第19話 改造人間、恩返しする。
「あちち……他の所の『紐付き』ってのはギブ&テイクが原則で、それなりに大事にされてるが……拝山のハゲ坊主は全然違う」
熱々の豆腐をネギと一緒に頬張り、瀬戸は言った。
「『依頼』の報酬こそ規定通りだが、その『依頼』をそれはもう馬車馬のようにやらせるんだよ。探索者が値を上げて休みたいと言えば、契約を持ち出して違約金の請求までするくれえだ……他の場所じゃ、むしろ探索者に出て行かれんように優しく囲い込むってのによ」
牛ロースをゴマダレに沈め、モリモリ食っていた東条もうんざりしたように口を開く。
「俺の知り合いの1人も、金欲しさに拝山の『紐付き』になってな……無理なダンジョン行きの疲労と油断が祟って大怪我……今は療養中だ。『契約期間中の過失』って名目で慰謝料まで取られたとさ」
「それは……穏やかじゃないな」
いくら探索者の命が軽いとは言っても、一応政府側の豊平がそこまでないがしろにするとは。
畑から生えてくるわけじゃないんだぞ、探索者は。
この世界では少子高齢化問題は『前の日本』ほど深刻じゃないが。
ぐい、と酒を呷った瀬戸が俺を見る。
「しかもだ、タイミングが悪いことに……1ヶ月くらい前に、やっこさんの抱えていた探索者がな、『特区庁』にタレ込んだらしいんだよ……『いくらなんでも横暴が過ぎる』ってな。政府内のことだからこっちにはそれ以上流れて来ねえが……なにか、釘でも刺されたんじゃねえのかな?」
ああ、そんなことがあったのか。
「なるほど、それで俺達が新しい『紐付け』として必要なわけか」
「おう、それからまりちゃんのこともな」
……まりが?
「子飼いの探索者は、その場所の『広告塔』って側面もあっからな。南門原は強さで、まりちゃんはビジュアル的にとってもオイシイ探索者ってわけだよ」
「まー、あーしちょっと美少女だからしゃーないかなって?」
急に話に入ってきたまりは、どことなくドヤ顔をしている。
「同じ職員の戸河内さんにだってセクハラをするヤツだぞ。お前……尻とか撫でられても知らんぞ?」
「それはやだし! 想像するだけでやだしー!」
おののくまりの肩を、新庄が優しくポンポンしている。
「私もアイツやだよ、まりちゃん。なんか視線がドロドロしてるし、あと臭いし、加齢臭がさ」
「わかる~! あいつ、くろーと話しててもこっちのおっぱい超見るし! キショいし!」
ああ、流石は女性だな。
やつの露骨な視線はとっくに気付いていたってわけか。
「今更だがな、まり。そういうワケでガリーファロを攻略したら瀬戸たちと一緒にハイツ拝山に潜りたいんだが……いいか?」
「だいじょぶ! あーしもガンガン新しいダンジョンに挑戦したいし! マッピーもイイヒトだしね~!」
「やだも~この子かわい~!」
……もう新庄にあだ名をつけている。
そして当の本人も嫌がっているフシが全くない……
流石すぎるコミュ力だ。
「うし、そいじゃ決まりだな! 細かいことはまた後日詰めるとして……今日は食って飲もう!」
瀬戸、もうジョッキを空けたのか。
これで8杯目なのに全く酔っていない……やはりこいつのスキルは『身体強化』だな。
「牛肉も人数分頼むぞ、他に追加は?」
「豚のロースとバラを8人前ずつ頼む」
しゃぶしゃぶは豚に限る。
ポン酢に山盛りのネギともみじおろしが合いすぎるんだ。
「あーし白菜と生つくね3人前ずつ~」
「私は鳥肉2人前と春菊、それから椎茸お願い」
「牛肉は倍でいいや。あと酒、ピッチャーでな」
流石探索者だ……みんなよく食うし飲むな。
・・☆・・
「うぶぶえ……た、たんまちょいたんま……あーし、今これ以上動いたら死んじゃう……」
「……いくらなんでも食い過ぎだ」
ベンチに座ったまりが項垂れている。
コイツ、なんだかんだで諸々5人前は食った上に最後はアイス3皿まで平らげていたからな。
瀬戸たちと別れ、まりを駅に送ろうとしたらこの始末だ。
宴会の雰囲気が楽しくて食い過ぎたらしい。
『身体強化』でも耐えきれんかったか。
仕方がないので隣のベンチに腰かける。
「消化が終わるまで横になっておけ。座った姿勢だと腹が苦しいぞ」
「そーする……ちょい、ニンプさんの気持ちわかったし……」
流石に怒られるぞ、その発言は。
駅前の人通りは多く、俺達がいる公園は明るい。
近くに交番もあるし、このエリアの治安はいいはずだ。
ダンジョン近くの交番には、常に戦闘系の『スキル』を持った警官が常駐しているらしいしな。
「マジであーし、くろーと組めてよかったし……」
横のベンチに転がるまりが、そう言ってニコリと笑った。
「俺の方も助かってる、これがウィンウィンというやつだな」
俺の改造強靭メンタルからして、ソロで潜り続けても病むことはなかったろうが……それでも、コイツの明るさは何かと助かっている。
探索者は、いいチームを組めるかどうかということも長く続けるコツだと言うが……それに関しては百点満点だな。
俺も、随分と助け甲斐のある仲間を見つけたものだ。
「んへへぇ……くすぐったいし……! ねえねえ、ガリーファロ終わっても、ハイツ終わっても、また新しいとこ行くんなら……あーしも一緒に行っていい?」
「最初に行ったろ? お前が嫌と言うまで付き合うってな。俺にはお前みたいな大目標もないし……」
ただ惰性で生きるだけだったからな、俺一人だと。
何処まで行っても俺は、この世界にとって『異物』でしかない。
だからせめて、妹の命のために頑張っている素敵なお姉ちゃんの為に……この体を使いたい。
「言うわけねーし~! っしゃ、目指せ『エリクサー』だよ~! ぅぷぷ、おぼぼぼ……」
寝ころんだまま楽しそうに手を突き出したまりは、次の瞬間に顔を真っ青にして呻いている。
嬉しいのはわかるが、そこで吐かないでくれよ……?
・・☆・・
翌日の朝。
地上2階を踏破したので今日は休日。
まりは学校だ。
今週の土曜日に、3階に挑むことにしている。
食堂で朝食を食っているが……ガランとしているな。
「瀬戸はいない、か」
アイツ、あれから飲みに出たんだろうな。
しかし、結構儲けているハズなのになんで宿泊所暮らしなんだ?
昨日一括で払う時にカードを使っていたから、俺のように戸籍がないわけじゃなさそうだが。
まあ、何か事情でもあるのだろう。
探索者は大なり小なり、そうだ。
今日はオフだし、特に予定もない。
役場近くをうろついて豊平に見つかっても嫌だし、少し周辺を散歩するかな。
なんだかんだで今までに結構儲けたことだし。
……あ、そうだ。
「おじさん、俺を覚えてるかい?」
「お、お~? アンタ、前に見たにいちゃんじゃないか!」
街を歩くこと、1時間。
ひょっとしたらいるかなと思っていたら、橋の下で空き缶を選別しているホームレスを見つけた。
そう、俺がこの世界に来た時に……初めて会って、良くしてくれた人だ。
「あの時は助かったよ。今はなんとか探索者やれてるんだ」
「おーおー、そりゃあよかった! あん時に比べて顔色もいいじゃねえかよ!」
おじさんは、本当に嬉しそうにしている。
……かなり社会保障がしっかりしているこの世界の日本で、ホームレス。
俺よりも複雑な事情がありそうだな、この人は。
「どうにも俺には合ってる仕事みたいでね、それで……これ」
「あぁ!? いらねえ、いらねえってさ! 俺ぁ道を教えただけだからよ!」
金を入れた茶封筒を差し出すと、彼は慌てて首を振った。
この反応……本当にいらなそうだな。
だが、それでは俺の気持ちが収まらん。
なので……嘘をつく。
「おじさん、実はね……あの時俺は色々あって、ちょっと死ぬつもりでうろついてたんだ。だけど、親切にされてさ……それで、頑張ろうと思って……今もこうして生きてるってわけだよ。だからね、これは是非受け取って欲しい……別に、悪いことをして稼いだ金じゃないから」
「いやいや……それにしたってお前……ううむ……」
なんとか、おじさんの手に茶封筒を握らせた。
しばし呆然としていた彼は、やっと懐に封筒を入れてくれた。
ちなみに、中には5万円ほど入れている。
別に生きていくなら金もかからんし、このくらいはな……
ゴブリンの20匹も殺せば稼げる金額だし。
「……にいちゃん、酒飲めるか?」
「ああ、大好物さ……知ってるだろ?」
あの日、俺は酔いつぶれて倒れてたってことになってるからな。
「そんじゃ、この中から適当に買って……っておい!? お前これ多すぎだろ!?」
「いいんだよ、気にしないでさ。お酒だね、わかったよ」
「馬鹿野郎! この中からって言って……おい! お前足速いな!?」
茶封筒から札を取り出すおじさんを尻目に、俺はそれを受け取らずに走り出した。
「んぐ……まあよ、若いうちは働いた方がいいやな。俺くらいの歳になったら別だがよ……」
買って来た日本酒を飲みながら、おじさんがこぼす。
いやあ、さすがに一升瓶5本は買いすぎたかな?
つまみも大量に買って来たから、長いこと楽しんでほしい。
俺達は、橋の下にあったベンチに並んで腰かけて酒盛りをしている。
おじさんは結構物持ちがよく、折り畳み式のテーブルなんかも持っていた。
その上には、酒と大量のつまみが並んでいる。
「だがなあ。腕っぷしがいくらあったってよ、いつまでも探索者なんぞしてても駄目だぜ?」
「やっぱり、一生の仕事じゃないかな?」
おじさんは力強く頷いた。
「ったりめえだろ。探索者は確かに実入りはいい、いいけどよ……いくら魔物とはいえ生き物を殺しまくる職業だぜ? 国が推奨してても、ヤクザな仕事さ」
「まあ、そうだね」
この言い分……ひょっとしたらおじさんも元探索者かもしれない。
「俺も若い頃はそうだったんだがよ……ありゃあ駄目だ、随分と世の中を舐め腐って生きてたぜ」
ああ、やっぱりそうなのか。
「気の合う仲間とよ、パーティ組んで……自慢じゃねえが、『中級』の踏破までは行けたんだぜ?」
「おー、そりゃあすごい」
周回するだけで稼げるじゃないか、そのレベルなら。
「凄かったかもしれんが……最終的には解散した。油断からのちょっとしたミスで仲間が1人死んでよ、それからギスギスして……どんどん仲間は減って、気が付いたらこうさ」
「……貯金とか、してなかったの?」
ぐび、と酒杯を呷るおじさん。
「死んだ仲間の嫁さんと子供達に全部渡したよ。今でも少ねえらしいが、当時はもっと少なかったかんな、保険金」
「ああ……そうか」
探索者が死ぬと、今でも数百万程度あればいい方だもんな、保険金。
おじさんが何年前に辞めたかは知らないけど、下手をしたら数十万レベルだったのかもしれない。
子持ちの奥さんが生きていくには、とっても足りないだろう。
「俺は、今の方が結構充実してんだよ。空き缶拾いも馬鹿にできねえ収入になるしな」
コンビニ店員の時給が2倍以上になってる世界なんだ。
たしかに、そうかもしれん。
「あのさ、戸籍カードは……?」
「一回交付してもらって、施設に入ったがな……ありゃあただ生きてるだけの場所さ。もっと歳をとって足腰立たなくなったら入るわ、ははは」
羨ましい……俺にはどうやっても取得できんのに。
「な、あんちゃん。戻れなくなる前に……ある程度稼いだらまっとうな職に就くんだぞ」
「うん、そうできたらいいねえ……」
適当に誤魔化して、コップを呷る。
ふう、純米大吟醸は美味いなあ。
結局、やってきたおじさんの仲間たちも入れて夜半過ぎまで酒盛りをした。
なんとも、楽しい経験だった。
またオフの時には、足を伸ばしてもいいかもしれない。




