ち、ナポリタンと半分食ったバーガー、そして山盛りのポテトを撮影して送った。
『なう』
すると、すぐさま既読になった。
『なんそれうんまそ!? 今度一緒に行こ!!』
タイプが速い……使いこなしているな。
目をキラキラにさせた猫のスタンプも踊っている。
気に入ってるのか、このキャラクター。
『くろーさんくろーさん』
食事を終え、アイスコーヒーで喉を潤していると……寺領からメッセージ。
『どうした?』
『アルバイトせーへん?』
……アルバイト?
『ウチの道場の近所にダンジョンあるんやけど、一緒に潜る子が来れへんようになったん』
『小さいダンジョンやけど、結構実入りええで。『間引き』目的やから適当に暴れてくれたらええんやけど……どう?』
ふむ……寺領は変な奴ではないし、今日は特に予定はない。
問題なかろう。
『わかった、場所を教えてくれ』
そう送ると、即座に地図とスタンプが返ってきた。
これは……お辞儀をしている、例のミョウガマンじゃないか……
好きなのか、寺領。
『拝山駅周辺にいる。すぐに向かう』
『助かるわ~!』
場所は……ここから地下鉄で5駅先か。
目的地は『一撃館空手道』の道場……ここで合流というわけだな。
『あ、小さいけど『中級』だから気を付けてや~!』
『了解』
これは、少し楽しみだな。




