第23話 改造人間、ギャル宅へお邪魔する。
「入って入って~!」
まりが嬉しそうに、ドアを開く。
「ママ~! くろーが来ったよ~!」
そう言った廊下の先から、パタパタと足音。
しばらくすると、一人の女性がやってきた。
「いらっしゃ~い! どうぞどうぞ、上がって上がって!」
玄関先でニコニコしているのは、エプロン姿の……まりによく似た女性。
「南門原九朗です。お邪魔します……ああ、こちらはつまらないものですが……」
「ま~! ご丁寧にどうも! 悪いわねえ……あ! 水分あずさです、よろしく!」
まりとは違ってショートカットの茶髪だが、同じように元気はよさそうだな。
これが母親か……まりが高校1年だから……最低でも30代中盤だろうが……見えない。
少し離れた姉と言われた方がしっくりくるぞ……何かの『スキル』か?
ガリーファロを色々あって踏破した翌日。
俺は、まりに連れられてマンションにやって来ていた。
最寄り駅からほど近い、便利そうな立地の……まりの、実家である。
「あ、くろーさんおっすおっす~」
「まま、狭いとこだけど座って座って」
「あんさあ! あーしの部屋なんだけど!!」
まりの家は、3LDKの中々広い環境だった。
リビングの横がまりの部屋で、中に入ると既にユッコとサッコがいた。
そして……もう一人。
「……おっきい」
サッコの後ろに隠れるように座り、顔を覗かせている……小学生くらいの女の子だった。
特にどこか悪そうには見えないが、いつも室内にいると聞いているから……なるほど、色が白い。
目元がまりによく似ているな、将来は美人になりそうだ。
「そだよ~! まなにいつも言ってるけど、でっかいっしょ、くろー!」
この子が、『魔素適応不随症候群』の……まなちゃんか。
「……こんにちは」
すすす、と寄ってくるまなちゃんに、しゃがんで視点を合わせる。
弟の小さい頃を思い出すな。
「やあ、こんにちは。南門原九朗だ」
「みくまり、まなです」
差し出される手……握手か?
力加減を注意しながら、小さい手を握り返す。
「かたい」
「ああ、よく言われる」
まなちゃんが、少し目を見開く。
痛かったかな?
「あれ? ん~?」
かと思えば、彼女は俺の手首や肩をポンポンと触ってくる。
遂には頬まで。
「……どうした?」
「じんじん、しない」
ジンジン……?
「どゆこと? くろー電気とか出してないよ?」
まりは首を捻っている。
いや、出す時は出すが。
そんな中、まなちゃんはいきなり全身で俺に抱き着いてきた。
「じんじんしない~、なんで?」
「俺に聞かれてもな」
……いや、待てよ。
この子は『魔素』にアレルギーがある病気だ。
そしてこの世界の人間、特にダンジョンの発生後から生まれた人間は『魔素』を取り込みやすくなっているという研究結果がある。
それを『じんじん』として感じているのであれば……
改造人間たる俺は、元々この世界の住人でもないしほぼ機械だから……『魔素』がこれっぽっちもないのか!
「じんじんしな~い! あはは、あはは~!」
「ははは、そうか」
まなちゃんが嬉しそうなのでそのまま抱っこしてやる。
弟を思い出すな……あいつも小学生の頃は甘えん坊だった……今ではゴリゴリのマッチョ中学生だが。
「すんげ、一瞬でなついたし! さっすがあーしの妹! くろーはそれはもういいヤツだかんね~!」
まりは興味津々だ。
これは珍しい感触だからだろう?
まあ、いい子は嫌いじゃないからいいが。
「あ~、サッコ~これなんて意味だっけ?」
「アタシに聞かないでよ~」
「たすけてくろ~!」
勉強会が始まった。
意外なことにこいつら真面目だな。
まなちゃんはよほど気に入ったのか、あぐらをかいた俺の膝から動かない。
『じんじんしない』のがよほどいいらしい。
「ええと……ふむ」
で、まりが苦戦しているのは……古文か。
この世界でも文法が変わらんのは有難い。
見かけで判断して悪いが、どうやら3人とも勉強は得意ではないらしい。
「古文と現代文は意味が違うことが多い。特にこの『おどろく』ってのは『驚く』ではなくて『目を覚ます』って意味になる」
「あ、ほんとだ。なんでニホンゴなのに意味違うのも~!」
「文句は歴史に言ってくれ」
テキストの感じからして、彼女らの通う高校はそこまで進学校って感じではないな。
「古文は英語と一緒でまず単語と文法を覚えろ。こればっかりは覚えなければ話にならん……」
「う~にゅ~……めんどいし~……」
机に突っ伏すまり。
「くろー」
「なんだ?」
膝の上にいるまなちゃんが、テキスト……ではなくタブレットを持っている。
現代の小学生って感じだな。
しかし、姉に影響されたのか俺を呼び捨てだ。
まあ別にいいが。
「ここ、わかんない」
「算数か。どういう所がわからないんだ?」
「ぶんすう」
「なるほどな。分母……下のところだな。ここは足し算でも変わらない……上の数を足して……」
懐かしいなあ。
十朗も同じところで躓いていた。
帯分数はいきなり出てくるとわかりにくいよな。
「くろーさん、ガッコの先生とかしてたん?」
シャーペンを咥えたサッコが聞いてくる。
「いや、弟がいてな。よくこうやって教えたよ」
「へ~、今いくつなん?」
「生きていれば中学……2年か、それくらいだろう」
……音が消えた。
タブレットに落としていた視線を上げると、ユッコとサッコが『ヤバい』的な顔をしていた。
すまんな十朗、この世界ではお前は死者だ。
「気にするなよ、もうずっと前のことだ」
「あ~う~……ご、ごめん」
なんだなんだ、2人とも随分と優しいな。
「気にするなと言ったろう? そんなことよりサッコ、ここの因数分解だがな……分解の方法を間違えたな。正しく展開するとここは+だ」
「うぇ、まじ~?」
それと……ユッコは英語だな。
なんでみんな別々のテキストなんだ、勉強会なんだから統一しろよ。
「ユッコ、followは『フォローする』じゃない、この場合は『後を追う』になる」
「ありゃ、あんがと~」
脳改造はされていないらしいが、この体になってから思考がクリアになったな。
劣等生ではなかったが、社会人になって大分忘れていたことも多いだろうに……
記憶力が強化でもされているんだろうか?
・・☆・・
「くろーさん、ここって高いとこじゃん……うっま!」
「マミヤとは比べ物にならん味……うんめ~」
「みゃ~……生チョコ最高だし~……」
勉強会はしばらく続き、今はおやつの時間だ。
俺が持って来たケーキを、水分さんが出してくれた。
本人も、まなちゃんと一緒に食べている。
1人2個ずつ買ってきたからな、満足してもらえたようだ。
「私の分までありがとうね、くろーさん」
「いいえ、お気になさらず」
しかし、何度見ても年上に見えんな……やっぱりスキルだろうか。
「まりが探索で組んでる相手って聞いて、どんな人だろうって思ったけど……いい人でよかった!」
「そだよママ! くろーってば超つえーしやさしーし!」
まりは嬉しそうにフォークを揺らしている。
どうやったらそんなに頬にチョコが付くんだよ。
「そうねえ、まなもすっかり懐いたし……」
「くろー、べんきょうおしえるの、じょーず」
さすがに小学4年の内容はな……
「この子ったら何度言っても探索者やめないし……本当に大丈夫? 迷惑かけてない?」
「むしろ助かっています。こう言っていいのかどうかはわかりませんが……向いていますよ、探索者」
「うぇひひ……そぉんなホメんでよ~……」
なんかまりはグネグネしているが、それは本当だ。
メンタルが強く、戦いに忌避感がない。
魔物の解体も臆せずやるし……まあ、母親に言うべきことじゃないな。
「そうだ、水分さん……これなんですが」
手首に嵌まっていたブレスレットを外して、置く。
「『病院』で聞いてみてください……もしかしたら何かの役に立つかもしれない」
明言は避けておく。
スキル『毒耐性』は、ひょっとしたら『魔素』にも対応できるかもしれない。
このスキルについて少し調べたが、個々人の抱えるアレルギーにも効くという研究結果はあった。
まなちゃんの場合は難病だからまた違うかもしれないが……
「まりはともかく、俺には必要ありませんので」
「いやいやいや、恩寵品って高いんでしょ!? だめだめ、受け取れないってそんなの!?」
水分さんは両手をブンブン振っている。
「まりはパーティメンバーですので、これはお互いの共通財産のようなものです……いいよな、まり?」
「あ、えぇ? いや、あーしはいいけどくろーは……」
「前にも言ったろう? 俺は『スキル』で毒は効かんし……弟のこともある。何か手助けできるなら、それに越したことはない」
そう言うと、まりはしばらく難しい顔をして……水分さんに頷いた。
サッコとユッコもいるが、この程度の情報開示なら痛くも痒くもない。
「……ママ、とりあえずカミサカセンセに聞いてみて。んで、使えるなら使ってほしーし」
「まりまで!? そんな……」
まなちゃんは母と姉を交互に見て首を傾げ……ケーキを頬張った。
「いいんですよ……いやらしい話、金に困ってはいませんので」
「……ありがとう、くろーさん」
水分さんはしばらく逡巡してから、腕輪を手に取った。
うんうん、それでいい。
適材適所だ、本当に俺には必要ないからな。
「くろー、これすごくおいしい!」
「それはよかった、また買ってこよう」
まなちゃんが微笑んだ顔は、やはりどこか弟に似ていた。
……元気か、十朗?
たぶん俺はもう帰れんが……ジュニアボディビル世界大会、頑張れよ。
あんなに可愛かったのに、すっかりゴツくなったなあ……




