第26話 改造人間、マンション2階を征く。
「せいっやァ!!」
「ゴババッ!?!?」
踏み込みと同時に放たれた寺領の右正拳。
それは、コボルトが防御に持ち上げた剣を飴細工のように砕き――顔面に激突。
インパクトの瞬間に、周辺の毛を焦がしながら――頭部を爆発させた。
「しぃい……!」
残心する手甲から、薄く火の粉が上がっている。
「アッキーかっけ! あーしもカラテ習おーかな!」
「あはは、そんならウチの道場紹介したるわ」
コイツ、もうあだ名を……
『ハイツ拝山』2階。
俺達は、危なげなく5部屋目を攻略し終わった。
基本的には、ドアを開けて敵を視認した瞬間に……庄原の稲妻が飛ぶ。
それで痺れたコボルトを、新庄とまりが狙撃。
それでも迫ってきたら、近接組の誰かが相手をする。
そういったルーチンワークで、危なげなく進んでいる。
俺やまりはともかく、瀬戸たちの実力は高い。
こういった低階層なら遅れを取ることもないだろう。
「お、ちょうど12時だな。丁度いいからこの部屋で飯にしようぜ」
ダンジョン内は電子機器が使用できないが、アナログ時計は動く。
だが電波受信式の時計は狂ってしまうので、探索者にはもっぱら自動巻き式の国産腕時計が人気だ。
ダンジョン内は空間が歪曲されてはいるが、時間自体は変わらないからな。
俺も、この世界へ来て早い段階で頑丈な腕時計を購入している。
「やーった、あーし腹ペコだし~!」
「ウチもや~!」
……まりと寺領、精神年齢は同じくらいかもしれんなあ。
「そういや南門原よ、お前携帯持ってねえよな?」
コボルトの死体を片付け、リビングルームで昼食中……瀬戸に言われた。
しかし巨大なリビングだな……家具の大きさは変わらないので、巨人の部屋に住んでいる小人になった気分だ。
「……ああ、色々あってな」
携帯か……欲しいが、戸籍が存在しない俺には……
「コンビニで買えるぞ?」
「……なに?」
コンビニで、だと?
「やっぱり知らなかったか、先払い式のプランになるがな。現金さえあればすぐに手続きできる」
「……知らなかった」
図書館で確認したダンジョン関係の本、年式が古かったのか……?
「ももふぁふぁ、めめめ」
「飲み込んで喋れ」
まりがハムスターの親戚みたいになりつつ、俺の肩を叩いている。
サンドウィッチ買いすぎだよ、お前。
「んぐぶい……んごごご……!?」
「水だ、ほら」
今度はのどに詰まって真っ青になった……子供か、お前は。
いや、高校生は子供か……
「ぷっはァ! ……くろー! 帰りに買いに行こ! んでその場であーしトーロクして!!」
「わかった……わかったよ……」
そのつもりだと言うのに……
「ま、お前も『訳アリ』ってこったな。これ以上聞く気はないから、俺のことも聞くなよ」
そういえば瀬戸、パーティリーダーなのに宿泊所暮らしだったな。
実入りもいいだろうに……
「ああ、わかっている」
特に気になることもないな。
こちらにとって敵でなければ、問題ない。
「くろーさんが5つ上でビックリしたわ、てっきりもっと年上だとばっかり……だって空手の腕前も円熟しとるし」
「気にするな、よく言われる」
寺領はそこから年齢を想像したのか。
申し訳ないが、空手歴は一月と少しだ。
「ほぼ初心者って聞いて心配だったが、杞憂だったな。まりちゃんも懐いてるし」
「判断基準はそこか、東条」
東条はここの誰よりも食っている。
変身した俺のように燃費が悪いんだろう……見ただけで5合分はあるぞ、そのニギリメシ。
そして、想像した通りに庄原は少食だな……あれだけ『超能力』を使ってサンドウィッチ2つで足りるのか?
同じ後衛の新庄よりも少ないな。
「すぐるんのちょーのーりょく、すっごいね! アニメみたい!」
「ほんと、出鱈目な能力ですよ……『スキル』っていうのは」
庄原もあだ名をつけられている……『くろぽん』を断って本当によかった。
「まりちゃんまりちゃん、卓さんって元高校教師なんだよ」
新庄がまりの肩をつついている。
「あー! なんかわかるカモ! 先生っぽい! セツメー上手だし!」
ああ、なんというか納得だな。
「……公務員から探索者か、随分波乱万丈だな?」
そう言うと、庄原は苦笑。
「いえいえ、教師が嫌いになったとか首になったとかではありませんよ……ただ、探索者というかダンジョンの方が『面白く』て」
庄原の指先に、小さな稲妻が発生した。
「絶縁体もないのに、僕の考える通りに発生して飛ぶ稲妻ですよ? 普通なら僕か周囲の人間に落雷するだけなのに……不思議でしょう? ダンジョンは不思議と不条理に満ちた素敵な場所ですよ」
「まあ……そういう考え方もある、のか?」
この話しぶり、理系の教師だったのか?
俺はやむにやまれず、まりもそうだが……そういう方向で望んでなった探索者もいるんだな……
人生ってのは色々だな。
「くろーさんくろーさん」
さっきまでまりと話していた寺領が、今度は俺の肩を叩いている。
「今度組手せえへん? ウチ、『雷神流』って動画でしか見たことあらへんし!」
「……予定が、合えばな」
寺領は根っからの空手好きというか、スポーツ好きか……
コイツは何故探索者になったのか、聞かなくてもわかる気がする。
「あーしもカラテサイズしたーい!」
「あっはは、ええやんええやん! 一緒にやろ!」
……ボクササイズの親戚か何かか?
・・☆・・
「ギャウゥウ!」
コボルトの振り下ろす剣を、左裏拳でへし折る。
「っはぁ!!」「――ゲゥ!?」
すかさず右手に持ったピックを脳天に叩き込んで、頭部を破壊。
……全く問題はないが、1階の連中よりも硬いな……?
というか、『硬くなる』速度が速い、のか?
なるほど、これが『中級』か。
「おう、気付いたか南門原。『中級』は階層ごとに魔物の強さが大きく上がるってことに」
無言で死体を検分していた俺に、東条が話しかけてきた。
そう言いながらも、俺とほぼ同時に盾でコボルトを損壊させている。
「ああ、この分だと10階層辺りは別物になっているな」
「『上位種』のコボルト・ソルジャーが湧くしな。まー、初心者を脱却した気になった探索者がよく死ぬんだわ、ここ」
車でも初心者マークが外れた時が一番ヤバいって言うしな。
「東条、今思ったんだが……そういえばここ、他の探索者に会わんな? 日曜だってのに」
「ああ、そりゃあ簡単な話だ。ここは入ったらパーティ単位で独立した空間に飛ばされてるんだよ」
……なんと。
「それは気付かなかった」
「『中級』はそんなもんだ。こういう『ギミック』が多い程、難易度の高いダンジョンだって見なされるからな」
なるほどな……
「たけるん、ほいじゃ『上級』は~?」
尻尾を切り落としていたまりが、俺の横から顔を覗かせた。
あだ名にはもう慣れた。
「踏んだらワープする罠、天地さかさまの階層、周囲1メートル以内で急に湧く魔物に……毒ガスで満たされた階層なんてのもある。それに比べりゃ『中級』は天国だよ」
「ひぇえ……こっわ」
毒ガスか……俺は大丈夫だが、まりが挑む時には防毒マスクがいるな。
「そもそも『上級』は潜るのにもある程度の力量が求められるからな。まりちゃんは行くにしてもまだまだ先の話だ」
探索者の情報を記録している『探索者カード』
住所も氏名も年齢も適当に作れるが、『ダンジョン踏破歴』の記録は残る。
たぶん、そこを参照するんだろう。
顔写真を貼る必要もないから、他人に成りすますこともできるが……力量に見合っていないダンジョンに潜っても死ぬだけだ。
政府も、そこまで偽装して入る奴なんか死んでも気にしないだろうし。
「くろー、近くにあったっけ、『上級』って」
「ダンジョン学で勉強しているだろうが……一番近所なのは『海神マリンパーク』だよ」
前の世界で言う所の大阪湾に面した、広大な水族館だ。
元から国内で最大級の敷地面積だっただけに、ダンジョン化した今では気の遠くなるほど広く……踏破に要する時間は、最短でも1か月以上だとか。
1階建てのダンジョンであり、営業当時の正門から入場して……最奥まで行くと踏破となる。
「あーね! なんかベンキョーしたかも! んでも、名前くらいしか聞かなかったよ?」
首を傾げるまりに、新庄が寄ってきた。
「当然よまりちゃん。『上級』のダンジョン情報は探索者の貴重な飯のタネだもん。無料で公開とかしてないんだよ」
「ええ、侵入経験のある探索者に金を積んで聞くのが最も早いですね」
庄原が補足した。
ああ、そういう話も聞いたな……『上級』は細かなルールがいくつもある場合が多い。
情報すら、というか情報一つ取っても並の恩寵品くらいの価値になるとか。
「瀬戸は目指しているのか? 『上級』を」
「ん~、それはそうだが、俺は『豊栄城』の方に興味があってな」
ああ、前の世界で言う所の大阪城か。
あっちはダンジョン化黎明期から変わらずに『上級』ダンジョンだ。
『豊栄のシンボルを人間の手に!』というスローガンの元、『完全攻略』を目指されているが……未だに、未踏破の状態になっている。
それどころか、10年ほど前には自衛隊主体の特殊部隊パーティが突入して……最終的に全滅している。
『上級』の魔物は、彼らの持つ現代兵器にも耐えたらしい。
「マリンパークと違ってあそこは『完全攻略推奨』だからな。コアぶっ壊したら報酬でひ孫の代まで遊んで暮らせるぜ」
国内にいくつかある『この国にとって重要な場所だから完全攻略して非ダンジョンにしてくれ!(意訳)』って種類のダンジョンか。
国の肝いりだもんな、小さな町くらいなら買えるレベルの大金をくれることだろう。
「おいおい、大也はまず嫁さん作らなきゃだろ」
「うるっせ! 妻帯者の余裕か猛!」
瀬戸が東条を小突いて笑っている。
ふむ……いい雰囲気のパーティだな、ここは。




